第30話 初めての野宿
森の中。
私たちは少し開けた場所に馬車を停めた。
「さーて、今晩はこのへんで野宿だな」
ジャッキーさんがクンクンと匂いを嗅ぎながらつぶやく。周囲の気配を探っているのだろう。
野宿。
自慢じゃないけど、野宿には自信がある。
子どもの頃、トマ達にせがんで何度か森で焚き火をしたことがあった。そのときにいろいろなサバイバルスキルを教えてもらったのだ。
「あの、火起こし、私がやってもいいでしょうか?」
「へぇ……」
値踏みするような視線を向けてくるジャッキーさんから道具一式を受け取る。
乾いた枝や枯れ葉を集めて、火打ち石で種火を起こす。
簡単そうに見えて、けっこうコツがいるのだ。
こうやって旅の仲間と火を囲みながら星を眺めるのに昔から憧れていた。
それこそ、転生する前からずっと。
思いがけず夢が叶って、さっきからつい顔がほころんでしまう。もし義兄さまに見られたら、追われる身なのにノンキ過ぎると叱られてしまうだろう。
「お、けっこう上手いじゃねぇか」
「ほんとうですか!? へへ……」
「……ッ」
「む……!」
現役冒険者のジャッキーさんに褒められるなんて。
嬉しくて、つい顔がふにゃりとしてしまう。
いつの間にかアーセムさんが運んできた倒木にみんなで腰掛ける。エラとマイさんが、私を挟むように座った。焚き火の反対側にアーセムさんが座り、ジャッキーさんはそばに立ったままだ。
(なんか、すごく仲間っぽい感じがする)
ついさっき会ったばかりの人たちなのに、私は脳内で勝手に冒険者パーティー設定をしていた。妄想するくらいならバチは当たらないだろう。
あ、そういえば、せっかくの会話のキャッチボールを終わらせてしまっていた。
こっちから会話を振ってみよう。今こそシャーテイン君との練習の成果を示すときだ。
でもこういうときって何を話せばいいんだっけ。
これまでの冒険のことを聞いてみるとか?
というかすごく聞きたい。
冒険者、昔から秘かに憧れていた存在。
うん、これでいこう。
「あのっ――」
「えーと、フィーネ様って今いくつなの?」
ジャッキーさんに話しかけようとしたら、隣に座っていたマイさんに質問されてしまった。
「来年成人です。マイさんはおいくつですか?」
なんとなく幼く見られるのが嫌で、遠回しな答え方をしてしまう。
いきなりだったし。むしろ反射的に返事ができた自分を褒めてあげたい。
「もうすぐで十九……だったかなー」
ふぅ……。
何歳に見える? とか聞かれなくて良かった。年頃の女性になんて答えたらいいのか分からないから。
「あ、じゃあマイさんはエラと同い年ですね! ね、エラ」
「そうですか」
エラがつまらなさそうに答える。
すると、マイさんが「くくくっ」と笑った。
「だいじょぶだいじょぶ、フィーネ様は取らないから安心してー」
「マ、マイ殿、何をっ……!」
……とる?
(あ、もしかして)
さっきからどうもエラが不機嫌な気がしていたけど、もしかして「仲のいい友達が他の子と仲良くしていると嫉妬してしまう」という、噂のあれ、だろうか?
ドラマや小説で何度か見た「友達あるある」の、あれ。
いやそんな……でも。
転生前は、私の所にお見舞いに来たり学校のプリント届けてくれたりした子がいたけど、他にもっと仲のいい友達がいるのが当たり前だった。むしろ私は友達でもなかった。
学院で唯一の友達になったシャーテイン君とは、不思議と嫉妬したり嫉妬されたりといった感覚を味わうことはなかった。
……そっか、こういう感じなんだ。
なんか嬉しいな。
でも、少しくすぐったい。
エラとは、もちろん主人と護衛騎士という深い関係でつながっている。その信頼関係はそんじょそこらの貴族と護衛騎士には負けない。
でも、それだけじゃなくて。
心の中にぽっと浮かんだ仲のいい友達という言葉に、ついモジモジしてしまう。
「――囲まれたな」
「え?」
焚き火のそばに立っていたジャッキーさんが、鼻をヒクヒクさせながら周囲を見回している。
「ええ、それも手練が……十人以上。フィーネ様、じっとしていてください」
今しがた頬を赤く染めていたはずのエラが、表情を強張らせている。
「野盗を装っているがおそらく兵士だぜ。ニオイで分かる」
「む」
「フィーネ様、私、守るからね」
マイさんの手が私の肩に触れる。彼女のもう一方の手には短刀が握られていた。眉をしかめ、森の暗闇を睨みつけている。
「ほう……やるじゃないか」
音もなく、茂みの中から一人の男が出てきた。
薄汚れた服を来ていて、どこからどう見ても野盗といった感じだ。なのに底知れない圧を感じる。それがエコンドや新王陛下の感じと似ていて、本能的に体が震えた。
「そこのローブの女二人を引き渡せ。さもなくば射抜く」
男が淡々と告げる。
女二人……私と、マイさんのことだろう。
「ハッ」とジャッキーさんが笑った。
「なぜ最初に俺達を矢で殺さねーんだ? お前らこの二人に傷をつけたくないってことだろ?」
ジャッキーさんが男に近づいていく。
男の注意がそちらに向いた瞬間、エラが何かを焚き火に放り込んだ。
瞬間、あたりに白煙が広がる。
「チッ、煙幕だ! 聖女たちを確保しろ!」
茂みからいくつもの足音が聞こえてくる。
ふと、耳元でエラの声がした。
「私が運びます」
運ぶ?
だめだ、そうなると逃げながらの乱戦になる。
私をかばいながら戦えば、マイさんやジャッキーさん、アーセムさんが傷つくかもしれない。
エラによると相手は相当の手練だ。数も多い。
(もう、自分の身くらい守れるようになるって、決めたんだ)
もう私のせいで大事な人が傷つかないように。心配かけないように。
そして欲を言えば、みんなを守れるようになろうと。
だから――。
「エラ、大丈夫だよ」
男が現れたときからずっと練っていた魔力を、一気に解放する。
私を中心に青い半円球のドームが広がり、何人もの男が吹っ飛ぶ音がした。
ほどなくして煙幕が晴れていく。
そこには月明かりの中、呆然と立ち尽くすみんなの姿があった。
「……全部縛るぞ」
「……うむ」
ジャッキーさんとアーセムさんが茂みの中に消えていく。
マイさんは、目をぱちくりさせて私を見ている。
エラが静かに聞いてきた。
「フィーネ様、この力は一体……?」
オレンダイとの戦いで思い知った。いざという時、自分だけでなく周りの多くの人を守るには、防護魔法を強化しなくてはならないと。
だから学院に行ってからは、毎日魔力が尽きるまで鍛錬を続けた。
成功する確信はあったけど、実戦でしか発動できないから不安もあった。
でも、無事に発動させることができた。
(私、仲間を……守ることができたんだ)
「ねぇフィーネ様、私、こんなスゴい防護魔法見たことないよ。私たちの体をすり抜けて、敵だけを吹っ飛ばすなんて……これ、フィーネ様が編み出したの?」
マイさんが真剣な顔で聞いてくる。
「あ、えと……はい」
「そっか。フィーネ様、頑張ったんだね」
マイさんがふんわりと微笑んだ。その笑顔がとても慈愛に満ちていて、つい見惚れてしまう。
女神さまみたいな雰囲気のマイさんが、ゆっくり近づいてくる。
そして、気づいたら温かい胸元に抱きしめられていた。
「ほんとによく頑張った」
「へぁっ……!?」
優しく耳元で囁かれ心臓が跳ねる。おまけに顔が柔らかい弾力に埋まって……あたたかい。
エラの張りのあるおっぱいとは違う、すべてを包み込むような柔らかい心地。
スラリとした体形だったから気づかなかったけど、ローブの下のふくらみはエラと同じくらい大きかった。
顔が、みるみる熱くなっていくのを感じる。
(あう……どうしたら……)
助けを求めるようにエラのほうを見ると、大きく見開かれた瞳と目が合う。
「……っ」
エラは悔しそうにそっぽを向いてしまった。
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