第41話 師匠と弟子

 街道沿いをみんなで歩く。


 王都までは四日ほどの道のりだ。


 街道といっても岩肌にちょっぴり地面が見えているような険しい道。

 だから馬ではなく徒歩のほうが負担も少ないらしい。


 そんなあぜ道を歩きながら、私は奮起していた。


 いきなり現れた天才少年アノン君。


 最強になって身近な人を守りたいと言う少年には、少なからずシンパシーを感じる。


 そしてあれよあれよと、私が彼に治癒の力を教えることになった。年上として彼を導いてあげなければ。


 こちらの世界では一歳しか違わないけど、前世を含めればだいぶ年上。つまり私は彼のおにい……いやお姉さんなのだ。


 そう心の中では意気込んでいるのだけど、私は今、みんなの後ろのほうでモジモジしていた。


アノン君がずっとマイさんと話していて割り込みづらいのだ。


「――それで、聖都にある高等学院、この国では英雄学院なんて呼ばれているんですけどね、その入学試験を受けてみようと思うんです。国の要職はほとんどそこの出身が占めてますからね。まあ僕は強くなるために行くので地位とかには興味はないんですが。ああ、エラさんも受けてみたらどうですか? 各地から強者が集まるので力試しに受ける人も多いんですよ」


「それは興味をそそられるな」


 ……すごい。


 マイさんと話しながら、エラにもきちんと話を振って雑談をコントロールしている。


 やっぱり私よりも、コミュ力は明らかに上……!


「エラさんならそう言うと思いましたよ。入学試験は随時受け付けているのでぜひ。この国の騎士団が模擬戦の相手をすることもありますしね。まあエラさんなら軽く倒しちゃうと思いますが」


「そうか……まぁ油断はできないが、戦ってみる価値はあるかもしれないな」


 答えるエラは無表情だ。


 だけど私には分かる。

 エラは今とても喜んでる。

 きっとアノン君のような実力者に強さを褒められて嬉しいんだろう。


 その証拠に、エラはもう彼にため口だ。


(すごいな、もうエラの心をつかんでる)


「フィーネさんもぜひ受けてみてください。聖女見習いは教会に所属するので入学はできないのですが、試験では治癒や防護魔法の腕試しもできるんですよ」


「それは面白そ……」


 うっかり私が答えそうになり、口元を押さえる。


 あぶない。

 今の私はフィーネではなく、謎の術師コロポックル――通称ポックルだった。


 マイさんが私をチラリと見て、アノン君に答える。


「へーそうなんだ! 防護といえばポックルちゃんの得意分野だね! ポックルちゃんは治癒魔法も抜群だから、早く彼女から教わってね」


 あ、こっちにパスが来た。

 なんて返そう。

 あーと、えーと。


 なんて思っているうちに、アノン君が口を開く。


「まあフィーネさんが言うなら従いますよ。教えを請う立場ですしね。ところでフィーネさん、聖都では今ちょうど三年に一度しか食べられないという幻の甘味の時期なのですが、興味はありますか?」


「え、幻の甘味……あ」


 また私が答えそうになってしまった。

 でもすごく興味ある……。


 この世界の甘味は砂糖や添加物に頼らないものがほとんどだ。

 ナチュラルな糖分はバランスよく摂取すれば体にいいし、それにそもそも果実以外で甘いものを食べる機会はそうそうない。


 産地の問題なのかエルドアでも王都の学食でも、ザ・甘いものというのはあまり無かった。


 ということで興味ある。

 別にスイーツが食べたいというのではなく、あくまでグルメ的な興味だ。


 私のほうをチラリと見ていたマイさんが、満面の笑みを浮かべた。


「それ美味しそう! すごく興味あるなー!」


「では聖都に着いたらご案内しますよ。どんな甘味かというと――」


 会話が途切れる気がしない。


 マイさん、うんうんてすごく楽しそうにうなずいてる。


 あれ、エラもさりげなく近づいて聞き耳を立てているような。

 実はエラも甘いもの好きだったとか?


 そっかそっか。

 エラは甘いもの好きだったかー。


 うん、なるほど。


 そして思う。



(私、ぼっちだなー)



 前方を歩く三人の盛り上がる会話に、入っていけない。

 王都の学院以来、久々のぼっち感だ。


 甘味も興味あるけど、できればアノン君と治癒魔法をどう会得するのかという話をしたいんだけどな。


 聖都に着くまで言っても四日しかない。その短期間でコツを伝授するには、ちゃんとプランを立てないと難しい。


 とはいえ、コミュ力が小学生以下の私にはあの会話に入っていけるはずもなく……。


 だだ、楽しそうに話す三人の後ろ姿を見つめていた。





 日が暮れかけたころ、街道沿いの小さな宿場町に着いた。


「――では僕は隣の部屋にいるので何かあったら呼んでください。フィーネさん、明日もよろしくお願いしますね」


「あ、うん。おやすみ~アノン君」


 マイさんがにこやかに手を振る。


 今日一日話しただけで、二人があんなに仲良くなるなんて……。

 ううん、一般的にはこれが普通なのだろう。きっと。


 マイさんとエラの三人で女子部屋に入る。


 ふう……久々に三人に戻った。

 なんか無性に落ち着く。


(今日は疲れたな~……いや私はただ歩いていただけだけど)


 見れば、エラとマイさんはベッドに並んで腰かけ、アノン君のことや、アノン君が話していた入学試験や幻の甘味のことについて話していた。


 なんだか二人とも楽しそうだ。


(よかった……)


 ここまで色々なことがあって、二人とも気が張り詰めていたから。


 少しはほっとできたのかな……だとしたらアノン君に感謝だ。


 胸が温かくなるのを感じる。


 ふぅ……。

 私もこの重装備を脱ごう。


 いそいそと口元を覆っていた布を外し、ローブと鎖帷子くらりかたびらを脱ぐ。

 あ~体が軽い!


「あ、フィーネちゃん、今日アノン君に治癒魔法を教えてあげる暇なかったねー。どうしたいのか明日彼に聞いてみようか?」


「ありがとうマイさん。私も聞いてみますね」


 明日こそはアノン君と話をしよう。


「フィーネ様。フィーネ様も学院の試験を受けてみませんか? フィーネ様のお力ならきっと、彼もびっくりするのではないかと思いますし」


 服脱いだら、エラも急に話しかけてきた。

 というか、今日ほとんど二人と会話してなかった。


 でもなんでだろう。今は無性に眠い。


「んーそうだね、考えておくよー……」


 私はそのまま眠りに落ちていった。


 エラとマイさんは、まだアノン君の話に花を咲かせているようだった。





 翌朝。


 目を開けるとエラとマイさんの姿がなかった。


 外から、カン、カンという木を叩くような音がする。

 部屋の窓から外を見ると、中庭でエラとアノン君が木剣で闘っていた。


 二人とも笑顔で楽しそう。

 お、アノン君が勝った。

 やっぱりすごいなアノン君は……剣もエラより強いなんて。

 

 中庭の隅の木陰では、マイさんが微笑みながらアノン君のほうを見ていた。

 あ、マイさんがこっち見た。手招きしてる。


 私は日課のメディカルチェックもそこそこに、うんせほいせと重装備を着込んで部屋を出た。



「ポックルさん遅いですよ。フィーネさんもエラさんもとっくに起きて、模擬戦まで付き合ってもらっちゃったんですから」


「ま、待たせたナ!」


「では、宿場町から少し離れたところに丘があるので、そこで治癒魔法を教えてください」


 ん、丘?


「コ、ココじゃ駄目なのカ?」


「人が見ていると集中できないんです。フィーネさんにエラさん、少しここで待っていていただけませんか?」


「ポックルちゃんいいなー、行ってらっしゃい!」


「フィ……ポックル殿、あまり彼に迷惑をかけないように」





「はぁ……はぁ……」


 私は今、ずんずん先を歩くアノン君を小走りで追いかけていた。

 けっこう荒れた道で、丘までけっこう距離がある。おまけにこの格好なので、かなり重い。


 肩で息をしながら、しばらく必死についていく。


 丘の頂上まで来るとアノン君が振り返った。


「ポックルさん大丈夫ですか? 息が上がっているようですが」


「ハァ、ハァ、大丈夫ダ……問題なイ……」


 口元を覆う布で、呼吸がしづらい……。


「とても大丈夫には見えませんが……。疲労は治癒魔法では治らないんでしたっけ?」


「ハァ、疲労も……体の炎症ガ、引き起こしてイルものは……治セルガ、単純に体が休養を欲シている場合は、ただ休むしかナイのダ!」


 アノン君はため息をつくと呆れた顔で私を見てきた。


「まさに今のポックルさんのようにね。ほんと、治癒魔法って不便だ。でもこれが使えなければ誰かを守れない。悔しいですが、よろしくお願いします。あなたに認められれば、フィーネさんが教えてくれるそうなので。まあ今は少し休んでください。これじゃ修練になりませんから」


「カタじけなイ……」


 アノン君、さっきと打って変わってすいぶんと不機嫌そうだ。


 まあ無理もないか。聖女フィーネに教えてもらうはずが、こんな怪しげなローブのお化けみたいなのに教えを請う羽目になっちゃったんだもんね。


「ポックルさんって、どうしてそんな格好をしているんです? なんか事情があるって言ってましたけど、教えてもらっても?」


 アノン君がつまらなそうに聞く。

 聞いてきたわりに全然興味がなさそうなので、多分私の体力が回復するまでの暇つぶしなのだろう。


 事情。

 事情かー……何も思い浮かばないな。


「ハ、恥ずかしい、のダ!」


「……そんな理由なんですか?」


 またもや呆れ顔を浮かべるアノン君だったが、「あぁなるほど」と何やら一人納得しだした。


「フィーネさん、びっくりするくらい美人ですもんね。エラさんも、あんな綺麗な護衛騎士見たことないですよ。ポックルさんは魔法の腕を見込まれて雇われたんでしょうけど、あんな人たちと一緒にいたら同じ女性として気おくれしちゃいますよね」


 ……ん?


 なんかアノン君に同情されている気がする。

 でも表現が遠回しで、いまいちよく分からない。


 でも。


「うん、マ……じゃなくてフィーネさんもエラ……さんも、すごく綺麗な人たちダ。見ていると惚れ惚れしてしまウ。それに、中身もとっても素敵なんダ」


「おや、そういう素直なところは女性としてポイント高いですよ。まあ元気出してください」


「あ、ウン、どうモ……?」


 謎に慰められてしまった。



 ふう。


 息は落ち着いてきた。脈拍も正常値だ。


 よし、では治癒魔法を教えますか。

 お兄……お姉ちゃんとして!


「デ、では、修練を開始スル。マズハ、得意な術を見せてくだ……クレ! 魔力の、流れを見ルのダ!」


「わかりました」


 アノン君がおもむろに手を空に向けると、バリッという音がして稲光が空に走った。手のひらから放たれた電撃魔法が上空で無数の稲妻に枝分かれし、網目上に広がっていく。


 一瞬のことだった。

 そのあまりの迫力に、私は腰を抜かしてしまう。


「大丈夫ですか? すみません、得意な術と言われたので調子に乗ってしまいました。僕、いつもこうしてやらかしてしまうんです」


 はぁ、と落ち込んだ様子のアノン君。


 うん、力を持ちすぎるのも困りものだよね。

 治癒魔法なんかは定期的に発散できる機会はいくらでもあるけど、これほどの攻撃魔法となると発散する場所にも苦労しそうだ。


「ポックルさん、立てますか?」


 アノン君が手を差し伸べてくれる。


 ありがたくその手をつかむと、ぐいっとすごい力で引っ張り起こされた。


「ありが……オ、恩にキル!」


 あれ? 

 アノン君が顔を赤くして、つかんだ手を見つめている。


「ドウした? 体調でも悪いの……カ?」


 するとアノン君が弾かれたように手を離した。


「い、いや、手がやわ……いやいや、なんでもないです!」


「ソ、ソウカ……」


 手がやわ……。

 やわな手?

 つまり貧弱な手だなって言おうとしたのかな。


 エルドアで軍隊長に剣を教えてもらったり、王都の学院でも馬術や剣術を頑張ったりしたから、少しはたくましくなったと思ってたんだけど。


 ちょっぴり悔しい。


 まあいいか。

 今は修練に集中集中。


「デワ、次に治癒魔法をヤッテ見せて欲シイ」


「……はい」


 お、一気に真剣な顔になった。

 目を閉じて魔力をかき集めてる。


 ふむふむ。


 あーなるほど。


 むー、これは。


「……それで、どうですか?」


 気づいたらアノン君の顔が目の前にあった。


 いや、違う。

 私がアノン君の魔力の流れをじっくり見ようと無意識に近づいたんだ。もう少しでおでこをくっつけるところだった。


 アノン君、すごくムスッとした顔をしている。


 うん、いきなり顔を近づかれるのとか嫌だよね……気をつけなきゃ。


「アノン……には、祈りがたりナイ」


「はぁ!? 何を言い出すかと思えば祈りですって? そんなことで治癒魔法が使えるようになるなら苦労しませんよ! 僕がどれだけ……」


「アノンは、食事のときモ、風呂に入っているときモ、寝テいるきモ、ト……トイレにいるときモ、常に自分や周りガ、健やかに暮らせルようにと、祈り続けるコトができるカ?」


「……そこまででは、ないですが……」


 治癒魔法は他の魔法に比べて、願いの強さによる所が大きい。


 それも心の底からの深く切実な願い。

 だから子を宿し、産み落とし、育てる女性のほうが発現しやすいと言われるのかもしれない。


 でも男の人だって、会得できないわけではないのだ。


「我……ほどとはイかないが、デキるようになる裏技もアルにはアル」


「裏技!? 教えてくださいポックルさん!」


「デワ、まず服を脱ぐのダ」


「……はい?」





 目の前に、上半身裸になって正座しているアノン君の背中がある。


 では、施術を開始しよう。

 頭の中がカチリとお医者さんモードに切り替わる。


「少シ、さわるゾ」


 両手をアノン君の背中にピタリとくっつける。

 ゆっくり撫でながら魔力の詰まりを探す。


 アノン君は恐ろしく器用だ。というか魔法の天才だ。

 でも自分の力におごることなく、治癒魔法会得のために修練や祈りも人並み以上にはやっている。


 ということは、魔力詰まりの可能性がある。


 治癒魔法とそれ以外では、魔力の質が違う。

 アノン君は他の系統の魔法をマスターしているから、それが影響して治癒魔法が発現しにくくなっているのかもしれない。


 だいたい目詰まりが起こりがちなのは、首の付け根あたり。


 ……見つけた。


 私はその目詰まり箇所に、おでこをくっつける。


「っ……」


 アノン君がビクッと震えたのが分かった。


「ごめん、寒い?」


「………………いいえ」


 では、施術を再開しよう。


 アノン君の細い両肩をつかみ、おでこをぐりぐりと押し込む。

 私の治癒の魔力を注いで、目詰まりを強制的に解消するのだ。


 ……よし、成功。


「ふう……できたゾ、もう一度ヤッてみなさイ」


 アノン君はしばし呆然としていたが、やがて思い出したように魔力を込めだした。

 その手が、淡い光に包まれる。


「で、できた……できたよポックルさん! ああ、できた!」


「ヤッたナ……」


 さすがアノン君。

 先生嬉しい。


 でも、この裏技には当然副作用もある。

 一気に魔力の通りがよくなると、人によっては発熱して寝込んでしまう。アノン君もそうならなければいいけど。


「あの、ポックルさん……いや師匠。いろいろと無礼な振る舞い、すみませんでした。それと、あ……ありがとうございます」


 し……しっ……師匠……!?


 私が、私が師匠と呼ばれる日が来るなんて……! 

 ああ、生きててよかった。いや生きてるだけで幸せなんだけど。


 するとアノン君はおもむろに私の手を握ってきた。

 握手、かな?


 あれ……なんか、ちょっと寒気がする。


「で、師匠、僕はどうですか?」


「ドウですか、とワ?」


「あれ? なんかお腹のあたりがジンジンしてきたりとかないです?」


 ん? 


 体調に、特に変化はないけど。

 下腹の痺れとかもないし……いたって健康だ。


「イヤ、特に問題ナイが?」


「え、ええぇえ! ……師匠って女性なんですよね? 不思議な人だなぁ」


 不思議なのはアノン君の言動なんだけど……。


 しかしそんなことをコミュ症の私が指摘できるわけもなく。


 その後は、アノン君と取りとめのない話をしながら宿への道を歩いた。


 アノン君はこの世界から魔獣を根絶させるのが目的らしい。

 なんでも、アノン君のご実家が治める領地では、近年魔獣の出現回数が増えているのだとか。


 魔獣。

 魔力を過剰に取り込んでしまった、人や獣の成れの果て。


 お父様も、魔獣に殺された。

 思うところがない訳ではないけど、どこか天災のようなものと割り切っていた。


 それを根絶するだなんて……やっぱりアノン君はすごい。


「この辺でも近年、魔獣の出没事件が増えています。師匠も気をつけてくださいね」


 そう言うアノン君は、私に歩調を合わせてくれていた。

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