第8話 敵軍司令官の毒牙

「どれ、聖女の具合を確かめてやろう」


 エコンドはフィーネの白い首すじを撫でた。指が滑るほどのなめらかな触り心地に驚く。


「うぅっ……」


 顔を背けて嫌がるフィーネの素振りに、エコンドの嗜虐心が沸々ふつふつと湧き上がる。


「くくく、これは上玉どころではないな」


 つい笑いがこぼれてしまう。それほどフィーネの横顔は美しかった。


 噂には聞いていたフィーネの美貌。それは隣領オレンダイでも耳にした。年端もいかぬ小娘に酔狂なものだと思っていたが。


 実際に目にしたフィーネは、その美しさもさることながら表情や、まだ発達途上の体から匂い立つような色気を放っていた。


 何より聖女としての心根の無垢さ、清らかさが、声や言動から伝わってくる。貴族としての気品も相まって、汚してみたいという欲望を奮い立たせるには十分だった。


「邪魔だな」


 エコンドは、フィーネを重厚に守っていたローブを首元でつかむと、留め具を力まかせに引きちぎった。


「やっ……!」


 ローブの前がはだけ、無骨な革の胸当てと膝丈の革のズボンがあらわになる。


 エコンドは面倒そうに胸当てに手をかけると、それも難なく引きちぎり、ぽいと放った。


 ぴしりと肌に密着する純白のブラウスが、胸元にかけてなだらかな丘陵を描き、腰に向けてしなやかにくびれていた。そのふくらみがフィーネの荒い吐息に合わせて、上下に揺れている。


 胸当てを引きちぎられた際にブラウスのボタンもいくつか外れ、その隙間から雪のような生肌が覗いていた。


 しばし、フィーネの吐息の音だけが部屋に充満する。


「ほう……これは、たまらないな」


 エコンドはごくっと唾を飲み込んだ。

 フィーネの両手首を左手でつかんだまま、右手でブラウスを引っ張り乱暴に開く。ボタンがブチブチと弾け飛び、床に落ちた。


「んっ、やだっ……」


 フィーネの白い肩があらわになる。胸元とウエストまでを包むベージュのロングラインブラは、頼りなさげにその素肌を隠していた。


「服の上からは分からなかったが、意外といい体をしている。抱き心地も良さそうだ。貴族の令嬢が、どこまで耐えられるかな」


 エコンドは鼻から息を吐きながら、その魅惑的なふくらみに手を伸ばした。


「あっ、ぅ……いや、だ」


 フィーネは今まで味わったことがない嫌悪感に襲われた。


(さっきから……嫌だ。気持ち悪い)


 唇をきゅっと結び、恥辱と嫌悪感に耐える。


 目に涙を浮かべ、時おり体をピクッと震わせるフィーネの反応に、エコンドは夢中になった。


 フィーネの顔に鼻を近づけ、美貌が時おり歪む様を堪能する。


「んぅっ、ん……や、だ……」


 視線が気持ち悪くて、フィーネは目を背けた。


 その苦しげな声に、エコンドの獣欲の抑えが効かなくなる。


「ここまで自分のモノにしたいと思った女は初めてだ」

 

 エコンドは、それ以上言葉を発することはなかった。

 柔らかそうなふくらみに顔を近づけると、「ハッ、ハッ」と野犬のように荒い息を吐く。


「くっ……」


(あと少し。

 もう少し、で。

 分解…………できた!)



 そのとき、建物の入口でオレンダイ兵が何かを叫んだ。


「敵……単騎……攻めて……ます!」


 エコンドが兵士の言葉を理解するのと、フィーネから魔力が立ち上るのは同時だった。


 目の前の少女の体が、虹色の膜に包まれている。その膜が収縮したかと思うと、一気に弾けて広がった。


「ぐぬっ……」


 エコンドは二、三歩ほどの距離を吹っ飛ばされ尻もちをつく。

 情けない姿で呆然としている司令官に、なおも声を掛けようとした兵士の首が、宙を舞った。


 フィーネは、その様子をゆっくりと見ていた。

 室内に飛び込んできた見知った顔に、思わず声を上げる。


「エラ!」


「フィーネ様!」


 エラは、無残に服を暴かれたフィーネを見た。次に眼前に転がる醜い男を見定めると、静かに男に迫る。


 エコンドは獣のような身のこなしで床に転がった剣を取り、素早く一直線にエラの腹を突いた……はずだった。


 エコンドの剣は、エラの腹に展開された虹色の膜に弾かれていた。刺し違えるような形で、エラの剣がすっとエコンドの喉元を貫く。


 串刺しになったままエコンドの体がゆらりと傾いた。


 エラは倒れ伏すエコンドには目もくれず、愛しい主に駆け寄る。自分のマントをフィーネに被せると、ぎゅうっと抱きしめた。


「遅れてしまい、申し訳ありません……!」


「エラこそ、無理させてごめん」


「そんな……フィーネさまにこんなお辛い経験を……」


「私は、大丈夫だから。さあ、帰ろう?」


 フィーネが優しく微笑むと、エラは今にも泣きそうな顔で「はい」と頷いた。



---



 涙を浮かべるエラの目元を、私はそっと拭った。


 間に合ってよかった。


 エコンドの責めに耐えながらずっと、この部屋に張り巡らされていた魔力封印を解析し、自分の魔力を中和させて分解を試みていた。


 封印が解けたら防護魔法で自分を覆い、単身突破するつもりだったけど、エラが単騎で突っ込んでくるなんて。


 もし分解が間に合っていなかったら、もし咄嗟に防護魔法を展開できなかったら……エラはエコンドと刺し違えていただろう。


 見れば、彼女の褐色の肌は傷だらけだった。


 私はエラを呼び止めると、自身を覆っていたマントを広げる。


「エラ、おいで」


「ふぇ……?」


 間抜けな声を発するエラを、急かす。


「肌と肌の接触面が広いほうが、治りも早いんだ。急いで」


 飛び込んできたエラをぎゅっと抱きしめて、露出した肌を押し付ける。彼女の全身の傷が一瞬で治った。


「あ、ありがとうございます……フィーネ様、参りましょう。防護魔法はまだ使えますか?」


「うん、領都までは保つよ」


「では正面から出ましょう」



 ある兵士は怒号を発し、別の兵士は矢を放ち、たまに光球を撃ってくる者もいた。


 私の防護魔法はその全てを防ぐ。

 

 エラの乗ってきた馬を癒やすと、そのまま堂々と陣地を出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る