第15話 聖女の学院デビュー

 第二王子と会談してから、あっという間に半年が経った。


 会談の後、征伐軍は第二王子の宣言通り、ほぼ無血でオレンダイ領主を討った。

 その足で王都にトンボ返りした第二王子は、すんなり王位に就く。四十年ぶりの「新王」の誕生らしい。


 ……と、マリエッタが教えてくれた。


 帝国との蜜月や第一王子の女遊びなどなど、第一王子派の悪い噂が王都中に広まっていたため、第二王子の王位継承に対する貴族の反発はなかったのだとか。

 なんとなく義兄さまが裏で暗躍している気もする。


 ついでにゴーゼ司教も教会内の第一王子派を次々に排除し、新王の推薦もあり、新しい大司教に就任したらしい。


 すごいな……あのとき屋敷を訪れた二人が、あれよあれよと王国のナンバー1と2になった。


 義兄さまとは、この半年一度も顔を合わせていない。


 内乱の後処理に加え、取り潰した領地の調査やら再配分やらを一手に任され一日も休むヒマがないのだとか。


 最近では手紙で堂々と「新王の嫌がらせだ」と書くようになっていた。義兄さまのストレスがヤバい。不敬罪に問われなければいいのだけど。


 王国が目まぐるしく変わる中。

 私はずいぶんとノンキに暮らしている。


 征伐軍がオレンダイを制圧した後、私はエラと屋敷を抜け出して領民を慰問しまくった。


 第二王子は約束通り治癒師をたくさん派遣していたようで、けが人の多くは快復していた。孤児院の子どもたちも無事に保護されていて、膝から崩れ落ちるくらい安堵した。


 本当に第二王子……じゃない、新王陛下には感謝だ。


 それからしばらくは屋敷で過ごした。

 義兄さまの命令で剣技の訓練は禁じられたので、仕方なく毎日を魔法の鍛錬に費やした。おかげでかなり腕が上がったと思う。


 そんなある日、王都から手紙が届いた。


 差出人は第二王子――新王陛下だ。


『フィーネ・ドゥ・エルドアは今後の王国を担う貴族の一員として、王立高等学院に入学するように』

 

 まさかの王都で学生になれという王命だった。


 陛下直々の要請なので、辺境領主の妹が拒否するわけにもいかない。それに陛下には民を救ってくれた恩もある。


 私は謹んでその王命を受けることにした。

 


 それからは怒涛の数カ月だった。


 準備に次ぐ準備のてんてこ舞いだった……主に侍女たちが。


 そんな姿を見ていたら、私もワガママを言うわけにはいかない。

 「女物の制服を着るのは恥ずかしい」なんてワガママは。


「ふぅ……こんなもんかな」


 私は鏡の前で着替えを終えた。

 朝陽の中に相変わらず能天気そうな顔が映っている。


「はぁ」


 鏡に映る自分を見て、またも軽くため息をつく。意を決して振り返りニヘラと笑った。


「マリエッタどうかな……変じゃない? 変だよね?」


「~~~~ッ! よ、よく、よく、似合っておりますっ! 尊さが牛車の列のごとく押し寄せています!」


 マリエッタが異常に興奮していた。私は再び鏡の中の制服女子を見て、肩を落とす。


 指定されたデザインは濃紺のブレザーとスカート、中は白のブラウス。袖や襟元にのみ、品位を損ねない範囲で金糸などの装飾を施しても良しというものだった。


 不幸なことに、前世で女子学生たちが着ていた制服にそっくりなのだ。憂鬱な気分になってしまうのも許して欲しい。


 貴族用のドレスなどは、まだ現実離れしていたせいかそこまで気恥ずかしさはなかった。でも前世でも馴染み深いザ・女の子服を着るというのは、また一つハードルを超える必要がある。


(仕方ないか。転生したときから覚悟はしていたんだし)


「まあ、息苦しいコルセットを着用しなくて済むのはありがたいかな」


 自分に言い聞かせるようにつぶやく。


 学院に通うのは春からで、あと一カ月もない。制服の仮縫いのため、私はここ最近何度もこの制服を着るハメになっていた。そのたびにマリエッタが興奮して私はため息をつく。それを繰り返していくうちに、だんだんとこの姿の違和感も少なくなってきたのは確かだ。


 慣れとはおそろしい。


「フィーネ様、失礼しますね~」


 いつの間にかベテランの侍女たちに取り囲まれていた。


「前回のご試着より、また胸周りがキツくなっちゃいましたねぇ」

「股下も伸びているので測り直しましょう」

「ああ、ますます女性らしく成長なされて……」


 顔を紅潮させた侍女たちから嬉々とした声が上がる。


 女性らしく、か。


 まあ健康にはこの世界で一番気を遣っている自信がある。副産物として美容効果も出ているというのならば良いことなのだろう。



***



 一カ月後。


 初めての王都は、見るもの全てが新鮮だった。


 私は今、馬車の中から大都会・王都の光景を目の当たりにしていた。正面に座るマリエッタに笑いかける。


「マリエッタ見て、王都教会の屋根ほんとに尖ってるよ!」


 高い建物が並ぶ王都でもひときわ目立つ高層建築――王都教会。

 前世でいうところのゴシック建築、サグラダ・ファミリアのような建物だ。外壁が真っ白で、午後の陽光を反射させて輝いている。神秘的で荘厳な光景に私はひたすら感動していた。


「すごいなぁ」


 前世ではほぼ病室から出たことがなく、今世では屋敷や森、孤児院くらいしか外出したことがなかったから、いわゆる外の世界を観光するのは初めてだ。それはテンションも上がってしまう。


「ふふ、フィーネ様ったら少年のようなはしゃぎっぷりですね」


 マリエッタのからかうような声。


「え、そうかな? へへ……」


 照れる。


 最近は侍女たちに女らしくなったのなんだの言われ続けていたから、男の子っぽいと言われると素直に嬉しい。


「……前言撤回、天使でした」


「マリエッタ?」


「ああいえ独り言です。フィーネ様、そんな浮ついた様子だと他の生徒たちに見くびられてしまいますよ。ただでさえ最年少なのですから」


 そうなのだ。本来学院は成人した貴族が通う場所。成人前の私が入学するのは異例中の異例らしい。


「あ、うん。貴族令嬢らしくするよ」


「……ただでさえ天使なのに隙なんて見せたら一発でもう」


「マリエッタ?」


 最近の彼女は独り言が増えた。チラチラと私のほうを見るその眼差しから、すごく心配されていることだけは分かる。だから学院での生活はなるべくマリエッタの言いつけを守ろうと思う。


「フィーネ様、寮では無闇に人を連れ込んではなりませんよ。女性でもです」


「う、うん……連れ込みません」


「湯浴みも浴場ではなく、寮母さんに湯をもってきてもらい自室で」


「うん、お部屋で清めるよ」


 学院では、基本的に生徒は寮生活だ。

 王都に上屋敷があっても関係ない。普段は学院の敷地の外に出るのにも許可がいるらしい。


 昔は学院とは名ばかりの社交クラブのような場所だったらしいけど、新王陛下が根本から改革したのだという。平民からも才のある人間を入学させ、身分差なく平等に寮生活を送るシステムにしたのだ。


 今私が着ている制服も以前はなく、服装は自由だったらしい。


 それを新王が「新生国家としての結束を図る」などといって服装を統一させたとか。なんでもデザインには陛下自らが関わったという熱の入れようらしい。


 身を包む制服を見下ろしていると、マリエッタがしんみりした感じでつぶやいた。


「ウォルム様にも、そのお姿を見せたかったですね」


「見せたいかはともかく、会いたかったな……王都で会えると思ってたのに」


 義兄さまは今、王都にいない。


 私が王都に来るタイミングで入れ違うようにエルドア領に戻ったのだ……陛下の命令で。


 直後の義兄さまからの手紙には「新王に嵌められた」と書き殴られていた。不敬罪にならないか心配だ。


(王都の上屋敷かみやしきで、久々に義兄さまと暮らせると思ってたんだけどな)


 家族に会えないのは、やっぱり寂しい。


 まあでも仕方ないものは仕方ない。ここは心機一転、新生活を楽しもう。

 なんてったって、生まれて初めての一人暮らしなのだ。


(ふふふ……ちょっと楽しみかも)


 学院の中には護衛や侍女も入れない。建前上は敷地内では身分差もないとされている。


 つまりこれは。


 同年代の友達や知り合いを作るチャンスなのだ。


 友達と食堂でご飯を食べたり、授業中にちょっとおしゃべりしたり、部活的なもので汗を流したり、修学旅行で枕投げをしたり、たまに寮を抜け出してこっそり王都探検をしたり……なんて憧れの学生生活を送れるかもしれない。


『フィーネ様、まもなく学院の正門です。ご準備を』


 御者をしているエラが、外から声を掛けてきた。


「正門?」


 私は窓に頬を付けて前方に目を凝らす。大きな門があり、その背後にいくつもの大きな建物がそびえ立っていた。どの建物も王都教会と同じ白塗りで、想像以上に豪華だ。


 すでに他の生徒の馬車がいくつも停まっていて、正門前で思い思いに別れを告げている。


 そうここで、慣れ親しんだ護衛騎士や専属侍女とはしばしのお別れなのだ。



 馬車を降り、エラとマリエッタを振り返る。


「じゃあ、行ってくるね二人とも……って、わわっ」


 エラが私の肩を抱き寄せる。豊満なおっぱいに顔が埋まる。圧迫感がすごい……。


「フィーネ様、どうかどうかお気をつけて……。男はもちろんのこと女にも警戒を怠らないように。いざとなったら遠慮なく防護魔法で自らをお守りください」


 戦場じゃあるまいし大げさな……とは言わない。


 エコンドに襲われ、実感した。

 男の中には、魔獣のように凶暴で残酷な人もいるのだ。


 今度はマリエッタの手が、そっと私の二の腕に触れる。


「そうですよ、フィーネ様はご自身が思う以上に抜けております。……それに、フィーネ様は思った以上に他人を受け入れてしまうところがあるのです。本当に気をつけてください」


 抜けてないよ……とは言わないが。

 私だってもう油断しないぞ。


「うん、ちゃんと気をつけるね」


 二人の心底心配そうな顔を少しでも和らげようと、精一杯凛々しい表情を作る。

 なのに余計心配そうな顔にさせてしまった。


「じゃ、じゃあ行ってきます」


 今にも泣き出しそうな二人を残し、いざ学院へ。


 正門をくぐり、敷地内をさっそうと歩く。


 確か最初は大講堂で入学式のような催しがあったはずだ。


 思えば、たった一人で行動するのなんていつぶりだろう。

 私の他にも、チラチラと心細そうにあたりをうかがう学生の姿がある。


 その瞬間、サーっと春の強風が吹き抜けた。


「おっと」


 めくれ上がりそうになるスカートを片手で押さえる。


 膝下丈のロングスカートだし中はタイツを穿いているから、最悪めくれても問題ないのだけど、エラには常に押さえるように言いつけられている。まあ、そりゃそうだよね。


「うわっと」


 重ねて吹いた強風に、今度はもう片方の手で乱れそうになる髪の毛を押さえる。

 これはマリエッタの言いつけだ。絶対に髪をたなびかせてはならないと。理由はよく分からないが、言いつけは守る。


 顔を上げると、なぜか生徒たちがこちらを凝視していた。


「お、おい、あの子も学院の生徒か?」

「え、うそ……綺麗」

「あんな美しい令嬢、見たことないぞ」

「ふあぁ、なんだこのいい香り、風に乗って……」

「もしかしてあれが噂の」

「エルドアの聖女か!」

「え、あの方が噂の聖女貴族!?」

「ああ、貴族にして治癒魔法の使い手っていう?」

「噂以上の美貌だ」

「色気も……すごいな」

「あれで最年少なのか?」

「天使様、か」

「なんか胸が苦しいんだけど」

「馬鹿、あまりジロジロ見るな、失礼だぞ」

「いやお前こそ」


 ザワザワザワと近くの生徒同士で囁き合っている。

 何を言っているのかはいまいち聞き取れないけど……みんな仲いいなぁ。


 今年は貴族や平民がひしめき合うから最初は身分対立が発生するだろうって、マリエッタは言っていたけど。


 どうやらもう意気投合している人たちもいるっぽい。

 これはコミュ症の私でも、学院デビューのチャンスありかもしれない。


 男子生徒の一人と目が合ったので、私も勇気を出して笑いかけてみた。脳内イメージでは「よぉ」とか「おっすー」みたいな感じだ。


「うぐぅっ」


 男子生徒が胸を押さえ、目を逸らしてしまった。


(あ、あれ……?)

 

 他にも何人か見てきた人がいたので、私も見つめ返して微笑む。精一杯フレンドリーさを醸し出して。


「ぐあっ」

「え、嘘、私に!?」

「あ、俺もうダメ……」


 おかしい。

 みんなポカンとするか目を逸らしてしまう。


 どうしよう。

 制服を見下ろしてみてもヘンなところはない。

 

「……っ」


 無性に恥ずかしくなってきた。

 頬も真っ赤だ。

 心臓がバクバクうるさい。


 どうやら、何かをやらかしてしまったらしい。


(……ドンマイ、フィーネ)


 ここでへこたれるわけにはいかない。

 私は憧れの学生生活を送るために、友達を作ると決めたんだ。

 みんなの反応にビビってはダメだ。


 当たって砕けろ。



 私は、戦場へ向かうような気持ちで大講堂に入った。

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