第16話 聖女のぼっちな学院生活
入学式は、立食パーティー形式だった。
王国全土から取り揃えられた料理が所狭しと並び、壇上では学院長らしき方が挨拶をする。
もっと堅苦しいものを想像していたけど、みんな思い思いに話し込んで打ち解けていたようだった。
たまに私のほうをチラチラと見てくる視線が気になったけど、さっきの学院デビュー失敗のトラウマが尾を引いて、なかなか自分から声を掛けられない。
仕方なく、料理をたらふく食べることにする。
百を優に超える料理の数々。どれもその地方の郷土料理で、どれが一番素材にこだわり、かつ健康にいいのかを見定めるのに夢中になった。
大皿に料理をちょっとずつ乗せ、食べ、また新たな料理をちょっとずつ乗せに行く。その中にエルドア産のフルーツムースが並んでいるのを見つけた。
(あ、これ、みんなに……)
味見してもらいたい。
エルドアの地に流れる豊潤な魔力をたっぷり吸ったベリーは格別なのだ。そしてムースは卵とバナナに似たフルーツを混ぜ合わせて作ったヘルシーな甘味で、朝食べれば腸内環境を整えてくれるデザート兼健康料理だ。
(声を……掛けるのは無理だけど、せめて美味しさだけでも伝えたい……!)
私はフルーツムースをスプーンで一口すくうと、ゆっくり口に運ぶ。
「んん~~っ!」
(お、おいしい)
美味しい演技をしようと思ったけど、本当に美味しかったのでそのまま顔に出てしまう。
視線を感じてパッとあたりを見回すと、こちらを見ていたいくつかの目が一斉に逸らされた。……気がした。
いや、最初から私のことなど誰も見ていなかったのかもしれない。つい自意識過剰になってしまった自分が恥ずかしい。
その後もめげずに、私はすべての料理を試食した。誰か料理好きの人が話しかけてくれるんじゃないかとほんのり期待しながら。
そんな他人任せの思考がいけなかったのか、誰にも声を掛けられることなく入学式は終わってしまった。お腹はふくれた。
案内された寮は女子寮と男子寮に分かれていて、私の部屋は敷地内の森にほど近い、西日がまぶしい角部屋だ。
一人で荷物を整理していると夕陽が目に染みた。
夜になり、寮にある浴場に行こうとして思いとどまる。マリエッタの「湯浴みは自室で」という言いつけを守らないといけない。
それによくよく考えてみたら、浴場に行ったら他の女の子の裸を見ることになる。それはちょっと、いやかなり勇気のいることだった。自分の裸には見慣れているけど、他の子の裸となると……やっぱり気まずいのだ。
まあいい。
明日は授業のオリエンテーションがある。そこで隣の席の子とかに話しかけてもらえれば……いや、自分から話しかけてみよう。
そう心に決めて、ベッドに潜った。
次の日。
階段状になっている広い教室に入ると、生徒たちが一斉に私を見た。
「ひっ……」
前世では学校にほぼ行ったことがないから知らなかったけど、始めての教室入りはこんな洗礼を受けるのかと驚く。
「お前はどんだけやるんだ?」みたいな値踏みするような視線だ。その圧に耐えきれず、私は下を向いて、端っこの空いている席に座る。
すると一個隣の席に男子が座ったので、これはチャンスと思って話しかけてみた。
「あ、あのっ」
そういえば昨日から一度も発声していなかったので、つい声が裏返ってしまう。
「な、なんだい!?」
いきなり声を掛けられてビックリしたのか、男子生徒はのけ反っていた。ここは度胸の見せ所だと自分を奮い立たせ、目を合わせてニコリと微笑む。
「私は、あの……フィーネと、申すものです……」
そういえば学校で友達を作るときって、なんて声を掛ければいいのだろう。そんな思考が頭をもたげ、声がどんどん尻すぼみになってしまった。
「フィ、フィーネさんね、うん、知ってるよ」
「本当ですか!?」
それは嬉しい。
これならスムーズに友達申請ができるかもしれない。そう思ったのだが。
「ぐぅっ……! ちょ、ごめっ、いやあの俺なんかが、うぅ……」
その男子はうめきながら、席を立ってしまった。
「へ? だ、大丈夫ですか?」
胸を押さえていたので咄嗟に治癒魔法を掛けようとしたが、驚くほど俊敏な動きで離れていってしまった。
「ぁ、あの……」
前かがみになりながら階段を降りていく男子生徒の背中を見送る。
彼が下まで降りると、周りに人が集まり口々にねぎらっているようだった。「俺は頑張った」という声が聞こえてきて胸にチクっと刺さる。「お前は頑張った」とポンポン肩を叩かれているが、私と話すのはそんなに大変な、ことなのだろうか……。
(どうしよう……涙出そう。
いやいや、これしきのことで泣いちゃダメだ、フィーネ)
下唇を噛みながら前を向き、頑張って笑顔を作る。
結局それから、私の周りには誰も座らなかった。
授業は選択式だったが、私はすでに治癒関連の授業を全て受講することになっていた。新王陛下の意向らしい。だから私が自由に選択できる授業はほとんどなかった。
わずかな時間割の隙間に、昔から習ってみたかった剣術や馬術の授業をねじ込む。女子は思った以上に少なかった。
「うん、よしよし。いい子だね~」
馬には何度か乗ったことがあるので、すぐに乗りこなすことができた。タワシで馬を洗いながら思う。馬は気を使わなくていいな、と。
剣術は、ちょうど私の取った授業には女子が一人もいなかった。でも問題ない。昔、幼馴染のトマたちとよく木の棒で剣士ごっこをして遊んだ。男の子は剣を交えれば仲良くなれる。
それに軍隊長と短いながらも熱い特訓をした。技術なら、男子にも引けを取らないはずだ。女子だからと舐められることもないだろう。
授業は、まず基本の型を覚えることから始まった。一つの型をある程度覚えると、各自ペアになって見せ合ったり、簡単な打ち合いをしたりする。
「よぉし! 近くの生徒と組んで型の練習をするんだ」
筋骨隆々な剣術講師が声を張り上げる。
私は知っている。こういうときにオドオドしていると売れ残ってしまうということを。
(先手必勝だ)
木剣をぎゅっと握りしめ、一番近くにいる生徒に声を掛けようと顔を上げる。
(え、あれ……)
私の近くには、誰もいなかった。まるでぽっかりと穴ができたように、私の周囲にだけ空間ができている。
離れた位置にいる男子生徒たちはみんな、お互いを睨みつけ、殺気立っているように見えた。
まだオリエンテーションだというのに、その瞳は真剣そのものだ。
(これが……学院)
生徒たちの気迫に圧倒される。
女子では本気の相手は務まらないと思われたのだろうか。誰も私とペアになってくれる人はいなかった。売れ残りだ。
「ふむ……フィ、フィーネ君、組む相手がいないのなら私とやるか?」
見かねた剣術講師に声を掛けられる。
「は、はいっ……お願いします」
私は精一杯の作り笑顔を浮かべながら、剣術講師に頭を下げた。多分、この授業ではこれからずっと講師がペアの相手なのだ。
そう悟った……のだが、
「私には無理だ、すまない」
「え?」
何度か打ち合っていると剣術講師は顔を真っ赤にし、足早に去ってしまった。
私は空を見上げて雲の数を数えた。
そんな学院生活でも心の癒される時間がある。昼食だ。
食堂のご飯はとても美味しい。入学式の立食パーティーと同じように、王国全土のご当地料理を取り揃えている。それがバイキング形式で並ぶのだ。
「大地の恵みに感謝して、今日も健康に生き抜きます。……いただきます」
静かに感謝の言葉を述べる。
今日のメインは南海沿いの領地から取り寄せたという魚介のリゾットにした。人影のまばらな森沿いのテラス席で、一人舌鼓を打つ。
(うまいっ!)
思わずあたりを見回すと、くすぐったそうに談笑する女子生徒たちや、授業で習った剣術について議論する男子生徒たちの姿があった。
実に楽しそうだ。
改めて思う。
「私、ぼっちだなー」
そうして孤独を噛みしめている間に、私の学院生活は二週間が過ぎようとしていた。
―――あとがき―――
次話、フィーネに待望のお友達が……!
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