第22話 憂鬱な晩餐会
夕日に沈む王都を馬車が走る。
新王陛下からは少し経ってから晩餐会へ来るようにと言われている。面倒な挨拶や歓談を避けられるように、との配慮だ。
正直、貴族特有のもったいぶった会話は苦手なので、とてもありがたい。
「フィーネ様、王宮が見えてきましたね」
「そうだね……」
荘厳さは王都教会に劣るものの、それでも立派な白亜の城だ。
今は西陽を浴びて朱く染まっている。
そのシルエットが大きくなっていくにつれ、憂鬱な気分も増してくる。
王宮の大きな正門を通り抜け、晩餐会の会場である離宮の前で馬車は止まった。
馬車に刻まれたエルドア領の家紋を見て、衛兵さんたちがこちらに向かってくる。
「じゃあ行ってくるね、マリエッタ」
「いってらっしゃいませ、フィーネ様」
侍女や護衛はここまでだ。
馬車の扉が開き、降り立つ。
いざ戦場へ。
助けを求めるように、御者をしていたエラのほうに目を向ける。
エラは私を見て微笑みながら、その口がパクパクと「頑張ってください」の形を作った。
私も肩をすくめて微笑み返す。が、少し苦笑いになってしまったかもしれない。
(あれ、衛兵さんなかなか来ないな……)
視線を離宮のほうに向けると、迎えに来るはずの衛兵さんたちがこちらを見て立ち止まっている。私を見て、一様に呆然としている。
極限まで地味さを追求した衣装が、さすがに不格好過ぎただろうか。
でもドレスコードを気にしなくてもいいと言ったのは新王陛下だ。
(大丈夫、このくらいの反応は想定内)
ピンと背すじを伸ばし、平静を装って彼らに歩み寄る。格好はアレでも、貴族としての品格に欠けてはいけない。義兄さまに恥をかかせないようにしないと。
衛兵さんたちの間を通り抜けながら「フィーネ・ドゥ・エルドアです。新王陛下のお招きで参りました」と最小限の情報を伝える。
その瞬間、衛兵さんたちからハッと息をのむ音が聞こえた。慌てた様子で私を追い抜くと、会場の扉に手をかける。
「聖女、フィーネ様のご来場!」
衛兵さんの一人が声を張り上げる。
ゆっくり開かれた扉の先では、豪勢に着飾った人々がこちらを凝視していた。
(うわぁ……すごく場違いだ)
一瞬、回れ右をして帰ろうかと思った。けど、衛兵さんが満足そうな顔で入るよう促してきたので、諦めて一歩を踏み出す。
会場中の視線が私に集中しているのを感じる。
しばらくすると「おぉ」というため息のような声が、そこかしこから聞こえてきた。吐息はいつしかざわめきへと変わる。
「あれが噂の……なんて美しい」
「うむ、これほどとはな」
「学院では天使と呼ばれているそうだ」
「まさにだな」
「陛下がご執心なさるのもうなづける」
「噂では第一王子も魅了されたと聞くぞ」
「納得だな」
「僕、なんだか胸が」
「ええ、わたくしも胸がきゅっとして」
「なんて白くて、艶やかな肌なのかしら」
「美しさの中に、どこか愛らしさも感じるわ」
「それはそうよ、聞けばまだ成人前だそうよ」
「成人前であの美貌と色気なの!?」
「完璧な美というものを初めて目の当たりしましたわ……」
会場中がザワザワとしていて、何を言っているのかはいまいち聞き取れない。
だけど。
(これは、ドン引きされている……!?)
気まずさに頬がヒクヒクと引きつる。
なるべく人々を視界に入れないよう自分の足先だけを見つめながら進む。
すると、私の行く先を誰かが
恐る恐る見上げると、それはもう豪華な黒服に身を包んだ新王陛下が立っていた。
「聖女フィーネ、待っていました。お手を取っても?」
助かった。
安堵から自然と笑みがこぼれる。
「喜んで」
陛下と手が触れ合うと、楽団が演奏を始めた。
見れば周りの人々も手に手を取って踊り始めている。どうやらダンスタイムの途中だったらしい。
「フィーネ嬢、来てくれたんだね。正直逃げられてしまうんじゃないかと不安だったんだ」
「さすがの私も、そこまで不義理ではありませんよ」
イタズラが成功した子どもみたいに、ふふっと笑い合う。
ゆったりしたテンポの曲が流れる中、新王陛下と簡単なステップを踏む。
マリエッタとの練習の甲斐もあり、陛下の足を踏むなんて
「それにしても、今日のあなたの格好もなんというか、魅力的だね」
(うぅっ……皮肉がきた)
「申し訳ありません、かなり場違いなようで……陛下に恥をかかせてしまいました」
「いや、むしろあなたの美しさが際立っている。ご覧なさい、いつもはライバルを蹴落とすことに忙しい令嬢たちまでもが、そろってあなたに見惚れている」
ナチュラルに耳元へ顔を近づけてくる。
いや、近い近い。
耳に吐息がかかってくすぐったい。
咄嗟に距離を置こうとすると、反対にぐいっと引き寄せられてしまった。
互いの体が紙一枚ほどの距離まで近づき、視界が新王の胸元でいっぱいになる。
「ちょっ……!」
突然のことに全身が拒絶反応を示す。
体の芯がカッと熱くなり、防護魔法を発動しかける。
「待って、母上が見ているんだ。すまないが少しだけ辛抱してくれ」
見上げれば、眉を八の字にして本当に申し訳なさそうな陛下の顔があった。
周りからは、抱きしめられているように見えるだろうか。
大きな体に閉じ込められているような圧迫感が半端ない。
もはや周囲の視線もざわめきも私には聞こえなかった。
とにかく、早くここから離れたい。
「……すまない」
新王が苦しそうな声をこぼす。
(うっ……そんな悲しげに言われると)
仕方ない。
どうして引き寄せられたのか理由は分からないけど。
「わかりました……少しの間だけ」
ついため息がこぼれてしまった。
しばらくして拘束を解かれた私は、離宮の外の中庭へと連れて来られていた。
「フィーネ嬢、さきほどは本当に申し訳ない。母上が物言いたげにこちらを見ていたものだから、つい……。世継ぎに固執している母上を黙らせるには、ああするしかなかったんだ……強引に抱き寄せてすまなかった」
お詫びを言いつつ、一向に距離を離してくれない。二の腕に、陛下の肘が当たって無性にゾワゾワする。
まあでも、私は腐っても貴族令嬢で相手は王様。そんな身分差にも関わらず、かなりフランクに接してしまっている時点で本来は不敬に当たるのだろう。
ましてや、ここであからさまに拒絶の意思を示そうものなら下手をすると処罰対象だ。そこを大目に見てもらえている時点でありがたい話というもの。
ただ、どうしてだろう。
この人は信用できない。
温和で誠実な仮面の下に、獣のような――あのオレンダイの司令官エコンドに似た暴力的な本性があるような気がしてならない。
さっきから防護魔法がずっと警告を鳴らしている。本能が、一刻も早く陛下から離れろとうるさい。
「いえ、私のほうこそ突然のことに動転してしまい、大変なご無礼を働くところでした。陛下のご事情は察しております。どうぞお気になさらず」
「そうか、ならばよいのだが……」
シュンとした様子で頭を下げる陛下が、今はただ恐い。
「あ、あの――」
「フィーネ嬢、あそこに見える東屋にお茶を用意してあるんだ。気疲れしただろう? 少し休憩しよう」
「あの、陛下……!」
「……なにかな」
「私の、役目はこれで果たされましたでしょうか? 今宵はこれで失礼させていただけると幸いなのですが」
「…………ああ、問題ないよ」
その返答を聞くやいなや、私は深々とお辞儀をしてその場を後にした。
「おかえりなさいませ、フィーネ様」
馬車に乗り込むと、いつものマリエッタの顔があった。
はあぁぁ……と盛大に肩の力を抜くと、勢いのままマリエッタに体重を預ける。
「フィ、フィーネ様っ……どど、どうなさいました!?」
「あとで話すよー」
そう言いながら、しばしマリエッタの肩に顔をうずめた。
上屋敷への道中、ぽつりぽつりと事の顛末を話すとマリエッタは「それは災難でしたねぇ」と、肩をクツクツ震わせた。
その顔が嘆いているのか笑っているのか、私には分からなかった。
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