第43話
***
「……え」
光が差し込む廊下を進む朱亜。その先に、ある光景が広がった。目に飛び込んできたものが信じられず足を止める。『向こう』も朱亜が来ていることに気付いたようだった。
「朱亜! しゅ、朱亜だよね?」
囮になり散っていったはずの
「
「朱亜!」
「おいおい、なんだよその恰好! お前、ひとりで遊んでたのかよ!」
みんな血だらけだけど、遠くから聞こえるその声は元気そのものだった。朱亜は安堵しすぎて膝の力が抜けてしまい、その場にへたり込んだ。俯いて肩を震わせる。みんなは驚き、口々に朱亜の名を呼びながら、足を引きずるように近づいてきた。朱亜はみんなに涙を見せないように急いで拭って顔を上げる。
「良かった! みんな生きてて、本当に良かった……」
「朱亜だって! お前、本当に邪王を倒したんだな」
天佑が朱亜の肩を抱いて大きく体を揺すった。本当はみんなで飛び上がって、生きて再会できた喜びを分かち合いたいのに体中があちこち痛くてできそうにない。けれど、みんな満面の笑みを見せてくれた。
「朱亜ならできるって信じてた」
「みんな、どうして生きてるの……ウチ、てっきり三人とも死んじゃったんだって思ってた」
「私たちもそのつもりだったのよ。でも、偽物だってすぐにバレちゃって……」
上手く囮にもなれず、敵も朱亜を追いかけていなくなってしまった。けれど、そのおかげで三人とも命が救われた。朱亜は大きく息を吐き、三人丸ごと抱きしめた。みんな「痛い!」って叫んでいるけれど、嬉しそうだ。
「まあ、俺が書く本では、敵が俺たちに恐れて逃げ回ったっていうことにしておくよ。ところで朱亜はどうやって邪王を……いや、まずその恰好はなんだ?」
「そうよ! 朱亜! そんな可愛い服着て、髪だって長いし、化粧だってしてるじゃない! いつどこでそんな暇があったの!?」
「それは……説明すると長くなるんだけど」
けれど、今は説明している時間はない。三人の無事が分かった今、こんなところで時間をつぶしている場合ではないのだ。
「ウチ、早く行かなきゃ」
「行くってどこにだよ。邪王ならもう倒したんだろ? 帰るんだろ?」
「ううん、まだなの。まだ、100年前の邪王は倒していない……だから、早く行かなきゃ」
洋と天佑は顔を見合わせる。朱亜の言っていることが分かるのは小鈴だけだった。
「……朱亜、成功したんだね。その首飾りは天龍様のものでしょう?」
「うん。でも、小鈴のお願いだって叶えてないし、それに……ウチ、早く助けたい人がいるの。だから、もう行くから! みんな元気で!」
「おい! 田舎の親はどうすんだよ!」
洋の呼びかけに朱亜は祈ろうとし始めた手を止めた。きっとこの【旅】を終えても、朱亜が故郷に帰ることはないだろう。そんな予感がする。朱亜はハッと思い出し、髪に刺さっていたかんざしを抜いた。くすんでしまったけれど、大きな翡翠はまだあの時のように輝いている。
「これをウチの両親に渡しておいて。100年前、ある王族が奥さんに贈ろうとしていたとても高価な物だから。それをウチだと思って大切にして、あ、もしお金に困ったら売ってもいいからって言っておいて。ね?」
「朱亜……」
小鈴の手にむりやりかんざしを握らせる朱亜。困惑している彼女の目を、朱亜は強いまなざしで見つめた。
「大丈夫。朱亜なら幸せに暮らしているから心配しないでって……そう伝えておいてくれるかな?」
「朱亜!」
小鈴は朱亜を抱きしめる。邪王を倒した後にやりたかったことが思いつかず、あれこれと悩んでいた朱亜の姿を思い出す。
「見つかったんだね、朱亜のやりたいこと」
「……うん!」
「元気でね、朱亜。たまには私たちのことも思い出して」
最後に強く抱きしめられて、朱亜は小鈴から離れる。まだ理解できていない様子の洋や天佑とも握手を交わす。
「まあ、よくわかんないけど、お前なら大丈夫だ」
「朱亜から直接邪王を倒した話が聞けないのは残念だけど、そこらへんは俺が好き勝手書くようにするよ」
「ありがとう。みんな、ウチと一緒にここまで来てくれて、本当にありがとう」
「朱亜がどこに行っても、私たちが仲間だったのは変わらないからね!」
四人は顔を見合わせて、最後に満面の笑みを見せあった。朱亜は幼馴染たちから少し離れて、再び首飾りに祈りを込める。朱亜を包む光は太陽よりも強烈で、三人は目を覆い隠してしまう。そして、強い風が吹いたと思ったら……すぐに止んだ。三人が目を開けた時、朱亜の姿はもうどこにもなかった。
「行っちゃったね……」
「どこに行ったんだか……」
「全く、自分勝手な奴だよ」
洋と天佑は「これからどうしようか?」と歩き出す。腹ごしらえでもするか、と話し合っている。小鈴は朱亜が立っていたあたりを見ながら呟く。
「……キレイになったね」
朱亜の強いまなざしを思い出す小鈴。洋と天佑の2人には伝わらなかったようだ。天佑は窓の向こう、澄み渡った青空を見る。
「あぁ? 本当にキレイな空だなー」
***
朱亜は光の中を突き進む。もう目は閉じないし、剣と首飾りは失くさないように強く抱きしめた。まっすぐ前を見据えて、皓宇との約束を果たすために時をこえる。
光の中を飛び続けているうちに、ふっとそれが途切れた。朱亜は天龍の剣を構え、光を破るように飛び込んでいく! 体が浮き上がり、朱亜は宙を落ちていく。
「皓宇!」
成功した! 自分が殺された直後の東宮殿の天井のあたりに、朱亜はその姿を再び現した。皓宇が邪王の印章を握りしめているのが目に飛び込んでくる。それを体に押印させまいと、朱亜は大きな声でその名を叫んだ。
「……朱亜?」
どんよりと曇った皓宇の目。まるで信じられないと言わんばかりにわずかに開いた唇。自分に向かって飛び込んでくる、美しい服を着た朱亜。彼女が見たこともない剣を振り上げているのが分かった。皓宇はとっさに、持っていた印章を上に放り投げる。朱亜の目にはそれはゆっくりと自分の視界に流れ込んできた。剣を強く握る。
「……ハァアッ!」
強い掛け声とともに天龍の剣を振り回すと、刀身が印章にぶつかり……それはいとも簡単に砕け散っていった。時を渡ってきた反動か、長旅の疲れがたたったのか、印章が砕け散るのと同時に剣も首飾りも同じように粉々に砕けてしまった。急に空っぽになってしまう朱亜の両手、苦労した旅の終わりはなんだかあっけないものだった。けれど、それで良かったのかもしれない。朱亜はふわりと床に座り込む。
「朱亜、なのか? 本当に……?」
皓宇は倒れている朱亜の死体に目を向ける。次の瞬間、それは光の粒子となって消えていった。言葉では説明できない異常な現象が続き、驚いた皓宇は言葉も出ない。鮮やかな服を着ている朱亜に目を向けようとした瞬間、強い力で引っ張られた。
「良かった、間に合った……!」
朱亜は皓宇の頭を胸元に押し付けてぎゅっと抱きしめる。わんわんと泣き声をあげて泣きじゃくる朱亜、その身に何が起きたのか、皓宇はすぐに悟った。彼女はまた時をこえてやってきてくれたのだ、たった一人、皓宇のことを助けるために。
「朱亜、すまなかった。私があんなことをしようとしたばかりに」
朱亜から離れ、皓宇は頭を下げる。邪王の声にそそのかされた自分を思い出していた。朱亜は上等な絹地でできた上衣で顔を拭こうとするので、皓宇はその手を握って止めた。
「似合っているのだから汚すな」
代わりに、皓宇が自分の袖で涙まみれの朱亜の顔をぬぐった。朱亜が着ている服装は、彼の記憶の中に強く残っているものそのもの。いつか平和な日々がやってきたら、朱亜に着せてやろうと思っていたものによく似ている。
「……また朱亜に出会えて良かった」
「ウチも!」
二人は見つめあい、抱きしめあう。互いが生きていることを確かめ合うように、強く。
抱き合っていると、東宮殿の外が騒がしくなってきた。多くの足音が近づいてくる。朱亜と皓宇は離れ、扉を見た。
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