第44話 事後処理
しばらくアノン君にハグをしていると、遠くからエラの叫ぶ声が聞こえた。
「フィーネ様! ご無事ですか!?」
街の出口のほうへ振り向くと、エラがふらつく足取りで駆け寄ってくる。必死の形相で、その手には私が部屋に置いていった鎖帷子を持っていた。
「フィーネ様、心配しましたっ……! 起きたらこの服だけが置いてあって、姿がどこにも見えないんですから」
「心配かけてごめんね。ちょっとこっちにおいで」
吸い寄せられるようにやってきたエラを抱きとめ、治癒魔法を掛ける。
深淵の魔獣による攻撃は、広範囲にいる人間の魔力と体力を吸い取り、心をむしばむ。治癒魔法を流し込めば、多少は楽になるのだ。相当の魔力量が必要だけど。
「あ、ありがとうございますフィーネ様。それで……一体これは何なのでしょう? 空気が尋常ではありません。強い魔獣の気配がうっすら漂っていますし」
「あーそれについてはきちんと説明するよ。それよりもエラ、あの、さっきから私の名前……」
さっきからアノン君の前で、「フィーネ様」を連呼しているんですが。
「あ、気にしないでいいですよ。僕とっくに気づいてるんで。やっぱり師匠がフィーネさんだったんですね」
「ええっ!」
いつバレたんだろう。やはりポックルのキャラはさすがに無理があったのかな。
エラが私の背後にいるアノン君を見て眉を上げた。
「ああ、アノン殿もいたのか。そういえばマイ殿が探していたぞ。行ってやらなくていいのか?」
おや?
エラのアノン君を見る視線が氷のように冷たい……気がする。ケンカでもしたのかな。
あ、アノン君も目を丸くして驚いてる。
そうだマイさんと言えば。
「エラ、アノン、街に人が残っていないか念のため見回りをお願い! もし逃げ遅れた人がいたら、今ごろ深淵の魔獣のせいで憔悴しきってるはず。私もすぐに向かうから」
「深淵の魔獣!? え、フィーネ様はどこへ?」
「マイさんが心配!」
言いながら街へと走り出す。
マイさんはアノン君の看病でほとんど寝ていない。さっき部屋で見た感じでは、だいぶ力を吸われていた。
それにエラの掛かった流行り病がうつっている可能性もある。あれは厄介だ。
「マイさん!」
宿へ戻ると、マイさんは顔面蒼白でぐったりとしていた。さっそく治癒魔法を掛けながら、魔力の流れを見る。
(……やっぱり)
悪い予想が当たっていた。
エラと同じように、媚薬と同じ働きが体内にできてしまっている。
急いで元のマイさんの体に戻す。
ふう、とりあえず処置完了。後は逃げ遅れた人がいなければ万事オーケーだ。
「あれ、フィーネちゃん? おはよう~……」
マイさんが朦朧とした様子でつぶやいた。
うん、いつもどおりの優しい笑顔だ。
私も笑みを返す。
「おはようございます、マイさん。今はゆっくり眠ってください」
アノン君のベッドにそのまま寝かせると、マイさんはすぐに静かな寝息を立て始めた。
私はエラとアノン君と手分けして、街中を見て回った。
案の定、逃げ遅れたのか家の中で倒れている人がいたので、片っ端から治癒魔法を掛けていく。
危なかった。もし深淵の魔獣が街に上陸していたら、この人たちは手遅れだったかもしれない。
「それにしても師匠の魔力は規格外ですね。あれだけの防護魔法を放っておきながら、治癒魔法を掛けて回れるだなんて」
なぜかアノン君がムスッとしている。
ありがたいことに、私がフィーネと分かった後でも「師匠」呼びは続けてくれるらしい。
広場で一息ついていると、エラが肩に手を置いた。
「フィーネ様、もうすぐ聖騎士たちがやってきます。深淵の魔獣についていろいろ聞いてくるでしょうが、治療で疲れているということで聴取は明日にしてもらうつもりです。今日はもう休まれたほうが……」
「それなんだけど、僕に預からせてもらえないですか?」
アノン君がいつになく神妙な面持ちで言った。
「預かる、とは? アノン殿」
いやだから、さっきからエラのアノン君に対する態度がこわい……お願いだから仲直りしてー……。
「だって考えてもてくださいよ。治癒魔法を自分に掛け続けて深淵の真ん前まで行くだけでもあり得ないのに、意味の分からない防護魔法を展開して消し去ったなんて誰も信じないよ。過去、深淵を倒した事例は確認されてないんですよ? もし師匠がそんな規格外の力を持つなんて知れたら、絶対面倒なことになる」
え、そうなの……?
エラも「確かに」と深くうなずいている。
結局、深淵の魔獣は街を襲ったものの、奇跡的に死者は出ないままどこかへ去っていった――というシナリオで、アノン君が聖騎士団に説明することになった。唯一の目撃者として。
一応、アノン君から治癒魔法と防護魔法を組み合わせた倒し方を提案してくれるらしいけど、「多分まともに取り合ってもらえないでしょうね」と苦笑していた。
治癒と防護を使える人材を揃えるだけで一苦労なのに、ましてや両方使える人間なんて大陸中探してもいない、ということらしい。
……知らなかった。
私がこんな力に恵まれたのは、やっぱり転生者だからなのだろうか。
だとしたらありがたい。
願わくば、もっと私のような力を使える人が増えてくれればと思う。
夜には、マイさんも目を覚ました。
「すごい……フィーネちゃん、深淵を倒しちゃったんだ」
「ええ、フィーネ様を一人で行かせてしまったのは痛恨の極みですが、でも……今回はフィーネ様のお力がなければ、どのみち私たちは全滅していました」
エラが悔しげに、でもちょっと興奮気味に語る。
「ううん、アノンが駆けつけてくれたから、心が折れずに最後まで踏ん張れたんです」
正直、私一人だったらあのまま深淵の魔獣に食われていたかもしれない。
「ふーん。でもアノン君は来ただけでしょー? 倒したのはフィーネちゃんに変わりないじゃない。やっぱりすご可愛いよフィーネちゃんはっ」
「わわ……っ」
いきなりマイさんが抱きついてきた。
二人してベッドにぼふっと倒れる。信じられないくらい柔らかくて大きなおっぱいに、顔が埋まる。
うぅ……起き抜けなのにテンションが高い。
それにしても、マイさんもアノン君に対して急に素っ気なくなったような気がする。やっぱり何かあったのかな。
仲間内でギクシャクするのは、やっぱり悲しい。
ジャッキーさんやアーセムさんみたいに、突然別れを告げられるのはもう嫌だ。
明日、アノン君に話を聞いてみよう。
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