第27話 炎上
(1)
劇場の非常口を飛び出し、マリオンはクリスタル・パレス内から外へと続く出口を探す。確か、どこかに上流階級の人達専用の出入り口があった筈。
そこは上流の人々が使用する馬車の停留所が近い。上手くいけばダドリーと会うことができるかもしれない。
劇場での騒ぎで、他の施設や展示場にいた人々も屋外へ続々と避難していく。
温室を参考にした建築様式、通路の両脇には多数植えられた小さな木々を見回していると、避難指示を出す係員を見つけた。
「すみません。私達が使用する出口を探しているのですが、混乱のせいで場所が分からなくなってしまいまして……」
マリオンは、戸惑いと困惑混じりに微笑み、上品で丁寧な口調を意識して話しかける。
非常事態なのに呑気に構えた良家の子息とでも勘違いしたのだろう。
係員は疑うことなく、「すぐに出口にご案内致します!早くこちらへ!!」と慌てて三人を出口まで案内してくれた。
「やるじゃねぇか、マリオン」
すかさず褒めるハルに苦笑を漏らす。
「こういう騙しみたいなの、あんまり好きじゃないですけどね」
「使えるもんは使っとけ。特にこういう非常時はな」
屋外へ脱出した三人は停留所でダドリーの馬車を探す。
あの混乱の中ではすぐに出発できる訳がない。馬車はまだ残っている筈。
名家の馬車には各家の紋章旗が屋根に飾られている。
『一羽の鷹が黄金の天秤に止まっている』のがファインズ家の紋章旗だ。
マリオン達は停留所の馬車を一台一台、紋章旗を確認していた。
そして、一際大きな箱馬車に近づくと三人は動きを止める。
まさにちょうど、ダドリーがその馬車に乗り込もうとしていたのだ。
「お待ちください!ファインズ男爵様!!」
間髪入れず、マリオンは声を張り上げてダドリーを呼び止めた。
ダドリーは、馬車の踏み台に中途半端に足を乗せたまま、マリオンを振り返る。
「何だ貴様ら!!クロムウェル党か!?」
「ち、違います!!」
即座にダドリーの腹心がマリオンに銃口を向けてきた。
マリオンは敵意はないと示す為、両手を上げる。が、腹心は銃を下ろそうとしない。
「ファインズ男爵様に、どうしてもお渡ししたいものがあり……」
腹心の男はマリオンの足元に向けて、威嚇射撃をする。
穴が複数空いた地面、足元からぷすぷす上る硝煙にマリオンの全身から血の気が引いていく。反対に、ランスロットとハルの頭に血が昇る。
「てめぇ!!丸腰の人間相手に何しやがる!!」
「ランス、ハルさん!!やめて!!あの騒ぎの後じゃ警戒されてもしかたないよ!!」
「お前は、もしや」
腹心とマリオン達とのやり取りを黙って見ていたダドリーが、ようやく口を開く。
「レディ・イングリッドが私に会わせたい、と話していた者か??」
「はい!!」
ダドリーは、値踏みするかのような視線をマリオンに送ると、「……いいだろう。こちらへ来い」と手招きした。
「ダドリー様!なりません!!このような、得体の知れないものを近づけるなど……」
「エイドリアン。お前はいちいち喧しい。少し黙っていろ」
ダドリーの、 静かだが威圧感ある叱責を受け、腹心の男は苦々しげな表情を浮かべて銃を懐にしまう。その間にもマリオンはゆっくりとだが、ダドリーの傍に一歩、また一歩と近づいていく。
あともう少し、ダドリーに手紙が受け渡せる距離までマリオンが近付いた時だった。
パンッ!という乾いた音がしたかと思うと、ダドリーの腹心がこめかみから血を流し、地に倒れ伏す。
「やれやれ、見つかったか」
ダドリーが溜め息をつくと、四方から銃弾の雨が襲いかかってくる。
「マリオン!逃げるぞ!!」
「手紙を渡すのはもう無理だ!!それよりも早くこの場から離れるんだ!!」
ハルとランスロットはマリオンに逃げるよう、しきりに叫び散らす。
しかし、マリオンは呆然と立ち尽くしたままだ。
「マリオンとやら。私に話があるのだろう??乗るがいい」
「あ……」
ダドリーに声を掛けられたことで、ようやく我に返る。
「迷っている暇はない。さっさとしろ」
「ランス!ハルさん!!全部終わったらラカンターに戻ります!!」
マリオンはランスロットとハルの方を振り返って叫ぶと、ダドリーが差し出した手に掴まり、馬車に乗り込んだ。
(2)
ハルとランスロットは、クロムウェル党の一味から放たれる弾丸の雨の中、這う這うの体で切り抜け、ようやくクリスタル・パレスの門外へと抜け出た。
とは言っても、全身のあちこちに弾が掠っている。上着は弾避けに使用し、使い物にならなくなった時点で投げ捨ててしまった。白いシャツやベストが所々血に染まっている。
「ランス、あれを見ろ」
道端に突っ伏し、呼吸を整えていたランスロットに、右腕を軽く押さえて立ち尽くすハルが、上空を見上げるよう促す。態勢はそのままで、顔だけを上向かせたランスロットは言葉を失う。
冬の夜空に浮かぶ無数の星々──、特に今日は空気が澄んでいるためか、いつにもまして星が煌めている。その輝きは高価な宝石のよう。
シリウス、ペテルギウス、プロキオンの恒星が織り成す冬の大三角形のみならず、間を流れるミルキーウェイまでがはっきりと肉眼で見えるのだから。
しかし、そんな美しい星々まで焼き尽くそうとするかのごとく、地獄の業火と見紛う、赤々と燃え滾る炎が夜空を焦がす。クリスタル・パレスや大観覧車、泣き叫び、逃げ惑う群衆を燃料にして。阿鼻叫喚の光景は、まさに地獄絵図そのものだ。
「男爵を追いかけるためとはいえ、マリオンが機転を利かせてくれなきゃ、俺達もまだあの中だったかもな」
「…………」
「あの男爵が言ってたように、クロムウェル党の奴らは本物のどうしようもないクソバカ野郎どもだ。メリルボーン父娘への復讐計画の杜撰さも相当酷いが、まさかクリスタル・パレスに火を放つとは。メリルボーンたちも男爵も殺せなくて自棄になったんだろうが……、自棄になったバカ程厄介だ。後先考えない分、何しでかすか分からん。つーわけで、ランス。休憩は終わりだ。店に戻るぞ。マリオンが帰ってくるのを待たなきゃな」
ハルはまだ右腕を押さえながら、ランスロットに呼びかけ、燃え盛るクリスタル・パレスに背を向けた。ハルの言葉に従い、ランスロットはさっと身を起こす。その際傷に障ったのか、眉間に皺を寄せて軽く呻く。
「しかし、俺らも俺らで満身創痍だわ」
自分とランスロットの、ぼろ雑巾のような姿を交互に見比べてハルは笑う。
表情こそ笑顔だが、顔色は真っ青、唇は青紫に変色していた。乱れた長い前髪に隠れた額には脂汗まで滲んでいる。
「ボス……、顔色悪くないっすか??」
そう言えば、ハルは先程から右腕をずっと押さえ続けている。
ランスロットは怖々とハルの右腕の肘から指先まで、ゆっくりと目線で辿る。
ハルの右手は血で真っ赤に染まり、小指が根元からなくなっていた。
「バレたか」
「バレたかじゃねえよ!!」
「傷を直接押さえないで、腕を掴んでごまかしてたんだが……、まあ、そう怒るなよ」
いつものように軽く笑うハルに、ランスロットは泣きそうな顔でぎろり、きつく、きつく睨む。
「怒るに決まってんだろ!あんたいつもそうだ!!てめえを蔑ろにし過ぎなんだよ!!」
「あぁ、はいはい。説教なら店に着いてからいくらでも聞いてやるよ」
「まずは医者に行け!!」
「そりゃ無理だ。マリオンが無事に帰ってきた時のために店を開けてやらなきゃいけないしな」
「だったら、俺が店に残るから、あんたは医者に……!」
「いや、俺の目であいつの無事を確認したいんだ。これくらいの失血なら、あいつが帰ってくるのを待つ間くらい応急処置で事足りる。なんなら、帰る途中でシャロンのバカの店にちょっと寄って、応急処置してもらうって手もあるな」
ランスロットは到底納得できてないと顔にも声にも露骨に出していたが、「わかりましたよ……」と、唇をへの字に歪めなが了承した。
「この件が片付いたら、俺の義指代稼ぐためにガンガン働いてくれよな??」
「イヤっすね。それよか、あの男爵かメリルボーンの爺辺りに慰謝料代わりに請求したらどうすっか??」
「バーカ。あいつらが、俺ら庶民相手に簡単に金出すわけないだろ」
ハルとランスロットはいつものように憎まれ口を叩き合い、ラカンターへの帰路を辿った。
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