第17話 聖女の友達作り作戦
「うん、私はぼっち。それでもいい」
朝起きて、部屋のカーテンを開ける。初夏の太陽が温かい。すがすがしい朝だ。
入学して、もう二週間が経つ。
私はもう開き直っていた。
もともとがコミュ症ぼっちだったのだ。今さら多くを求めるのは欲張りというもの。五体満足で毎日美味しいご飯を食べられるだけで、私は十分幸せなのだ。
友達が一人も……できないくらいでヘコまない。前世では死すらも経験した私の心のバネを舐めないでほしい。
「バネだ、バネ」
朝陽を浴びながら、思いきり伸びをした。
寮の廊下に出て、突き当たりに立っている一学年上の女子生徒を見つめる。
先週くらいから毎朝先輩が交代で立つようになった。
なんでも、慣れない後輩たちが朝寝坊をしないかどうか見守ってくれているらしい。優しい先輩たちだ。
私が近づいていくと、先輩も私を見つめてくる。勇気を出して挨拶をしてみた。
「あの……おはようございます、いい朝ですね」
ニッコリ笑う。朝の挨拶は笑顔が特に大事だ。
「はぅっ……な、なんてことでしょうっ、おはようございます、天……じゃなくてフィーネさん!」
あ、名前を呼んでくれた。私のことも知ってくれていたんだ。
……素直に嬉しい。もっと話したい。
「あ、あの、先輩がたは……早起き、なんですね」
我ながらコミュニケーションが下手すぎる。もっと気の利いたことは言えないものか。
「そ、そうね! それはもう朝早く起きて湯浴みをして身なりを何度も整えて、この
先輩、満面の笑顔だ。目を閉じてしみじみ感じ入っている。
(なんていい人たちなんだろう)
私は感動していた。
後輩たちの朝の面倒を見るためだけに早朝から準備をして、しかもそれが苦ではなく役得だなんて。
「すごいと、思います」
「へ……何がかしら?」
この謙虚な姿勢も。
私も見習いたい。
「先輩のこと、尊敬します」
「はうぅっ――」
先輩がけっこうな驚きようだったので、私は気まずくなってペコっと頭を下げると足早に廊下を後にした。
善意の人たちに対して無粋だったろうか。
でも私の正直な気持ちだ。
最近になって、私は別に避けられているワケではないと気づいた。
少なくとも、女子には。
いまだに話しかけられることはほとんどないけど、私から話しかけてもみんな反応はしてくれる。私のコミュ症のせいか、話が続かないだけで。
それに、学院の人たちはみんないい人だ。
何かと気を遣ってくれる。
私は基本やることがないので、授業以外の時間はほとんど治癒や防護魔法の鍛錬をしている。
邪魔する人がいないので、つい鍛錬に没頭し過ぎて魔力が抜けきり、気絶するように眠ってしまうことがよくあった。
そんなとき、起きるといつも違う女子生徒がそばに座っていて、声を掛けてくれるのだ。
「……あの、おはようございます。すみません、また眠ってしまったみたいで……」
今日は寮の裏手にあるベンチだった。
「あああああの、だ、大丈夫ですか?」
今日は同じ一年の女子生徒だった。確か治癒のクラスで一緒の子だ。
「えと、マリヤさん……ですよね? 同じ学年ですけど私のほうが年下なので、あの……敬語じゃなくて、いいです」
この子の名前は合っているだろうか、遠回しに「タメ語でオッケー」と伝えてみたけど馴れ馴れしくないだろうか、少し寝汗をかいてるけどクサくないだろうか、口元にヨダレは……うん、垂れてない。
「わ、わわわ私なんかの、な、名前、ご存知いただけていたのですか!? はわ、はわわわ……どうしたら……あ、あの、平民の私にそんな、敬語じゃなくていいなんて畏れ多いというか何と申しましょうか、ああ……親衛隊でずっと順番待ちをしていた甲斐がありました……」
おや、もしかしたらマリヤさんも私と同じ、コミュ症気味の子かもしれない。これは似たもの同士仲良くなれるかも。
あわよくば友達に……。
「あの、マリヤさん。私は一応貴族ですが……子どもの頃はよく平民の男の子たちと森で泥だらけになって遊んでいました。私は、身分とか関係なく、人は等しく祝福される存在だと思っています。だから……」
もしよかったら友達に――。
「も、森で!? 平民と泥まみれに!? なんて、なんて素晴らしい秘話!」
「あ、あの……?」
「天……フィーネさん、いえフィーネ様! 私、感動しました。このお話は今すぐ皆に知らしめるべき逸話です。広めてもいいですか!?」
「え、あ、はい」
「では親衛隊のお姉さまがたに報告させていただきますので、私は失礼いたします。真の聖女フィーネ様」
マリヤさんが勢いよく駆けていく。
なぜか、最初よりも距離感が遠くなってしまった気がする。
「……親衛隊、私も入りたいな」
今朝廊下に立っていた先輩も入っているっぽかった。正直響きがカッコいいのでずっと気になっていたのだ。
明日の治癒の授業でマリヤさんに会ったら、私も入れないか聞いてみよう。勇気を出して。
---
次の日、治癒のクラスに行くと珍しく講師に話しかけられた。
「てん……オホンッ、フィーネさん、ちょっといいかしら?」
元聖女見習いで、一時期は聖女候補にもなったという噂の女性だ。六十歳を越えているというのに若くて美しい。王国教会に所属しつつ、出向という形で学院で教鞭を振るっている。
「はい、先生」
「手短にお伝えしますね。本日これより上級生の魔獣討伐演習がございます。そこに治癒師としてフィーネさんの参加要請がございました」
「え、私がですか……?」
「治癒師の一人が欠員になってしまったようです。フィーネさんなら代役として申し分ないと、講師陣含めて全会一致で決まりました。引き受けてもらえますか?」
う……すごいプレッシャーだ。
でも、私の力が少しでもみんなの役に立てるなら。
断る理由なんてない。
「はい、もちろんです。すぐに準備します」
私はすぐに寮の自室に戻った。
制服を脱ぎ、演習用の麻の半袖シャツに着替える。下は動きやすい革のズボンだ。皮製の胸当てを装着し、最後に治癒師であることを示す白いローブを羽織れば準備完了。
オレンダイ軍の侵攻があってから、何か起きてもすぐに出動できるように、エルドアの屋敷で何度もこの早着替えを練習した。今では四十秒もあれば仕度できる。
二年次からと聞いていた魔獣討伐演習。
魔獣の生息する森に行き、実際に討伐する。
最近は魔獣の動きが活発化しているから、間引きの意味合いもあるらしい。
子どもの頃はよく、幼馴染のトマたちと魔獣狩りごっこをして遊んだっけ。
胸がドキドキする。
そんな緊張や高揚感の中、臨んだ演習で。
「――話し相手っていうかさ、俺たちもうダチじゃん?」
ダチができた。
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