第7話 出来損ないなオレンジ

「どうしてですか?シシー様!」


「公爵夫人様、様は、やめてください。シシーとお呼びください。わたしは、しがない農民ですよ」


「しがな……いなんて」


「線引きは大切ですよ。優しく、若い公爵夫人には、まだ理解できないかもしれませんが、身分差があるんです。これだけは、わかっていただきたい」


「でも、こういった会を催してくださらなければ、わたくしは、領民の皆様のことを少しも知ることができませんでした。この集いのことも」


「それは、総代としての役割ですよ……」


「いいえ、シシー様のご配慮の賜物です。公爵夫人の座が長らく不在で、公爵様もご存知ありませんでした。これまでずっとシシー様が皆さんのまとめ役をしていただけていたのだろうと思うと━━」


 年若い娘なのになんて、目端が利くんだろう。でも、これからは、立場の違いは、明確にしておかないと……


「そんなこと!あの男は、いえ、すみません。公爵は屋敷ではなく、村や町に入り浸っていましたよ。男たちと酒を飲んで、博打をして、負けて、領民に金を払うわ、わざとなのか、はたまた本気なのか、つかみ合いのケンカもして。それが公爵の領民の生活を知る方法だったようですよ。褒められたもんじゃないが」


「でも、公爵、公爵と気軽に呼ばれてるよ、シシー様」


「様つけてないね~」


「聞かないねぇ、公爵に様つけてる人」


「アンタたち!」


「なら、こうゆうのはどうでしょうか,わたくしは『奥様』と呼んでいただき、シシー様のことは、シシーさんで。皆さんのこともさん付けというのは?」


「はぁ~、わかりましたよ。『奥様』。まったく夫婦そろって、変わっていること!」


「シシーさん、あと肝心なオレンジの話を教えてください」


「ああ、そうそう。ここのオレンジは、水っぽくって甘みが少ないから食べる者は、多分いませんよ。」


「天気のせいかねぇ」


「そうだろうねぇ。夏は気温が高いが、冬は雪と氷に覆われちまう」


「そうそう。皮が厚くてねぇ、奥様!」


「生ではまずいから誰も食べませんよ奥様!」


「うちなんて、とりあえずもいでそのまま捨てるよ」


「うちなんて落ちるに任せて、堆肥扱い!!」


「奥様、どこの家でもオレンジの木の1本や2本はうわってるけど、誰も口にしたりしませんよ」


「皮は、本当に厚いんですか!?」


「ええ!」


「ろくに手入れなどしないせいかしらね」


「皮ばっかり厚くて」


「ゴツゴツしてるね」


「こどもが、ままごと遊びでつかってたが、中の白いワタもだいぶ厚いね」


「自生しているのを、そのままにしているからだろう。店先に並んでいるのとは、違うんだ」


出来損ないのオレンジの話を聞けば聞くほど、マリアンヌはの目はキラキラした。マーマレードは、そのほとんどがオレンジの皮と砂糖でできているといっても過言ではない。不出来だと皆が顧みないオレンジこそが、まさに、マーマレードに最適なオレンジなのだ。


「オレンジの皮は、本当に分厚いんですね!」


「ええ、ええ、そうですよ」


「まぁ!?なんて、マーマレードに適した、オレンジなんでしょう!!」


「えっ!」


「マーマレードは、オレンジの皮と砂糖でできているんですよ」


「これ、皮なのかい!?」


「てっきり、実とか果汁が必要なのかと……」


「だって、あたしら、普段ジャムなんてねぇ~」


「でも、これは美味しいわぁ~」


「皮をたべてたなんねぇ~」


「ゴミいきだよ~」


「余すことなく、捨てるところなんてないですよ」


「そういえば奥様、公爵家にオレンジの木はあったかねぇ?」


「そうなんです、シシーさん。うちには、オレンジの木がないんです」


「そういえば、見たことないね」


マリアンヌは、勢いよく立ち上がった。自然皆の注目を集めた。


「そこで、皆さんにお願いがあります。わたくしにオレンジを売ってください!お願いします!」


公爵夫人であるマリアンヌが、領民に頭を下げた。これには、シシーをはじめとする面々は、驚いた。しかも、庭に勝手にはえているに過ぎない、見向きもしなかったオレンジに金を出すと言い出したのだ。


「ちょっと、お待ちください奥様!!まったく、わたしらに頭まで下げて!ダメですよ!」


さすがのシシーも慌てていた。


「でも、皆さんからタダでいただくわけには参りません!」


「奥様、シシー様。それってどれくらいのオレンジが必要なんだい?」


「ああ、あの煮詰めるてしまうので、沢山あればたすかります」


「ならさ、みんなでマーマレードを作るってのはどうだい?」


マリアンヌは勿論だがこの意見に、みな一様に賛同した。


「作って家で食べきれるかね?」


「そうねぇ」


「出稼ぎの倅がクリスマスに帰ってくるから、食べさせてやりたいねぇ」


「ならさ、作ったマーマレードが余ったら、クリスマスにたつバザールで売ったらどうだい!」


「欲のかきすぎだよ~」


「そうなったらいいねぇ~」


「こづかい稼ぎになるねぇ」


「楽しそうだねぇ」


シシーはパンパンと手を打った。


「面白いじゃないか!それじゃぁ、奥様とみんなの意見をまとめよう。今年のキーエフ婦人会のクリスマスバザールの出品は、マーマレードに決まりだね。場所は、ここで。作り方は、奥様に教えていただくことで、よろしいですか?」


「はい!よろこんでいたします」


「あとは……」


ひとりの若い娘がオズオズと手を挙げた。


「リラ、どうした?」


「さっき、砂糖を使うって言ってましたが、砂糖なんて高価な物は……」


「ああ~そうだね」


「砂糖は、わたくしが何とかしますわ」


「奥様けど……」


シシーは心配げな声をあげた。


「このマーマレードだって、手に入りやすい、黒糖で作ったものですから」


マリアンヌの目に、シシーをはじめとする婦人会の面々と礼拝堂の窓からの外の景色が目に入ってきた。ドレイクが、木につないだ馬のそばで昼寝をしている平和な光景が見える。彼は、礼拝堂の存在を忘れてしまうほどだったが、ここはこんなにきちんと保たれている。


「皆さんさえよろしければ、今回の黒砂糖はわたくしからのキーエフ婦人会とこの礼拝堂への寄付として受け取ってもらえないでしょうか?」

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