第6話 罠part1

 交渉の場となる領都城門へ向け、馬車が走る。

 向かいに座るエラは、私の手をずっと握っていた。


「私が命を賭けてフィーネ様をお守りします。だから、いただけますか?」


 血走った目で見つめてくるエラに、優しく言い返す


「エラ、正式な交渉の場でそれは貴族の礼儀に反するよ。大丈夫、私は心配いらないし、エラも命を賭ける必要はないよ。いざとなったら私がみんなを守るし治すから」


 安心させるように微笑んでみるも、エラは私を心配そうに見つめるだけだった。


「ただでさえフィーネ様のお声や立ち居振る舞いで、敵側が妙な気を起こすか分からないのです。素顔など見せようものなら交渉が思わぬ方向に転がりかねません」


 まったく、エラは心配性だ。


 ともあれ私もこうした場は初めてだ。

エラの言う通り、私が無闇に姿を晒すことで交渉に何かしらの悪影響を与えることがある……のかもしれない。


「分かった。なるべく顔を見せないようにするから、心配しないで」


 エラがやっと安堵の表情を浮かべたのと同時に、馬車が止まった。


「フィーネ様、着きました」


 外から軍隊長の声がする。


 ふぅと息をはく。

 これからの私の振る舞いが、領の未来を左右する。


 実際には軍隊長や政務の担当者が細かい条件を詰めていくわけだけど、それでも領主代行として私の決裁が求められる場面もあるだろう。


 背中を冷たい汗が流れる。


 ……でも、決めたんだ。


 エラやマリエッタ、トマや義兄さま、領のみんなを全力で守ると。

 みんなとずっと元気に暮らしていくのだと。


「よし、行こうエラ」


 自分を奮い立たせ、馬車を降りた。



 城門を出てほどなくの所に、交渉の場となる幕屋が張られていた。


 幕屋の外にはオレンダイ軍の担当者だろうか、逆光でよく見えないけど、ローブを着込んだ三つの人影が立っている。


 護衛の兵士たちと幕屋に向かって歩く。

 警戒はおこたらない。


 ちょうど幕屋と城門の中間あたりに差し掛かったとき――ぞわりと背筋が凍った。


(これは、魔力反応!?)


 見ると、三人の人影から陽炎かげろうのような魔力が沸き立っていた。

 自然に体が動く。咄嗟に先頭に躍り出ると、右手を突き出し叫んだ。


「みなさん、伏せて!」


 右手の先に魔力を集中させる。

 瞬間、視界が真っ白になり轟音が響いた。


 すさまじい地響きと振動。

 敵の撃ってきた攻撃魔法の衝撃で、空間が歪む。



「――フィ……ネ様、ご無事……すか!?」


 エラの声が途切れ途切れに聞こえる。耳がキーンとしてうまく聞き取れない。


 次第にあたりを包んでいた砂煙が晴れ、うっすらと視界が開けてくる。


 右手がジンジン痺れて痛い。でも、どうやら腕は無事みたいだ。

 私たちは虹色に輝く膜に守られていた。


 咄嗟に発動した、


 みんなを守る力がほしいと何度も練習してきた魔法。

 これまで実際に試す機会はなかったけど、ぶっつけ本番でちゃんと発動することができた。よかった。

 

 後ろを振り向くと、エラが走ってくるところだった。


「フィーネ様、大丈夫ですか!?」


 駆け込んできたエラが素早く私の体に触れて傷がないことを確認し、「撤退だ!」と声を張り上げる。


 そのとき、また強大な魔力反応を感じた。


「エラ待って、また来る!」


「まさかっ!?」


 魔力を衝撃波として放つには相応のチャージが必要になる。本来、矢継ぎ早に撃てないはずだが、見れば遠くのオレンダイ軍本陣からいくつもの光球が飛来していた。


「城門へ走れえぇぇー!」


 軍隊長の号令で、みんなで一斉に城門を目指す。


 でもダメだ、間に合わない。

 そう判断し、振り向きざまに再度右手を突き出し防護魔法を展開する。


「くっ――!」


 目を開けていられないほどの光と、耳が麻痺するほどの轟音。

 右手の感覚が消え去るほどの強烈な衝撃。


 やがて敵陣からの攻撃がおさまると、砂煙の中から耳慣れない声が聞こえた。


「……聖女の暗殺に失敗。計画変更、聖女を確保する」


「フィーネ様、下がって!」


 カキィィン――と剣の鍔迫つばぜり合いの音。

 いつの間にかエラと、最初に光球を放ってきた三人のうちの二人が剣を交えていた。


「エラ! ……んむっ」


 背後から誰かの手に口を塞がれた。

 乱暴に後ろ手に縛られると、ふわっと足が浮く。

 私を担いだ何者かは、そのまま走り出した。


「んんっ――」


 この何者かは魔力を使っているのだろう、人の足とは思えないほど速度で平原を爆走している。


(エラ……!)


 エラがいたほうを見ると、まだ砂煙が立ち込めている。幕屋がもう豆粒ほどに小さくなっていた。


 しばらくすると、一旦地面に降ろされる。

 今度は頭から皮袋を被せられ、また担がれた。


 何も見えない。


 息が、苦しい。


 連日の治癒と睡眠不足、おまけに二度も慣れない防護魔法を使ったせいで、私の体力も魔力も空っぽに近い。


 もう手足の感覚も薄れている。



 やがてザワザワとした喧騒が近づいてきた。

 たくさんの人の気配がする。オレンダイ軍の本陣に着いたのだろう。占領された村の人たちは無事だろうか。


 私を担ぐ何者かの速さが、歩くようなスピードに変わった。

 ガチャと扉を開く音。建物の中に入ったらしい。


 耳元で、担ぎ手が声を発した。


「エコンド様、聖女暗殺に失敗しました。予定通り計画を変更。エルドア領主代行、聖女フィーネを確保しました」


「ほう……これが噂の『美の化身』か」


 遠のく意識の中、低くしゃがれた声が聞こえた。


「聖女を生け捕りにしたと本国に報告せよ。いい土産ができたとな」


 クククと笑うその低い声に言い知れぬ悪寒を感じながら、私は意識を失った。

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