第3話 初夜

 マリアンヌは、困惑していた。


 どうしよう。どうしたらいいのかしら?何も、ばあやから……






寝室へドレイクと共に入ってみたものの、マリアンヌは困惑した。二人の寝所の周りをぐるりと幾人もの人が取り囲んでしる。


 何をしているの?この方たちは?


「なんだ貴様ら、初夜は見世物じゃないぞ」


「ドレイク殿、われわれは、見届け人です」


「そんなもの、必要ないといっただろう」


「そうゆう訳には参りません」


「なぜだ!?」


「フランツ王国の姫君と王家に並ぶとも劣らぬ━━」


「黙れ!クソ坊主!!」


「なんと!?」


「いいか、お前らよく聞け!俺はマリアンヌと結婚したが、なまっちろい国王陛下の妹だから結婚したんじゃない!!気に入ったから嫁にもらったんだ!」


「きっ、気に入った!?」


「ああ、そうだ、なにか問題か?」


「どこが━━」


言いかけて、男は口をつぐんだ。続きは想像に容易かった。


「貴様、今なんと━━」


「やめてください」


マリアンヌはありったけの力でドレイクの振り上げた腕にしがみついた。


「ここは、わたくしたちが初めて共にする寝所です。嫌な思い出で汚したくありません」


マリアンヌの言葉にドレイクの怒りは急激におさまった。


「わるかった、マリアンヌ。マリアンヌに免じて全員下がれ。これ以上俺を━━」


蜘蛛の子を散らすように皆部屋を出て行ってしまった。もちろんマリアンヌのばあやも押し流されるように部屋の外へ出された。






 どうしよう。どうしたらいいのかしら?


「やっと、ふたりきりだなマリアンヌ」


ドレイクは、縮こまるマリアンヌの手を優しくひいてベッドの上に促した。促されるままマリアンヌは、ベッドの上にドレイクと向き合って座ることになった。


 どうしましょう?ここから先は、ばあやがそっと耳打ちして『眠る前の儀式』とやらを教えてくれはずでしたが、肝心のばあやが……。


「マリアンヌ、よく顔を見せてくれ」


言われるがまま伏せていた顔をやや上げた。が、思いのほか近くで、しかも見たこともない真剣なまなざしで見つめる黒い目があった。


 食べられちゃう


なぜか、反射的に感じ顔を下げようとしたが、下げられない。マリアンヌの顎を音もなく伸びてきたドレイクの指に阻まれたからだ。


「あっ」


マリアンヌの唇から吐息のような声が漏れた。驚きの声だったが、ドレイクには別のもののように聞こえた。


「可愛い声をだすんだな」


マリアンヌは、訳も分からず赤面した。どんな意味が含まれているのか理解できるほど彼女は、世情にまみれてはいなかった。そことは、目の前にいる男も理解していた。


「怖がらないでくれ。イヤ、俺の顔は怖いか?」


「いいえ!」


「そうか、そんなに声が出るなら安心だな」


「ごめんなさ、大きな声を出したりして」


「構わないよ?いくらでも出していいさ」


「はしたないって、ばあやがいたら怒られます」


「そうなのか?マリアンヌの体のことを気遣っているのかと思っていたが」


「それも、……あります。胸が悪いのは、ご存知……ですか?」


マリアンヌは、ドレイクと直接このことを話したことがなかった。自分の体の欠点について。


「ああ、知っているよ」


答えながらドレイクは、急に横になりマリアンヌの手を引いた。流れでマリアンヌはもまた彼に向き合って横になってしまった。すぐ近くから、深い優しい声が体に直接響いてくる。


「子供が━━」


「ああ、知っているよ」


「構わないのですか?」


「ああ、承知している。子供は、ジョーが生む」


マリアンヌの体は、ビクッと硬直した。


 国務大臣の言う通りだった。この甘い空気もわたしを思うような言葉も態度も全部思い違いだった━━


体を反射的に起こそうとした瞬間、ドレイクの腕がマリアンヌを包み込んだ。


「だれか、いい奴と結婚して、分家第一頭当主から当主代理でも、当主にでもなんでもなればいい。その時にお前をわりぃようにしなけりゃ俺のことなんざ、二の次でいい。まぁ、しいて言えば、馬で好き勝手に走り回らせてくれればそれで十分だ」


「えっ?」


「なんにも心配いらないだろ」


「そうですわね」


「ジョーの選んだ男と、あのヤローの子供だ、さぞかし」


「さぞかし?」


「アレっ!?婿取りでいいのか?いや、嫁とりなのか?」


「なんてことを!?ふざけてはいけません、ここは婿━━」


「やっと笑ったな。安心した。さっきっから、顔がこわばって目ぇ吊り上がってた」


「そっ、そんなこと!……そうでしたの?わたしくしの顔、怖かったですか?」


「本気にするな、冗談だよ。緊張してるのか?」


「はい……」


「なにが不安だ」


「これから、どうすればいいかわりません」


「?それは、今後の生活のことか?」


「いいえ。あっ、いえ……それは不安というより『良き公爵夫人』になれるか━━」


「おい、マリアンヌ。そんなもん目指しても無駄だ」


「えっ?なぜですか?」


「じゃ、『良き公爵夫人』とはどんな夫人のことをいうんだ?」


「それはもちろん━━」


マリアンヌは口をつぐんだ。


「気にするな」


「ごめんなさい」


「謝ることじゃないよ」


「つい、幸せすぎて、自分のことばかりに……ドレイク様のお母様のことを……」


「泣くなよ、困るよ、泣かれるのは、俺は違う意味でだな━━」


前公爵夫人のドレイクの母は、ドレイクを出産する際に亡くなった。キーエフ一族に嫁いでくる者は、なぜか早死にする者が多かった。


「無理なんだよ、体格差があり過ぎなんだから。出産で命を落とすケースが多くなるさ。でも、マリアンヌはそうならない。聞こえはわるいかもしれないが、俺には天の采配に思えてならない。ああ、あと知ってるかもしれんが、神だのみと他力本願は嫌いだ。だから、領地には礼拝堂はない」


「礼拝に行かれないのは、知っていますが、領地内に礼拝堂はありますわ」


「!!」


「付け焼き刃ですが、嫁ぎ先のことですから、キーエフ一族の歴史、領民のこと、地形、特産物、工芸品など一通り頭には入れてきました」


「そっ、それはどうも……恐縮です」


 なのに、わたくし失念していました。ドレイク様のお母様はドレイク様を出産間もなく亡くなり、お父様は、ドレイク様が12歳の時に戦場で亡くなっている。その後は、母方の遠縁へ預けられ、18歳の前日に戻ってこられた。だからこうして今日も立ち会われることが成らなかったというのに、わたくしったら……。


「まぁ、ならもうわかるだろ。マリアンヌが目指すべき『良き公爵夫人』は、存在しない。一族の者もそんな者はだ~れも知らなない。だから、すきにしていいんだ公爵夫人。今日からマリアンヌが『良き公爵夫人』とやらになれば。ただし、なにが良きかは、一緒に考えよう」


「はい。旦那様。」


「おっ!いいねぇ。じゃ、ほかに何か、心配なことはあるかい、マリアンヌ公爵夫人?」


「はい、旦那様。今晩からは『眠る前の儀式』があるとばあやから聞いています」


「まぁ、そうだな……」


「その儀式の方法をばあやが今晩教えてくれるはずなのですが、さっき寝所から追い出されてしまい、教わっておりません」


旦那様の顔が急に曇り始めた。


「今晩からどのような儀式をするのか教えていただけませんか?」


新妻には甘くお優しい旦那様は、なぜか苦悶の表情を浮かべながら、ベッドサイドに用意されていた赤い飲み物をさし、まずはあれをグラスに注ぎたわいないおしゃべりをしながら飲み干すんだと弱腰の説明をした。









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