第8話 マーマレード大作戦

 ドレイクは、礼拝堂の木陰で退屈な時間を過ごしていた。ここへ来たのは、いつぶりだろうか。ドレイクが礼拝堂を嫌うようになったのは、父親の葬儀の後だ。母を亡くし、父も亡くなり、頼れる親類縁者がいただけ救われたが、神は救いも、助けもしてくなかった。だから、神頼みも、それにまつわる場所もみんなイヤになり寄り付かなくなった。そして、礼拝堂のことは記憶から抹消した。


「うちの奥様は、ちがうんだろうなぁ……」


城から荷物を運びだす際に、マリアンヌの部屋に立ち入った。驚くほど簡素なものだった。今まであまた招き入れられたお姫様たちの部屋の中でダントツだった。ベッド、ライティングデスク、本棚、チェストそれだけ。でもどれもきちんとていれがされいる。そして、いつでも片付けしやすいようにされていた。本人がではなく、他人がである。マリアンヌの死を心待ちにする者はいなかったはずだが、死後の整理がしやすそうな印象を受け、イラっとした。


「あんなに大切そうに、愛おしむように、触りやがったて、……妬けちまうな」


マリアンヌは、ライティングデスクの引き出しから、古い聖書を取り出し表紙にそっと触れたのだ。それが


「腹の立つ」


「お待たせしました、旦那さまぁ~!!」


ドレイクは、飛び起き愛しい奥様の方を見ると、ギャラリーの多さに一瞬ひるんだ。キーエフ婦人会の面々がいた。


「こんなところで、寝転んでないで中に入ってこられたらどうですか、公爵。あっ、様」


「これは、シシーのばあさん、まだ生きてたぁか」


旦那様!!とマリアンヌの尖った声がした。


「今まで、領主である、公爵様には、礼拝堂の維持費などの寄付をお願いしたことはありませんでしたが、今年からキーエフ婦人会は、クリスマスバザールにて、マーマレードを作って売ることにしました。つきましては━━」


「寄付ならしない」


えっ!と声を上げたのはマリアンヌだけだった。


「ほらね、奥様」


「公爵は、しみったれてんのさ」


「どうしてですか?旦那様」


「俺は、神頼みが好きじゃない。だから、こんな俺からなんて施しを受けたくないだろうから、しないんだ」


「領主の義務では……」


「だから、ここは、俺の領地内ではない」


「ホンっとに偏屈野郎だよ。どうする奥様当てがはずれちまったね」


「いいえ、まだまだです。まだ、手はあります」


 お茶会じゃなかったのか?


「どうなっているんだ、マリアンヌ。説明してくれ」


 ことの顛末をマリアンヌは、話してくれた。お茶会が、キーエフ婦人会会合になり、いつのまにやらマーマレード大作戦に変わっている。


 マリアンヌがひとりで、思い出づくりの一環としてジャムを作るんじゃなかったのか?なんで婦人会が巻き込まれていや……。


「なるほどな。たしかに、屋敷にオレンジの木はないし、酒場やとばく場では、オレンジは出てこない。酒の肴にならないからな。ここのオレンジを食ったことなんかなかったな。しかし問題は、砂糖か……あてはあるのか?」


「はい、旦那様。王宮からおすそ分けしていただきましょう!!」


ええええ!


「あそこには、黒砂糖がいっぱい━━」


「王宮を黒砂糖倉庫みたいに言うな。だが、それはあまり……」


「大丈夫です。なにもタダでなんて言ってません。覚えてますか旦那様、国務大臣とした取引を?」


「あっ!『現物支給』か!」


「は~い、そうです。まさかこんなに早く、あの証文が役立つなんて!」


「大臣って何だい!?」


「いま、国務大臣って!」


「取引?」


「国務大臣と証文って!?」


「奥様、危ないことをしようとしてるんじゃ、ないだろうね!?」


「はい、シシーさん大丈夫です。危なくないですし、きっと、旦那様もこの件は、手伝ってくれます。ねっ」


「もちろんだ」


 と言ってみたものの、うちの奥様の思考はナナメ上いく展開で、正直先が読みずらい。こんなに早く、生家を頼らせたり、持参金の一部とはいえ使わせるのもどうだろうか?


「いい機会でした。こうでもしないと、あの国務大臣に『証文』の本当の威力を思い知らせて、ぎゃふんといわせたいんです」


「国務大臣に嫌がらせされたのかい?」


「はっ!意趣返しにマーマレードをつかう訳ではなんですが……結果的にそうかもしれません」


「いいけど、危ないことはしちゃいけないよ奥様。あんたがいなくちゃマーマレードができなくなっちまうから、危ないことは、公爵に任せておけばいいんだよ」


シシーに肩をポンポンとたたかれてマリアンヌは思った。


「わたくしは、祖母に会うことがありませんでしたが、『おばあちゃま』はきっとこんな感じでしょうか?」


「なら、シシーのババぁに『おばあちゃま』になってもらったらどうだ?」


「こんな柄の悪い」


「アンタが言うな!」


「嬉しいです!でも、シシーさんに『おばあちゃま』なんてわるい━━」


「いいじゃないか、シシー」


「近くで『おばあちゃま』なんて呼んでくれるかわいい孫がいるわけでなし。なっておやりよ。それに、この子は案外無鉄砲なところがありそうだから、あんたが助けてやんなよ」


シシーさんと婦人会二代巨頭のアンナさんが言ってくれた。


「面白くなってきたね。なんだか血が騒ぐよ、ウヒヒヒヒ」


アンナばあさんは、入れ歯をカタカタさせながら高笑いした。






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政略結婚からの幸せな公爵夫人の日常生活 岡田 悠 @you-okada

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