第20話 【とある転生者視点】学院で天使に出逢った
※フィーネに狂ってしまったシャーテイン君視点の、ちょっと長めのお話です。次話はフィーネ視点の話に戻ります。
――――――――――――
気づけば、粗末なゆりかごの中で手を伸ばしていた。
確かさっきまで予備校で授業を受けていたはず。
何の授業だったっけ? 上手く思い出せない。
というか、俺ってどんな人間だったっけ……?
いつのまにか転生して、裕福でない平民の長男・シャーテインになっていた。
言葉を覚え、家の中を知り、玄関を出て路地の先を見る頃には、ここが剣と魔法の中世ファンタジー世界なのだと理解した。
前世ではファンタジー小説もRPGゲームもあまり
ステータスやレベルみたいな便利な指標はなく、強くなるには魔力の量や質を高めるしかない。多分、それがこの世界唯一の攻略法。
よちよち歩きの赤ん坊の時点でそれを理解したのだから、大きなアドバンテージだ。後はひたすらに訓練あるのみ。
とりあえず、最強になってみるか。
そうして十四歳になる頃には、王都で俺よりも強いヤツはいないと思えるようになった。いや、王国全土を見回してもいない気がする。
魔力で空気の屈折をいじって透明人間になり、王宮のてっぺんから王都を見下ろすのが日課になった。強盗や暴漢を見つけては、成敗するためだ。
最初は半殺しにするくらいだった。けど、しばらくすると懲りずに民家に侵入して家主にナイフを突き立てようとしたのを見て、即座に首を刈った。
それからは、悪党はできるだけ殺すようにした。
ゲームと違って人間には感情が通っているし、ちゃんと痛みもあるし痛がる。それでもあまり殺しに抵抗がなかったのは、どこかでまだ、このファンタジーのような世界でフワフワとした非現実感があったからかもしれない。
わりとあっさり最強になっちゃったし。
駆除しても、次から次に悪党は沸いてくる。ある日、「そういえば俺なんでこんな慈善活動みたいなことしてんだっけ?」と我に返った。悪党狩りに疲れて飽きたのかもしれない。
それからは、女に夢中になった。
毎日、猿のように色んな女と交わる。
魔獣討伐でこっそり貯めた金で商売女を抱く。
行きずりの冒険者と一夜を共にする。
でも、次第に女遊びも冷めていった。一時の快楽を得ても、どこかゲーム世界を攻略しているような感覚が拭えなかったからかもしれない。
十五歳になった頃、そんな俺に転機が訪れた。
王都でクーデター騒ぎが起き、第二王子の実妹でもある王女が第一王子派の襲撃に遭ったのだ。
これだと思った。
初めて名を名乗り、襲いくる傭兵たちを蹴散らした。
オリヴィア王女殿下。
第二王子とは四つ違いの妹で、ブルーの髪と緑の翠眼は美の結晶のよう。
王都騒乱で、俺は第二王子派についた。
第一王子派が蜂起しようとしている集会場に電撃魔法を打ち込んだり、腕利きの傭兵たちをバッタバッタと葬ったりしていった。
騒乱が落ち着いた頃、ようやく王宮からお呼びが掛かった。
俺は妄想した。王女の護衛を頼まれたり面倒な頼まれごとをしたりするうち、徐々に距離が縮まり、頬を染めた王女にベッドに誘われて……みたいな。
だが、現実は拍子抜けだった。
俺と同じように武功を上げた者が一列に整列し、王女から褒賞が手渡されるだけ。
それでも俺の順番が回ってきたときには耳打ちでもされるのかと期待したが、王女は俺の目を見ることもなく形式的な言葉を交わすだけだった。
一気にどうでも良くなった。
もしかしたら転生者の俺には重大な使命何かがあるのではと、心のどこかで期待していたのだろう。
でも、そういうものが綺麗さっぱり無くなった。
だからとりあえず女遊びをやめ、これからは堅実に生きていこうと決めた。
大冒険やドラマがなくても、俺の力があればこの世界で十分満たされた生活を送れるはずだ。
十六歳になった頃、王立高等学院の招集状が届いた。
別に何かを期待したわけじゃない。偉そうな貴族連中を沈めたらスカッとするかな、くらいの軽い気持ちで学院の門をくぐった。
そこで、一人の女の子と出逢った。
――聖女フィーネ。
見た瞬間に美の概念が塗り替えられるような美貌。
全身の血がたぎり、毛穴が奮い立つほどの色気。
その姿に引けを取らないほど無垢で清らかな心。
あふれんばかりの慈愛を宿した瞳、親しみやすそうな雰囲気。
まさに絶対的なヒロイン。
俺は彼女と出逢うために転生したのだと、このとき確信した。
フィーネはいつでもどこでも注目の的だった。
その圧倒的な魅力の前に、並大抵の人間は感情や欲望が抑えられず、しどろもどろになってしまう。
そして彼女の魔力もまた、規格外の濃密さだった。
元から治癒の適性が高かったのだろう。フィーネはそれをとにかく、自分や他人の命を救う方向に磨き続けたのだ。
幼少時から鍛錬を欠かさなかった俺だから分かる。
あれは並大抵の努力では到達できない。それこそ一日中、片時も忘れることなく、自分や誰かの幸せを強く願い続けるほどでないと無理な芸当だ。
彼女から発せられるその祈りのような力が、近づく人の魔力を活性化させて歓喜と快楽のオーバーヒート状態にしてしまう。
フィーネの美貌や性格的な魅力も相まって、平凡な魔力の持ち主では自制心がもたない。だから誰もが彼女と親しくなりたいのに、近づくことさえ難しい。
かく言う俺も、手をこまねいていた。
学院中の目が光っているので近づきづらいのだ。女子生徒たちは「天使親衛隊」なるものを結成し、交代でフィーネを見守るようになった。
何か彼女と親しくなる手がかりはないものかと、フィーネが居ない時にこっそり寮の部屋に侵入してみた。
フィーネの部屋は、およそ貴族令嬢とは思えないほど簡素なものだった。荷物はほとんどなく、机の上には書きかけの手紙が置いてあるくらい。
手紙は侍女に宛てたものだった。
『マリエッタ、元気ですか? 私は元気です。食堂の料理はいつも料理も美味しく、充実した日々を送っています。生徒も先生も温かい人たちばかりで、学院の雰囲気はとてもいいです。ただ、私は社交が未熟なので、親しい友達ができるのにはまだまだ時間が掛かりそうです』
これでは侍女に心配を掛けてしまうと思ったのだろう、最後のほうはインクで二重線が引かれていた。どうやらこれは彼女のボツ原稿らしい。
俺は手紙を持ったまま震えた。
「て、天然だと……!」
天使のように可愛くて美しくて、聖女で、凛としていて優しくて。
それなのに自分のことを「コミュ症ぼっち」だと思い込んでいるなんて。
フィーネ知らないのだろう。
彼女とわずかに言葉を交わしたことを惚けた表情で周囲に自慢している生徒のことを。
聖女フィーネは等しく公平な世を願うだろうからと、身分差を越えて歩み寄ろうとしている貴族生徒と平民生徒たちの涙ぐましい努力を。
生徒どころか講師すらも「天使」と呼び、彼女の一挙手一投足を固唾を呑んで見守っていることを。
たまに鍛錬に疲れて眠りこけてしまうのが「天使のうたた寝」「女神の休息」として名物になっていて、親衛隊の女子生徒たちが持ち回りで護衛していることを。
……本人は一切気づいていないのだ。
気づいていないどころか、自分は孤独なんだと落ち込んでさえいる。
あまりにいじらしいその姿に、俺の中の下心はどこかに消え去り、ただ純粋にフィーネと仲良くなりたいと思ってしまった。
すっかり魅了された俺は、さりげなく彼女に近づくことにした。
魔獣討伐訓練では偶然にも一緒に参加することになった。しかもそこそこ強い魔獣に襲われたおかげで、俺の力をアピールすることもできた。
いやそれどころか、フィーネとパートナーのような雰囲気にもなれた。まさに幸運のトリプルコンボだ。
彼女の治癒魔法は圧倒的で、誰もが見惚れた。
おそらく教会認定の聖女にも優るだろう。俺はますますフィーネに心酔した。
この時、前世も含めてこれまでで一番頭を回転させた。どうしたら彼女の気を引けるだろう。どうしたら彼女の心を掴めるだろう。
「フィーネお疲れさま! 治癒、助かったよ」
俺はあえてフレンドリーかつフランクに接することにした。多分だが、彼女はこういう関係性にこそ飢えているのではと考えて。
「こちらこそ助かったよ、シャ……シャーテイン君」
(……可愛すぎかよ)
俺の読みは大当たりだった。
調子に乗って手を差し出してみると、彼女も遠慮がちに握手に応じる。
信じられないほど
一生触れていたいと思わせる手のひらの感触に、俺の脳は一瞬で沸騰した。
恥ずかしそうな上目遣いが色っぽすぎる。嬉しそうにはにかむ笑顔に俺の心はノックアウト寸前だった。
「す、すごい……じゃあシャーテイン君も新王陛下から直々に?」
「あーまあ、なんか俺ずいぶん実力がバレちゃったみたいでさ。目立ちたくないんだけど」
「うん、その気持ちは分かるよ……」
可愛い。
こんなに可愛いいのに絶大な治癒魔法の使い手で、でも謙虚なフィーネがやっぱ可愛い。
「ああうん、とはいえ目立っちゃうんだけどさ~」
「でもすごいなぁ……かっこいいよ、シャーテイン君は」
俺の――きっと相手の言ってほしいことを無意識に言ってしまうのだろう彼女が愛おしい。
幼い少年のような純粋な眼差しで見つめてくる瞳に吸い込まれそうだ。
「いやフィーネだって十分すごいよ、あんな治癒魔法見たことないぜ」
「そ、そうかな……っ」
そこで嬉しそうに照れるとか、反則だろ……。
俺はあえて気の利いた会話ではなく、季節の移ろいや草花の変化、男の子が好きそうな昆虫や冒険の話題を振ってみた。
ここでも俺の読みは冴えていた。
彼女は目を輝かせて食いつき、だんだん口数も多くなってきた。
「――それでマリエッタっていう専属の侍女がいるんだけどさ、いっつもからかってくるんだよ」
フィーネは平凡で身近な話題ほど、楽しそうに話してくれた。
ああ天使だわ。マジ天使。この時間だけで学院に来た意味があったかも。
「あれ……?」
会話も途切れた頃、彼女が不意に押し黙った。
「ん、どしたフィーネ?」
彼女は何かを打ち明けようとして、でも恥ずかしくてためらうように口をパクパクさせる。
かと思えば意を決したように俺を見つめてきた。
(やばっ、不意打ちかよ……!)
激しく高鳴る心臓を押さえ、微弱な電気信号を送って落ち着かせる。
「あ、あの、シャーテイン君に……こんな変なお願いをするのは忍びないんだけど。も、もしよろしければ、たまに私の話し相手になってもらえない、でしょうか? 私、話し下手みたいで、どうにか克服できたらいいと思ってるんです」
自信がないのか途中から敬語になっているのが面白い。
頬を赤らめ、伏し目がちに俺を見てくる。吸い込まれそうな青い瞳が揺らめいて――。
(もうあかんて……)
心が持っていかれる。とてもじゃないが彼女の顔を直視できない。
うん、顔の部位に集中しよう。
まつ毛長いな……。あ、少し目元が潤んでる。今すぐ抱きしめたい。
だめだ、冷静になれ。
彼女の手紙の内容や会話から察するに、学院に来るまでもまともに友達を作ってこなかったのだろう。
であれば、ここは一気に距離を詰めるチャンスだ。
「話し相手っていうか…、俺たちもうダチじゃん?」
「ダ、ダチ……!?」
キョトンとした顔も死ぬほど可愛いな。
「えっと、もう……友達、なの?」
「そう、友達」
「え……そ、そっか、じゃあ、よろしくお願いします……?」
フィーネは少し混乱した様子で、おずおずと手を差し出してくる。
もちろん両手で握り返し、その小さくて柔らかい感触を脳のメモリーに記憶した。
それからは至福の日々だった。
俺は剣術や馬術の授業で実力を誇示し、クラス全員の熾烈なにらみ合いを制してフィーネの剣の打ち込みの相手をしたり、馬の世話のコツを教えたりなんかもした。
いつもにらみ合いが激しすぎて、結果彼女をいつもぼっちにさせていたんだから、俺が彼女の専属パートナーになっても文句は言わせない。
授業だけでなく、休み時間や昼休みもフィーネと過ごすことができた。彼女の唯一の友達として。
でも、あまり近づき過ぎるのもよくないだろう。
すでに学院中を敵に回しつつあるし、がっつき過ぎて彼女に引かれてしまっては元も子もない。だから節度ある友達付き合いを心がけた。
でも夏になり、状況が変わった。
フィーネが半袖ブラウス姿で過ごすようになり、その破壊力が想像以上だったのだ。
「フィーネ、前に話した少年冒険団が魔獣を討伐するっていう小説を仕入れたんだけど、見てみる?」
ベンチの隣に座るフィーネに本を見せる。
「え、どれどれ……」
彼女が無防備に距離を詰めてきた。
(えっろッ!!!!)
ブラウスから伸びる二の腕や、スカートから露出した太ももがまぶしい。照りつける陽射しに容赦なく晒しているにも関わらず、透き通るような白さと艶を保っている。触れることができれば、これまで抱いたどの女よりも心地いいのだろう。
ほんのり汗ばんだ体から漂ってくる香りは、鼻腔を惚けさせるほど甘くて清らかで、鼻を押し付けて思いきり吸い込みたい衝動に駆られる。
フィーネがもう立派な女であることを主張する胸のふくらみは、前世基準でCカップ……いやDカップはあるだろう。同年代の女子に比べ少し大きいが、出しゃばりすぎないサイズ感が最高だ。男の欲望を具現化したようなその丸みは、しっかりと張りがあり、それでいてちょっと触れただけで形を変えるような柔らかさも兼ね備えていそうだ。ぜひ触れてみたい。
「あ、これ挿絵も付いてるんだ」
ささやくような美声が鼓膜をくすぐる。薄く輪郭が
目もワクワクといった感じの無邪気さを讃えており、それが妙に色っぽくて。
「ごめんフィーネ、俺ちょっと先生に呼ばれてるんだったわ。その本、読み終わったから貸してあげるよ」
「あ、うん。ありがとう」
今この下半身を見られたら、フィーネにドン引きされてしまう。それだけは避けたい。彼女に軽蔑されたくない。節度ある付き合いを続け、徐々に心を通わせていくんだ。
そう思っていたのに。
「――あの……夏休み、遊べたらいいなって思って」
恐る恐るといった様子で上目遣いで見つめてくるフィーネに、俺は硬直してしまった。
夏休み、なんて前世を彷彿とさせる言い回しを彼女がしたせいで、心が一瞬無防備になってしまった。そんな状態でフィーネの可愛さを浴びせられたものだから、魂が打ち抜かれてしまったのだ。
彼女が友達として誘っているなんてことは分かっている。
でももう、我慢の限界だ。
決行しよう。
彼女を手に入れるために、編み出した魔法がある。
魔力を、人が不快に感じる電気に変換して空気中に放出する、名付けて「人よけの術」だ。
一度、俺はフィーネが眠るベッドに潜り込もうとしたことがあった。
しかし、自動発動した防護魔法に阻まれ、指一本触れられなかったのだ。おそらく身の危険が迫ると無自覚に発動するのだろう。
薬でも盛らない限り夜這いは不可能だ。
だとすればチャンスは、一時的に魔力を使い果たす「天使のうたた寝」の間だけ。
作戦はこうだ。
まず、フィーネが鍛錬を始めるのを待つ。最近は日陰で涼しく、あまり人の来ない寮の裏庭のベンチで鍛錬することが多い。なら、この場所に向かった段階から彼女の周囲に人よけの魔法を張ってもいいだろう。
そうして親衛隊の連中を遠ざける。
やがてフィーネが眠りに落ちたら、俺は堂々と隣に座る。
まずは頭を撫でてみよう。起きないことを確認したら、その芸術品のような唇にキスをする。彼女は「ん……」なんて可愛い声を上げるかもしれない。
その後は、彼女の小柄な体を抱きしめて、その柔らかさを全身で味わう。そして――。
「うぅっ……!」
いつも、このへんで俺は限界を迎えてしまう。
夢想しただけでこれだ。現実で味わったら、俺は興奮し過ぎて死んでしまうのではないだろうか。
そんなことを思いながら、俺はまたも夢想に耽った。
チャンスはすぐに巡ってきた。
夏の日の夕暮れ。
寮の裏庭のベンチで、静かな寝息を立てて眠るフィーネの姿があった。
周りには人の気配はない。
ただ一人、隣に座る俺を除いて。
今日は親衛隊長を務める公爵令嬢が、フィーネの見守り当番だったらしく、遠ざけるのに少し苦労した。さすが名家の令嬢だけあって魔力量も多く、よほどフィーネに執着しているのか、恐るべき精神力で「人よけの術」を突破しようとしてきた。
まあ、少しこちらが魔力を強めただけで、吐き気を催して去っていってしまったが。
この世界の人間なんて、しょせんはこの程度だ。
「さて、と……フィーネ、これで邪魔者はいないよ」
何百回とシミュレートしたように、まずは頭を撫でてみる。
「うわっ……」
想像以上に
「ん……」
フィーネの切なげな声に、体中が歓喜と劣情であふれかえる。
ついに、ついにフィーネを俺のものにできる。
あとで彼女には軽蔑されるかもしれない。でも、思いのたけをぶつけて告白したら許してくれる気もする。フィーネはどんな酷いことをされても、相手を憎むことができない。そういう根っからの聖女だ。
それに遅かれ早かれ、どうせ最終的には結ばれるのだ。
俺が転生したこのファンタジー世界で、フィーネは絶対的なヒロインなのだから。
(フィーネ……)
甘いキスをしようと、頬に手を添えたとき。
「――――!」
内臓に灼けつくような痛みが走り、全身の穴という穴から炎が吹き出した。
声を上げることもできず全身が燃え盛る。
(なんだこれ、痛い、熱い、痛い……!)
あまりのことに脳が動転する。
(たす……け……て……)
「見過ごせる範囲はとうに超えているんだよ、シャーテイン・ハミルド」
パッと意識が戻る。反射的に声の方を向く。
そこには涼し気な顔をした美しい青年が、静かに立っていた。
(これは……幻覚魔法!?)
燃えて消し炭になったはずの体が、元通りになっている。いや、最初から燃えてなどいなかったのだ。
いつ意識に侵入されたのかすら分からなかった。
いやそれよりも、なぜこの男は俺の「人よけの魔法」をかいくぐってここにいるのだ。どうして俺の名を……。
「類まれな才能や騒乱時の功労に免じて目をつむっていたのだがね……私の聖女に
底冷えするような低い声に、ガクガクと震えが止まらなくなる。
なぜだ、なぜ、なぜ知っている……?
「殿下!? じゃなくてセダイト新王陛下!」
間近から聞こえるはずのないフィーネの声が聞こえ、肩が震えた。
まだ目覚めるはずがない。少なくともあと二十分は……。
違う。俺が長い時間、幻覚に閉じ込められていたんだ。
(いや、そんなことより今、新王と言ったか!?)
新王陛下。
王国のトップがなぜこんなところに一人で?
夕闇を背に立つ影に目を凝らす。
しかしそこにはただ闇があるだけだった。
(まさかこの俺が、魔力の流れすら見えないなんて……)
幼少から魔力を磨き続けた程度では、到底及ぶことができない力量差がそこにはあった。
……ああ、そうか。
これは現実なんだ。
転生してから今やっとそれを実感した。
でも、もう遅い。俺はもう後戻りできないところにいる。
彼女を見ると不思議そうな顔をしていた。ああ可愛いな。
……ごめんよ、フィーネ。
「そろそろ外してもらえるかな?」
有無を言わさぬ圧が、またもや全身を襲う。
この言葉に従わなければ俺はここで死ぬ。そうでなくてもどうせすぐ死ぬ。
「それでは失礼いたします、陛下。フィーネもまたね」
フィーネとの最期の別れをして、俺は死刑台に向かう気分で歩いた。
どこで間違えたのか。
父さんと母さん。わずかな稼ぎで俺を一生懸命育ててくれた。学院に行くと言ったら二人とも呆れていたな。
俺は、何が欲しかったんだっけ?
男子寮に向かって歩いていると、ふいに視界が暗くなった。
魔力を練り、周囲に電撃魔法を放っている。しかし少しも手ごたえがない。
「あーこれ、終わったわ」
とんでもなく凄腕の、おそらく暗殺者のものだろう気配をうっすら感じる。
次の瞬間、意識がスッと消えていく感覚があった。
何をされたのかすら分からない。
苦痛も走馬灯もない。ただ消える。
転生したときと同じように、俺の人生は唐突に終わりを告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます