第31話 ありがとう

(1)


 ハルは引き続きカウンター越しに、残る一人と撃ち合っていた。

 だが、クリスタル・パレス脱出時に負った傷に加え、やまない銃撃で新たな傷を負っている。多量の出血で、彼の体力はそろそろ限界に達しそうだ。


「クソがっ!」


 遂に弾が切れた。焦った瞬間、ハルは左の肩を押さえ、カウンターに突っ伏した。

 撃たれた箇所を中心に白いシャツが深紅に染められてゆく。


 終わった。


 一瞬あとには撃たれている。そう覚悟したのに、意外なことに男は発砲してこなかった。怪訝に思い、目線のみ動かし、男へ視線を巡らせる。男は銃を下ろしていた。


「運が良い奴め。俺もちょうど弾切れだ。装弾する弾も、もうない」


 男は銃を床に投げ捨て、つかつかとカウンターまで近づいてくる。


「それだけ出血してりゃあ、放っておいてもお前は直に死ぬ」


 男はハルの胸倉を掴むと、カウンターの上から床へ引き摺り下ろし、彼の身体にのしかかった。


「馬鹿な奴。始めから大人しく有り金出しさえすりゃあ、死ぬことなんかなかったのに」

「……言っただろ。お前らがぶっ壊してくれた店の修繕費が必要だから金は渡せないって……」


 男はハルの頬を平手で殴りつけ、再び彼の胸倉を掴んで顔を近づける。


「どのみちお前が死ねば自動的にこの店は潰れるじゃねえか」

「……生憎、俺の後釜ならすでに決まってるんでね。そいつのためにも潰すわけにはいかねぇんだよ……!!」


 ハルは男の両目に血混じりの唾を吐きつけ、股間を膝で蹴り上げる。

 悶え苦しむ男を出せる力を使って振り落とし、ハルはやっとのことで拘束から逃れた。


 しかし、瀕死のハルができたのはそこまで。とうに限界に達した体力では男に敵うはずがない。すぐに男はハルの身体に再びのしかかり、彼の首に手を掛けた。


「最後に何か言いてぇことは??」


 ハルは仰向けでゆっくりと口を開く。


「お前……、クロムウェル党だろ……??」

「あぁ」

「……クリスタル・パレスを……、焼き討ち……した、連中の残り……か??」

「違う。あれはバリーについてった奴らの仕業だ。俺達はあいつらがクリスタル・パレスで暴れている隙に、歓楽街で繁盛しているって評判の店に何軒か押し入っては金を奪ってた。あいつらのお蔭で警察の目を掻い潜り、好き放題やらせてもらったよ」

「……うちの前、にも、盗みに入ったのか……」

「あぁ、三件程な。ここ以外の店は、ちょっと銃で脅しただけですぐに金を出してくれたってのによ、お前らときたら。散々、手こずらせやがって……!俺以外の連中を、よくもやってくれたな!!」


 男は、ハルの首をギリギリと強く絞め上げていく。

 もはや抵抗する力が残されていないハルは、されるがまま。



 最悪な末路だ。

 まさかアダと同じく犯罪者の手にかかって一生を終える羽目になるとは……、アダを守れなかった事への天罰かもしれない。




 遠のいていく意識下、皮肉交じりの笑みが浮かんだ、その時だった。



 パン!!パン!!


 乾いた銃声によってハルの意識は再び引き戻されていく。

 彼の首を絞めていた手が緩む。目を開ければ、薄くもやがかった視界で確認できたのは、右肩を押さえて入り口扉を睨む男の顔だった。

 気力を振り絞り、男の視線の先を負うと──、ぶるぶる身を震わせ、今にも泣き出しそうな顔のマリオンが、男に銃口を向け立ち尽くしていた。





(2)


「ハ、ハルさんから、離れろ!!」


 マリオンは上擦った声で叫び、男を銃で威嚇する。

 だが、女性と見紛う線の細さ、中性的な容姿に加え、怖気づいているのは明白で。男も軽く鼻で笑い飛ばす。


「坊や、怯えてるようじゃ俺は殺れないぜ??」


 パン!!


 銃弾は男の頬を掠るが、「そんなへっぴり腰じゃ、ねぇ??」と、肩を竦めてみせる程の余裕を見せつけてくる。


 マリオンの銃の残弾数は残り一発。

 もう無駄には使えない。


 ハルはマリオンに人殺しをさせたくない、と言ったが、彼をどうしても助けたいマリオンは覚悟を決め、男の頭に狙いを定めた。


 バン!バンバン!!バン!!


 マリオンが引き金を引くよりも早く、背後からランスロットが二挺の銃を同時に発砲した。両足と両腕に計四発撃たれた男は倒れ、床を転げ回る。


「マリオン、お前に銃は似合わねぇよ。殺しはもっと似合わねぇ」

「…………」

「それよかボスのとこへ」


 銃を放り投げたランスロットと共に、マリオンはハルの元へ駆け寄っていく。


「ハルさん!ハルさん!!しっかりして下さい!!」


 マリオンは全身を真っ赤に染め上げたハルの身体を抱き起こす。


「ボス!すぐに医者呼んでくる!!あぁっ、その前にシャロンさん呼び出して応急処置を……」

「……無駄だ……」


 店内から出て行こうとしたランスロットを、息も絶え絶えにハルは引き留める。


「……これだけ、失血……してるんだ……。もう、手遅れ、だろ……」

「あんた何言ってんだ!!」

「そうですよ!ハルさん!!諦めないでください!!」


 ハルは虚ろながら慈しみと優しさを湛えて、金色掛かったグリーンの瞳で、必死な二人をじっと見つめる。


「……ランス……、こんなボロボロに……、なっちまった……が、ラカンターは、お前に任せ……る。絶対……、潰す……なよ??……マ、リオン……、お前には……、これを、くれて、やる……。絶対……、なくす、なよ??」


 ハルは、シャツの胸ポケットから血で汚れた懐中時計を取り出し、マリオンに手渡そうとする。が、もう手に力が入らないせいか、手渡す直前で床に落としてしまう。


「ボス、もういい……。もういいから、喋らないでくれよ……」


 ランスロットがハルの手をぎゅっと強く握りしめる。マリオンも涙目になりながら、ランスロットと共にハルの手を強く握る。

 ハルの手の温度は、もうじき死を迎えることを嫌でも感じさせられる程に冷たい。


「……俺が、おしゃべりなことは、知ってる……だろうが……。だけど、もう……、疲れた……。ランス、マリオン……、ありがと……な……」


 ハルが目を閉じると、二人で握りしめていた彼の手から力が抜けていく。

 指先ががくりと床へ落ちるのを、成す術もなく見届けると、ランスロットは言葉にならない声を上げ、嗚咽を漏らし。マリオンは言葉を失ったまま、静かに涙を流したのだった。

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