第2話 結婚披露宴
マリアンヌは、混乱していた。
どうしよう。どうしたらいいのかしら?
それもそのはず、宴の席にうつり、最初の乾杯を国務大臣が告げた直後に事件が起きた。
「俺はもう寝る。そう、眠たいんだ。マリアンヌ、一緒に行こう!!」
ハイキングにでも行きそうな勢いでドレイク公爵は、マリアンヌの手を取った。
えっ!?
マリアンヌだけではない。やはり列席者一同がそうドレイクを振り仰いだその時に後方より怒号が響いた。
「いい加減にしろ!!ドレイク!貴様!!」
声の主は、ジョーの愛称で親しまれている、ジョセフィーヌ・キーエフ嬢からだった。ジョーはキーエフ一族の名に恥じぬ、騎士だ。身長は、長身ぞろいのキーエフ一族にいても見劣りしない高身長。筋肉で引き締まった体は、鞭を思わせる。そしてやはり、一族特有の黒髪に黒い瞳が、キーエフ一族に連なるものだと一目でわかる。
「式の時から、よだれを垂らしてマリアンヌ様をジィィィィィっと見やがって!」
「俺がこれから自分の妻になるマリアンヌをどんな目で見ても関係ないだろう!?ああ、そうか!ジョー。ヤキモチか?世間では、お前が俺の婚約者と目されていたから、面白くないのか!?」
アハハハハとわざとらしく笑った。この政略結婚が持ち上がるまで、ドレイクは、いとこにあたるジョーと結婚すると噂されていた。そして、そのことは国中の者が知っていた。
「馬鹿言え!!貴様、その噂を逆手にとって、女遊びしまくってただろう!!」
「知らん!」
「はぁ~!?知らんとはなんだ!」
「マリアンヌ、あのヤローの言うことは聞かないでくれ!」
ドレイクは、マリアンヌの両肩をつかみ顔をグイッと近づけてきた。
「あの、ジョーは、男性では━━」
マリアンヌの顔にさらに近づきドレイクはきっぱり言った。
「あれは、男ですよ。分家第一頭の跡取りです。オレが死んだら、ジョーのヤローがキーエフ一族の当主になるんですよ」
「一部訂正すべき個所はあるが、なんだちゃんとわかっているじゃないじゃないかバカ当主」
「はぁ~っ、なんでも正直にバカでっかい声でしゃべるな」
「ああ、そうだな、正直に言い過ぎたな。キーエフ一族は変わり者の集団じゃなく、当主のおまえひとりが、イカレテいると世間にばれたら都合が悪いか?」
「当たり前だ!都合が悪いに決まってんだろ!!こちとらバレないように気遣って……、いやいやいや、そーじゃない。ジョーお前は、キーエフ家の分家筆頭として常に当主のオレを監視し、隙あらば、取って変わろうと虎視眈々と━━」
「わかってるじゃないか!?ドレイク!!」
「今日ぐらいはドレイク様と言え、コノヤロー!!」
「寝言は、寝かしてやるから……それからほざけ!!」
わたくしは、人間が矢のように飛んでいる様を初めて見ました。
マリアンヌはのちにそう語る。後方よりジョーはドレイク目掛け横っ飛びに蹴りを入れに飛んできた。そのさまが、矢のようだったのだ。しかいし、ドレイクは、マリアンヌの背中を抱きしめクルリとかわした。ジョーは、派手に新郎新婦が座っていた席に飛び込んだ。
「ジョー!!」
マリアンヌは、生まれて初めて叫んだ。宮廷では、そんなことをすることはできなかった。体が弱いのだからと一人ベッドで過ごすことが多かった。横になり、空想の世界でだけ自由闊達に走り回った。でも、想像の中ですら、ジョーのように飛ぶことなんて思いつかなかった。
ジョーは、マリアンヌにとって生まれて初めてできた友人だった。マリアンヌは、年の近い姫たちからは、冷たい目を向けられることが多々あった。心無い言葉をぶつけられることも多かった。いつも、兄である皇太子だけが守ってくれた。でも、守られるだけの弱い自分を不甲斐ないと感じて涙していた。
そんなマリアンヌの生活は、今回の婚礼の準備で一変した。ジョーのおかげだった。婚礼の打ち合わせに度々あらわれないドレイクの代わりにジョーが打合せをしてくれた。始めは、つっけんどうな態度だったが、日を追うごとに打ち解け、頼り頼られる関係になっていった。
「いいか、マリアンヌ、よく聞くのだ」
「?」
「ドレイクに、その、なんだ、破廉恥なことをされそうになったら、大声で助けをよべ」
「助け……ですか?」
「そうだ、そうしたら、必ず助けに行くから」
「わかりました。ありがとう存じます。……でも、わたくし大声を出したことがないのですが」
ジョーが教えてくれた、アレを今こそやらなきゃ!
『大声はな、腹から声を出すように意識すると』
「やめなさ~い!!二人とも!!」
会場中に響き渡るマリアンヌの大声だった。
「おやめください、ふたりとも。これでは、国中にキーエフ一族が不仲のような誤解を生みますよ。お二人ともお酒を少々召し過ぎたのでしょう。さぁさぁ立って、ジョーは怪我がないですか?ダメですよ、あんなことしちゃ。カッコいいですけど」
「すっ、すまんつい」
「俺も反省している、マリアンヌ!」
「皆様、お驚かせてしまい申し訳ございません。キーエフ一族は酒豪ぞろいですが、本日は少々飲み過ぎたようで……、場を整える間、ご不便でしょうが立食になりますが、飲み物とオードブルでしばしお楽しみください」
マリアンヌは目くばせで、会場を取り仕切っているキーエフ本家に仕える執事のアルフレッドに合図すると、彼は軽く会釈をし、その意を速やかにかつ完璧に遂行した。
アルフレッドさんがいてくれたら、あとは安心ね。それから……
「夫のドレイクも少々酔いが回ってきているようで━━」
「いや、俺は……」
「ドレイク様、その御召し物では着替えが必要ですわ。それにわたくしも……早く奥へ引き上げたいのです」
ドレイクにそっと囁いた。やはり疲れてしまって、もうすぐ動けなくなりそう。
「ああ、オレは酔った!すまんな!うん悪酔いした!今ここでもう失礼するよ、みんな!!」
ごめんね、すまんねと不気味なほど愛想を振りまき立ち去るサル芝居に会場は音もなく静かになる。だが、ここでも乾杯の挨拶の場に立たされたまま取り残された男がいた。国務大臣である。
『一度ならず、二度までも!!よくもこんな短時間に儂の顔に泥をぬりくさって!!』
「大臣、申し訳ない」
「へっ、陛下!」
「ああ、そうかしこまらないでください。国務大臣には感謝しているのです。頭を上げてください」
「いや、しかし」
「いいのです。この席は、国王としてよりも一人の兄として参列しているです。大臣のおかげです。不遇な妹を救い、わたしのためにもなると、この結婚を推し進めてくださった」
「滅相もございません」
「幼き頃は、親交のあったキーエフ一族とは、気づけば疎遠になり、もどれぬところまで来てしまったと感じていた、だからこそ、この縁談を取りまとめてくださった大臣にはとても感謝しているのです、本当にありがとう」
「陛下……」
ボンボン陛下は、すっかり儂の意のままだ。あとは、ドレイクの奴だが、さてどうしたものか?いや、あれはあのままでも……
「だが、いささか気がかりです、大臣」
「なにがでございますか?」
「体も気も弱かったマリアンヌが、取り仕切れるのでしょうか?」
「ご安心なさいませ、陛下!かように立派にこの場をおさめたではありませんか」
「そうですね。マリアンヌは、存外、夫を尻に敷くタイプだったんですね。皇后さま譲りでしょうね」
国務大臣は、ボンボン陛下の言葉にドキリとした。
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