第18話 初めての学友(ダチ)

 魔獣討伐演習が行われるのは、学院から馬車で二時間ほど行ったところにある森だった。


 ここは王都からそう遠くなく、レベルの低い魔獣しか出ない。

 だから治癒師はあくまで保険のような存在で、出番があるとしても足場の悪い森で転んでしまった生徒の治療がせいぜいだ。


 という話だったのだけど――。


熊型くまがたがそっちに行ったぞ!」

「火力の高い魔法で足止めしろ! その隙に剣技を浴びせるんだ」 

「炎熱は木に燃え移るから使うな! 風か麻痺系の魔法を」

「おいそこっ! 前に出過ぎだ!」

「いでぇっ、うわああああっ」


 出現するはずのない強大な魔獣「熊型」に襲われ、討伐隊は混乱のさなかにあった。通常だったら王都の騎士団が出動するレベルの魔獣だ。


 三十人いる生徒たちは散り散りになり、講師たちも分散して生徒たちを守りつつ、指示を出している。


 クマを巨大にして真っ黒くしたような「熊型」は、その巨体にも関わらず縦横無尽に森の中を走り回り討伐隊を翻弄していた。


「治癒してくれええええっ!」


 男子生徒が悲鳴を上げる。熊型に応戦しようとして爪で腕を切られたらしい。


「大丈夫です。すぐに治しますね」


 私はその生徒に駆け寄り、直に患部に触れて治癒魔法を発動する。虹色の光が瞬き、跡形もなく傷が消えた。


 浅い傷とはいえここまで治りが早いのは、最近の鍛錬の成果だ。魔力の量も質もパワーアップしている実感がある。


「はい、もう元通りですよ」


 青ざめた顔をしている男子生徒に微笑みかける。私がいる限り心配ない、そんな思いを込めて。


「て、天使……」


 男子生徒の顔がみるみる紅潮し、血の気が戻る。

 よし、貧血症状もない。


 ふうと息を吐き、立ち上がって状況を確認する。


 講師陣の適切なフォローもあり、熊型は追い詰められていた。討ち取られるのも時間の問題だろう。


 ……なんて冷静に分析している自分に少し驚く。オレンダイ侵攻を経験して、メンタルも図太くなった気がする。


「グガアアアアアッ――!」


 おぞましい声を上げ、巨体が沈んだ。

 トドメを刺したのは茶色い短髪が特徴的な男子生徒――シャーテイン君だ。


「よぉし! シャーテインよくやったっ!」


 講師の一人が声を上げる。

 他の生徒からも歓声や拍手が上がった。


 私も安堵のため息をつく。

 

 熊型に襲われたその瞬間から、私は散り散りになった生徒たちの間を走り、治癒をして回った。


 同じように生徒たちを守り、加勢をして回っていたのがシャーテイン君だ。


 いつの間にかお互いアイコンタクトで位置を確認し合い、私が治癒している間は、シャーテイン君が盾役やおとりになるという連携が完成していた。 

 

 エラや軍団長を間近で見ていたから分かる。シャーテイン君もかなり強い。


 私も素直に拍手を送る。


 みんなからの賛辞に照れくさそうにしていたシャーテイン君と目が合う。

 すると、ずいずいこちらに近づいてきて私の前に立った。


「フィーネお疲れさま! 治癒、助かったよ」


 茶髪の下の顔がニカッと笑う。


「こちらこそ助かったよ、シャ……シャーテインくん」


 私も自然と笑顔が浮かぶ。


 手を差し出してきたので、握手をした。

 お互い笑い合って健闘を讃える。


 それはまるで戦友のようだった。





 しばらく全身で休息を取ることになった。


 みんな思い思いに座り込んで水を飲んだりしている。講師たちは熊型の解体を始めたようだ。ほうっておくと他の魔獣が寄ってくる恐れがあるから。


 私はそんな光景を一人ぼーっと見つめる……なんてことはなく、なんとシャーテイン君と雑談をしていた。

 この私が。


「す、すごい……じゃあシャーテイン君も新王陛下から直々に?」



「あーまあ、なんか俺ずいぶん実力がバレちゃったみたいでさ。本当は目立ちたくないんだけど」


「うん、その気持ちは分かるよ……」


「ああうん、とはいえ目立っちゃうんだけどさ~」


 シャーテイン君は平民だ。


 でも子どもの頃から才能に恵まれ、先日の王都騒乱では第一王子側の傭兵たちを次々に倒して回ったり、第二王子――新王陛下の妹君の暗殺を食い止めたりしたらしい。


 その活躍が評価され、新王直々に学院に招かれた。剣の腕は王都騎士団長も舌を巻くほどで、電撃魔法の使い手でもあるんだとか。


「でもすごいなぁ……かっこいいよ、シャーテイン君は」


 基本的に治癒魔法以外は人並み以下の私と比べると、まさに「勇者」を地でゆく感じだ。


「いやフィーネだって十分すごいよ、あんな治癒魔法見たことないぜ」


「そ、そうかな……っ」


 治癒魔法を褒められると素直に嬉しい。


 嬉しいけど、恥ずかしい。


 顔が火照ってきたので、他の生徒たちのほうに視線を走らせる。


 近くに座った人同士で声を掛け合ったり、ねぎらい合ったりしている。そこに身分の違いはなかった。


 あらためて思う。この学院はすごい。


 新王陛下の理念が浸透しているのか、入学以来、貴族と平民がいがみ合ったり、貴族が平民を差別したりする場面を見たことがない。


 今も熊型襲撃というハプニングで結束が高まったのか、とても仲良さげだ。

 私も、その輪の中に混ざりたい。コミュ症の私でも頑張れば……。


「……あれ?」


「ん、どしたフィーネ?」


 思わずシャーテイン君を凝視する。


 そういえば私、さっきから彼と普通に……楽しく話せている。


 コミュ症が治ったとは思えないので、間違いなくシャーテイン君のコミュ力のおかげだろう。彼といれば、コミュ症を克服できるかもしれない。


 私は勇気を振り絞って、「話し相手になって欲しい」とお願いしてみた。


 するとシャーテイン君は快く引き受けてくれて……それどころか。


「話し相手っていうかさ、俺たちもうダチじゃん?」


「ダ、ダチ……!?」


 あっさり友達ができた。


 いや、すでに私とシャーテイン君は友達だったらしい。なんということだろう。


 学校の友達とくだらない話で盛り上がる。男友達と汗を流して遊ぶ。友達の家に遊びに行く……どれも前世では叶わなくて、今世でもあきらめていた秘かな夢だ。


 それが叶うかもしれない。


 その夜は、胸がドキドキしてなかなか寝付けなかった。





 なんとシャーテイン君は、剣術も馬術も私と同じ授業を取っていたらしい。おかげで彼とはいろんな話をするようになった。

 ついでに剣術の打ち合い相手にも困らなくなった。


「フィーネ、イイ感じじゃん! 型がちゃんと身に付いてる」


「ほんと? 実は寮の部屋でこっそり練習してて」


「じゃあ今度は型の応用をやってみようか。こんなふうに体を半回転させながら……よっと」


「わっ、すごい……剣の動きが全然見えなかった」


「フィーネは筋がいいから練習すればできるようになるよ」


「で、できるかな?」


「自主練、付き合ってやろうか?」


「え、いいの……? じゃ、じゃあ……お願い」


 遠慮がちに頭を下げる私に、シャーテイン君がニカッと笑う。

 爽やかな笑顔がまぶしい。前世だったらサッカー部のエースみたいな感じだ。


(楽しいな)


 友達ってすごい。

 一緒にいるだけで、自分は一人じゃないって思わせてくれる。


 さすがに汗を流して冒険ごっこをしたり、こっそり学院を抜け出して買い食いをするなんてのは誘えずじまいだけど、ただ冒険小説を貸し借りし合ったり、食堂のメニューの話で盛り上がったり、そんなことが楽しい。


 夏になったら、長い休暇がある。


 シャーテイン君は実家が王都だから、エルドア領に泊まりにきてもらうのもいいかもしれない。幼馴染のトマたちも一緒に、みんなで川遊びや釣りをしたら楽しそうだ。


 そんなことを妄想してみたりする。


「フィーネ、またぼーっとしてんな」


「あ、ごめん。えと、なんだっけ?」


 校舎裏のベンチに座りながら、シャーテイン君に謝る。


「いや食堂の夏メニューが楽しみだねって話。てか何か考え事? 聞くぜ俺」


「うん、シャーテイン君は夏ヒマかなって……あっ」


 つい心の中で思っていたことが口に出てしまった。


「へ? いや、ヒマっちゃヒマだけど……っ」


「そ、そっか」


「えっとなに、夏になんかあんの?」


「あーいや、あの……夏休み、遊べたらいいなって思って」


 さすがにエルドアへ誘う勇気まではなかった。

 

 学院を一歩出れば、私とシャーテイン君は貴族と平民だ。

 友達だしそんなの関係ないと言いたいけど、貴族令嬢としてそうも言っていられない。義兄さまの許可がいる。


 でも、もしシャーテイン君がいいって言ってくれたら、私は全力で義兄さまを説得しよう。


 そう決意してシャーテイン君を見ると、嬉しいような切ないような複雑な顔で微笑んでいた。


「夏休み、か」


「え?」


「いやこっちの話! おう、遊ぼうぜ」


「あ、やった」


 ぱあっと世界が明るくなったような気分になる。


 春が過ぎたら、義兄さまにお願いしてみよう。

 もしダメって言われても、エルドアに里帰りする前に王都で遊ぶ時間くらいはあるはずだ。


 私は空を見上げ、早く夏にならないかなぁとつぶやくことが多くなった。

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