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ある日、
「この街はまだ夢を見ているんだよ、遠い夢を。昔から、ずっと変わらない」
そんなことを言いながら、どこかで見つけてきたという焼き菓子の缶を取り出した。紅茶を淹れろ、ということらしい。
「五輪だっけ」
「違う、万博だ」
僕は歴史には弱い。五輪も万博も、一体どういう種類の祭りだったのか知らない。
「そろそろ限界だな、ここも」
硅は、レーズンの入ったクッキーをかじりながら、外を見ていた。窓は広く、いつも開け放されている。夢を迎えるためだ。ここにはもう雨もなく雪もなく風も吹かないから、何も不都合はない。夢はいつも唐突に迷い込んでくるし、彼らがいつまでもここを訪れてくれるわけではない。
「皆、今頃は新しい世界で再構築されている。俺もぼちぼち考えているんだよ」
それが、今日の本題らしい。ここを去るつもりなのだと、僕は静かに理解した。
「この世界は、どんな最後を迎えると思う?」
僕は問う。淹れたての紅茶を硅の前に置く。
「バラバラになるのさ。意味のない言葉のように」
そして彼は紅茶を一口飲む。
僕は彼の言葉について少し考える。
「ここは上海だよ。
僕は言う。
硅は頷く。
「そう、だからこの街は最後まで残ったんだろうな。英語も仏語もアルファベットだ。アルファベットは表音文字だ。意味を持たない。大昔はあったのかもしれないが、まあ普通は意味を持たない。文字はただの文字だ。バラバラになればそれまでだ。けれど漢字は表意文字だ。それ自体が意味を持つが故に、バラバラになっても形を失わない」
僕は頷く。それから、少し迷って、言った。
「でも、日本は沈んだよ」
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