第21話 晩餐会の準備
「あ……あのっ! 義兄さまに相談いたします、ので」
「ああ、すまない。警戒させてしまったかな?」
猛烈なバックステップで退いた私の様子に、新王陛下が苦笑した。
「これまで政治に追われてきたから、こういうのは不慣れなんだ。ダンスの誘い方も兄上の見よう見真似でね……。誤解させてしまったようなら、すまない」
先ほどの底冷えするような雰囲気はどこへやら。表情の変化にこそ乏しいが、焦っているようで頬をポリポリとかいている。
意外に
「えっと、誤解というのは?」
「ああ、今回の晩餐会は新王のお披露目という名目で開かれるんだ。これまでは社交を極力避けていたんだが、立場上そういうわけにもいかなくてね」
そうだよね。貴族の頂点になったからには、社交界でも威厳と存在感を示す必要があるのだろう。
「もちろん、いまだ特定の相手のいない私には
そういうこと……?
ああ、そういうことか。
つまり晩餐会は将来の女王陛下を選ぶお見合いの場でもあると……ふむふむ。
私もだいぶ言葉の意味を読み取れるようになってきた。きっとシャーテイン君のおかげだ。
「だが私としては国政に注力したいんだ。第三国の脅威がある以上油断はできないからね。なのに貴族たちは
やっぱりみんな、そういうことに興味があるんだな。
なんとなくマリエッタの顔が浮かんでしまった。
「そこでフィーネ、あなたの力を借りたい。侯爵家の令嬢としてより、今や聖女としてのあなたのほうが有名だ。で、聖女はその……純潔の象徴なんだ」
ほえ!?
い、いきなり何を?
そうなの……?
「つまり聖女は誰とも結ばれない。もし、私があなたに執心だと周囲に思わせれば、叶わぬ恋にうつつを抜かす王としてしばらくは腫れ物扱いだ。その間、国政に集中できる」
なるほど。つまり弾よけか。
しかし陛下の評判は下がってしまうのでは?
腫れ物扱いって、けっこうなリスクのような気が。
「それにあなたにもメリットがある。王が執着している相手となれば社交に参加しなくても言い訳が立つ。王の好意を
ば、バレてる……!
というかさっきから私一言もしゃべってないのに、陛下に会話を先回りされてる気がする。
(……仕方ないか)
新王陛下には、エルドアやオレンダイの民を救ってもらった返しきれない恩もある。
それに王様直々に、しかもこちらのメリットまで提示されては断るわけにもいくまい。
新王陛下の気持ちも分かるしね。
「承知いたしました。謹んで陛下のお相手をさせていただきます。ただ……」
「ああ、豪奢なドレスは不要だよ。楽な格好でいい。晩餐会といっても堅苦しい作法を排除したものにするつもりだから」
社交用のドレスがないのもバレてる……!
正確には、そういう衣装をあえて用意しないようにしてきたのだ。成人しても極力社交には参加しないつもりだったから。
マリエッタはそれがいつも不満そうだったけど、義兄(にい)さまはむしろ「社交なんて不要だよ」と快く許してくれた。
「楽な格好でいいのなら、私でも参加できそうですね」
「そうだろう?」
ふふふ、と笑い合う。
まるで悪だくみをする仲間みたいだ。
しかしダンスかー。
やっぱ貴族として
「正式に招待状を送る」と言う新王陛下と別れ、寮の部屋に戻った。
「なんだかくたびれたな……」
ベッドにダイブして、しばしその浮き沈みに体を預ける。
私も貴族教育の一環でダンスの手ほどきは受けている。練習相手は基本マリエッタだったけど。
でも今回の相手は男の人……それもおそれ多くも新王陛下が相手とか。
まあ陛下も本気で困っているようだし、ここは一肌脱ぎますか。
翌日、王都の上屋敷に正式な招待状が届いた。
晩餐会は今から二週間後、夏季休暇の中頃に開かれる。
エルドア領に帰省する予定だったけど、そんな余裕はなさそうだ。
(シャーテイン君と遊ぶのも、先になるのかな)
私はその日から学院を休み、上屋敷でダンスの特訓を行うことになった。
---
「フィーネ様、ここは上目遣いで見つめてしまわないよう気をつけてください。あ、ターンの時も脚が露出しないよう最小限の動きで――」
「こ、こうかな?」
「違います、もっと控えめに。それでは私ですらクラっときてしまいますので」
マリエッタのダンス特訓は厳しかった。
王族相手のダンスでは下手に
「ふう、こんなもんでしょう。魅力も九割くらいは抑えられるようになりましたし。少し休憩しましょうフィーネ様」
「はひ……」
レッスン室のベンチに座る。
招待状が届いてもう一週間が経っていた。
エルドアにいる
結局、今年の夏は義兄さまとは会えずじまいになりそうだ。
シャーテイン君の顔もあれから見ていない。手紙を送ろうかと思ったけど、それは身分差の問題があってさすがに難しいとマリエッタに止められてしまった。
というかそもそも住所を知らない。もちろんシャーテイン君のほうから手紙も来ていない。
こぼれそうになるため息を肺に押し込める。
今年は私も夏休みっぽいあれこれが体験できるかも、なんて期待していたんだけど。
ちょっぴり寂しい。
ダンス漬けの二週間は目まぐるしく過ぎ、あっという間に晩餐会当日になった。
---
「マリエッタどうかな。似合う?」
「素晴らしく似合っておりますが、本当にそれでよろしいんですね……?」
「うん、今回はこれでいい」
新王からはドレスコードは気にしなくていいと言われている。
なので私は今、極限まで装飾性とか美麗さだとかを削ぎ落としたベージュのドレスを着ている。
柄も模様もフリフリもなく、スカート部分の広がりも少ない。シンプルなワンピースに近いだろうか。
オフショルダータイプなので肩が露出しているけど、夏場のダンスパーティーにしてはかなり地味なほうだ。普通はここぞとばかりに胸元や背中の開いたドレスを着るらしい。
もちろん私の場合、窮屈なコルセットも不着用だ。おまけに宝飾の類も一切付けない。
髪の毛も後ろで結びポニーテールにしただけ。
そして、いつも通り素っぴんだ。
晩餐会舐めすぎか? という格好だけど、今後は社交界から遠ざかる予定なので問題なし。
ザ・地味な格好に一人満足していると、
「まあ多分、フィーネ様の狙いとは裏腹な結果になるのでしょうけど」
マリエッタから不穏な忠告を受けた。
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