第2話 聖女の無自覚な魅了

 孤児院に到着し、馬車を降りる。

 すると建物から一斉に子どもたちが飛び出してきた。


「お姉ちゃーん!」

「聖女さま~!」

「フィーネちゃんっ!」


「——うわっと」


 何人かは思いきり飛びついてくるので、腰に力を入れて踏ん張る。

 特に男の子は年々たくましくなるから、いつか勢いでひっくり返ってしまうかもしれない。


「久しぶり。みんな元気だった?」


「うん元気だよー!」


(ああ、子どもは素直でいいな)


 打てば響くというのか、コミュニケーションに余計な含みがないので話しやすい。


 少しして、馬車の中から第一王子がのそのそと出てくる。

 さっきは私が感謝を述べたとたん、胸を押さえてしてうつむいてしまった。いよいよ体調が悪化したのかと心配したけど、しっかり歩けるようで一安心だ。


「そっちのおじさんだれー?」


「おじ……」


 第一王子の顔がひきつる。


「えと、あーと、親戚のカルロス叔父さんだよ」


(あ、間違えた)


 事前の打ち合わせでは「王都から来た大商人カルロスさん」だった。


 「間違えてすみません……」というお詫びの気持ちを込めて、おそるおそる第一王子を見上げる。しかし目が合うなり、また顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。


「カ……カルロス叔父さんでいい」


 おお……話を合わせてくれた。あとで丁寧に謝っておこう。



「フィーネ様、よくお越しくださいました」


 早足で孤児院の院長さんがやってきた。その顔には疲労と焦りが浮かんでいる。私の近くまで来ると、耳元でそっとつぶやいた。


「すみません。診ていただきたい子がおります」


「……すぐ行きます」





 案内された部屋では、生まれたばかりの赤ちゃんが苦しそうに呼吸をしていた。


 私は赤ちゃんの体に触れ、異常がないかを確認する。

 心音や運動機能に問題はなさそうだ。股関節も異常なし。

 

 ローブのフードを外し、赤ちゃんのおでこに額をくっつけてみる。隣にいる第一王子がハッと息を呑んだのが分かった。


 治癒の現場・・・・・を見るのは初めてなのだろう。


 赤ちゃんの魔力の流れに意識を集中する。


 ……見つけた。

 内蔵に疾患がある。


(治癒魔法、発動)


 赤ちゃんのおでこが仄かに光ると、呼吸がどんどん安定していく。


 よし、処置完了だ。


「治りました」


「おお、本当に、本当にありがとうございます……!」


 院長さんの頬を涙がつたった。


 そう、この世界にはいわゆる魔法が存在する。


 三歳のとき自分の中に流れる魔力に気付いた私は、それ以来修練に修練を重ねた。

 会得したのがこの治癒魔法だ。


 力を高めるには実際に使いまくるのが一番。だから私は孤児院や診療所を訪問しては、けが人や病人を治して回っている。


「いつ見ても君の治癒魔法は見事だな、惚れ惚れするよ。まるで聖女だ」


 第一王子に魔法を褒められた。

 私の唯一と言っていい特技だから素直に嬉しい。自然に口元がほころんでしまう。


「ありがとう、ございます……」


「うぐぅっ」


 第一王子が胸を押さえて、今度はしゃがみ込んでしまった。


「えっ……どうされました!?」


 頬もさっきより紅潮している。

 私はとっさに第一王子の魔力の流れを診るべく、おでこに手を伸ばす。すると第一王子がすごい勢いで後ずさりした。


「ももも問題ないっ、ただ笑顔が美し……ああいや、破壊力がっ……凄まじくてな」


「破壊力、ですか……?」


「あーその、なんだ、フードを被ったほうがいいのではないか?」


「あ、はい……」


 なんだろう。

 第一王子の伝えたいことがいまいち分からない。含みが多すぎて、やっぱり私のコミュ症脳では解読が難しいのだ。



 その後は子どもたちにお願いされ、庭で鬼ごっこをして遊んだ。

 厚いローブを着込んで走り回ったせいで、体中汗だくになってしまった。


「お待たせして申し訳ございませんでした」


 帰りの馬車に乗り込み、待っていた第一王子に詫びる。


「いや、いいんだ。心が洗われるような光景を見れて私も幸せだから」


「それは、よかったです」


 第一王子は子どもが好きなのだろう。孤児院を気に入ってくれて素直に嬉しい。これでこの王国にも、もっと孤児院ができるといいのだけど。


「フィーネ様、帰ったら湯浴みの準備をいたします」


 エラが隣から声をかけてきた。

 そうだった。今の私は汗まみれなんだ……。


「あ、殿下、その……汗くさくて、すみません。不快な思いをされたら——」


「不快なものか! むしろずっと嗅いで……い、いや、フィーネ嬢の匂いはその、不快ではない」


「あ、えと、なら……よかったです」


 自分で言っておいて、気まずい。

 早く帰ってお風呂に入りたい……。





 屋敷に着くと、第一王子直属の兵士や侍従さん達が正門に勢ぞろいしていた。


「王子殿下、火急の事態です。王陛下よりすぐに王都へ戻るよう文(ふみ)が届きました。こちらの馬車にお乗り換えください」


「むぅ」


 馬車を降りると、そのまま第一王子の帰還を見送ることになった。


「フィーネ嬢、ここは本当に美しいところだな。森も畑も、それに何より君が……」


 第一王子がこちらをじいっと見つめてくる。

 自慢のエルドアの自然を褒められて、すごく嬉しい。連日第一王子のガイドを務めたかいがあった。


「よかった……あ、いえ、殿下に我がエルドア領の素晴らしさを知っていただけて、なによりでございます」


 ローブを外し、満面の笑み——ドヤ顔を浮かべて第一王子を見つめ返す。


「まったく……そのニブさも国宝級だ。ああそうだよフィーネ嬢、こんなに美しいものを見たのは生まれて初めてなんだ」


「そ、そうですか」


 そこまで褒められると、逆にこわいぞ。

 

「はぁ、さて、そろそろ発つとするか。俺としては君が成人するまで滞在しても良かったのだが……君の義兄も睨みをきかせていることだし、仕方がない。私としてもあの男を敵に回すのは厄介でな」


「そうですか」


 義兄にいさまが、睨み?

 やっぱり何を言っているのかいまいち分からない。


「だが! いずれまた来る。そのときは全てを清算・・し、ふさわしい男になってから君を迎えるつもりだ」


「そうですか」


 とりあえずニッコリ笑っておく。困ったときは必殺の愛想笑いだ。


「くそっ、できればこのまま連れ去りたい」


「え?」


 第一王子の太い腕が伸びてくる。

 その手は私の頬に触れ、首筋に下りてきた。

 瞬間、こそばゆさとピリッとするような刺激が走る。


「んっ……」


 思わず身をすくめる。思わずヘンな声が出てしまった。


「あの、殿下?」


 首筋に触れる第一王子の手のひらが、ビクと震える。その振動すらくすぐったい。


(なんだろう……なんか、ちょっとこわい……かも)


 夕日を背に立つ第一王子の黒いシルエットが、いつもより大きく見える。


 次の瞬間、突風が吹いた。

 私の背中を押した空気の塊は第一王子の髪の毛を浮き上がらせ、一歩、二歩と後ずさりさせるほどの強風だった。


(春一番、かな……?)


「す、すまないっ、俺はもう行く! フィーネ嬢、達者でなっ」


 焦ったように汗をかき始めた第一王子が、兵士や侍従さん達に馬車へと押し込まれていく。



 去っていく王家の馬車を見送る。


 隣で静かに控えていたエラが「はぁ」とため息をついた。見れば、腰に差した剣の柄を握り、今にも抜きそうな雰囲気だ。

 さっきからずっとそうしていたのだろうか?


「また一人、堕としてしまいましたね……」


「エラ?」


 落とす……何を?


「まあ、いつものことですからね。さあ、湯浴みをして夕食をいただきましょう。今日はウォルム様も一緒に食べるとおっしゃっていましたよ」


「お義兄にいさまが?」


「はい」


 私の唯一の家族にして、エルドア領領主。

 最近は激務で滅多に話せなかったけど、今日は一緒にご飯を食べられるらしい。


「フィーネ様、嬉しそうですね」


「ふふ、兄妹の積もる話もあるしね」


「……王子殿下のお話はよしたほうがいいですよ」


「え、どうして?」


 最近の話題なんて、これくらいしかないのに。


「おそらく荒れます」


「あれる?」


「いえ、他にも孤児院のことなど領内の様子をお話したほうが、ウォルム様もきっと喜ばれますよ」


「そっか。うん、そうするよ」


 何やら不穏な空気を感じ取ったので、エラに従うことにする。

 

 エラと連れ立って屋敷に向かう。

 向かい風に、春の優しい香りが漂っていた。

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