第6話 シシーおばあちゃまのお茶会
マリアンヌが、嫁いできてかれこれ1週間が過ぎようとしている。すっかり、日々での暮らしにも慣れた。少しだが、家事の仕事も任されている。修道院に入れば、身の回りのことは自分でするしかない。少しづつ身につけてきたことが、嫁ぎ先で役に立てれて、嬉しくもやりがいを感じていた。
どうして、わたくしばかりと後ろ向きになることもあったけれど、何事もやっておいてよかった。
今日もドレイクの午前のお茶を入れられることができるだけで、なんだか妻の務めを少しでも果たせている気持ちになる。そんな穏やかな午前のティータイムは、アルフレッドが手にした一通の招待状が一変させてしまう。
「これは……」
「はい。旦那様、領民総代をつとめているシシー様からの招待状です」
「領民総代……シシー様?」
「はい。奥様、ご説明いたします。シシー様は代々キーエフ領民総代、つまり領民の代表をしている家柄の現ご当主代理でございます」
「ご当主代理?」
「はい。ご当主は、シシー様の旦那様でした。ですが、数年前に他界されました。」
「お子さんはいらっしゃらないのですか?」
「息子さんと娘さんが、お一人づつ」
「息子さんは、跡をつがれないのですか?」
「息子さんは、町で暮らしています」
「町で?」
「生憎と、シシー様は気難しい方で。少々折り合いが……」
「まぁ、そうなのですね。いろいろご事情もあるでしょうから」
「しかし、またなんで招待状が届いたんだ?」
「マリアンヌ奥様宛です」
シルバーのトレイにのせられた白い封書の表書きには、確かに『公爵夫人様』と記されいる。封書を受け取り、渡されたオープナーで開封した。来週の水曜日の午後のお茶会の招待状だ。会の趣旨は、公爵夫人との親睦と記されている。ただし、参加者は、
「わたくし、シシー様、領民の方々ですわ。どうも、キーエフ婦人会の集いのようですね」
「キーエフ婦人会!?」
「みんさん、わたくしとお話がしたいそうですわ」
無理もないだろう。まだ、きちんと挨拶をしにいかがっていなかった。
「いやぁ、まぁ、出席するのは構わんが……マリアンヌをひとりで行かせるのもな?」
「ニーマンの代わりに、旦那様が奥様をお連れしたらどうですか?」
「おお!そうだな。そうしようアルフレッド」
「安全面も安心ですね。奥様」
領民に好かれてばかり、慕われている領主ばかりではない。重税や領民への非人道的な行為で恨みをかっている領主もざらにいる。
「場所は、ああ、この間お話した礼拝堂ですわ」
「ああ!外れにある礼拝堂か」
「中へは入られますか?」
「……外で待つ」
旦那様は、神頼みがお嫌いだ。
「フフフ、わかりましたわ旦那様。でも中に入らないと、おいしいお菓子は召し上がれませんわよ」
「甘いものは、好きではない」
「存じております」
「マリアンヌは、最近、俺に意地が悪いな……」
「えっ!?」
マリアンヌは、予想外のドレイクの反応に、大慌てになり、知らず涙が出てしまった。
「……嘘だよ、泣くな!」
「ごっ、ごめんなさい」
そんなつもりはなかったのだと、必死に言い募るドレイクを、ごめんなさいと必死に謝るマリアンヌの図式にアルフレッドは独り言ちた。
「まったく、まだ春なのに。今年は熱いですね~」
***
マリアンヌは、当日は、スコーンを焼き、一緒に、王宮の庭で昨年取れたオレンジで作ったマーマレードを持参した。ドレイクは甘いものは苦手だが、このマーマレードは甘さ控えめのビターな味わいが気に入り、これが最後のひと瓶だった。二人は仲良く馬の背に揺られながら礼拝堂へむかった。
「これなら、取り分けてあらかじめ渡せますし、好きな時にたっぷり塗ったスコーンと一緒に食べてよし。はたまた、時折、旦那様がなさっているウイスキーにもと解し入れて楽しめますよ」
小瓶に黄金色のマーマレードが口いっぱいに詰められている。
「これは、外でお待ちするかいもございます。奥様」
「レシピは、わかっているので、今夏は、公爵夫人として初めて、領地でとれたオレンジで作ってみようかしら。どうかしら?旦那様」
「いいんじゃないか」
「そうだわ!毎年毎年マーマレードを作りますわ。そうすれば、ささやかだけれど、旦那様との毎日が思い出が目に見える形で残せますわ。」
「これからやってくる、オレンジの収穫期が心待ちだな」
シシー様主催の礼拝堂でのお茶会がはじまった。お茶会と言っていっても皆で少しづついろいろなものを持ち寄り、公爵夫人を囲んで、楽しく歓談するだけのつつましやかな会だ。はじめは、みな一様に遠巻きにしていたが、シシーの音頭で自己紹介からはじまった。マリアンヌは、シシーの心遣いに感謝した。領民の一人一人のことはを知れ、交流が持てるよい機会を得られたからからだ。
煌びやかな要素はないけれど、心落ち着くとても有意義なお茶会だわ。
「あれ!?このマーマレード美味しい!!」
その一言で、会の後半になるまで、スコーンの定番添え物のひとつとして扱われていたマリアンヌのマーマレードは、急な人気メニューに躍り出た。
「あれ?ホントっ!」
「なんだろうね~」
「甘さ控えめなのは、わかるんだけど……」
「苦みもね~」
「な~んか、奥のほ~になんか……」
「コクだね」
「そう!!それよそれ!シシー様」
「でも、なにかしら?」
「だれのなの?」
「わたくしです」
一同は、ハっとした。
「これは、さぞや高級な━━」
「違うね、砂糖だ。砂糖が違うんだ」
主催者のシシーが言い当てた。
「そうですわ。黒砂糖を使うんです」
「えっ!」
「王宮で!」
「国王ご一家が口になさるのに!!」
「王宮では、精製した上白糖を使うと聞きますが?」
「わたくしは、体が弱かったので、栄養素の残っている黒糖をよく━━」
「なんだあたしらと一緒じゃないか~」
「そうなんですの!?でも、わたくし、どうしてもあのままかじれと言われても好きになれずにいたときに、調理場の方に、マーマレードの作り方を習って━━」
「調理場?」
「なんで?」
ここでもシシーが領民の声をまとめてマリアンヌに尋ねた。
「公爵夫人は、調理場に出入りしてたんですか?」
「はい。18歳になったら、修道院へ入る予定でしたから。身の回りのことはなんでも自分でできるようになっておかないと、あちらでご迷惑をかけるからと。でも、なんでもやっておいて損はありませんわね。そのおかげで、旦那様の身の回りのお世話ができて幸せです。これが、妻の喜びとでもいうのでしょうか」
「そーですか。王家の姫様と言えどもご苦労なさってるんですね」
「あたしらと、変わんないね」
「あら!全然違うわよ!だって、公爵様は新婚だもの!!」
ああ!!とみんな感嘆の声を上げた。
マリアンヌは、ドギマギしていた。しゃべり過ぎたことへの恥ずかしさと。自分ひとりがこの1週間秘めていた感情を他人に漏らしてしまったからだ。
「ここへ来る途中、旦那様、いえ、公爵様にご提案申し上げたんです」
「何をですか」
「毎年、領地でとれたオレンジでマーマレードを作りたいですって」
「ここのオレンジで?」
「はい!」
「アイツ、ここのオレンジ食ったことないんだね」
「?」
「マリアンヌ様、ここのオレンジは食えたもんじゃありませんよ」
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