第22話 疑惑

(1)


「『昨今、この街で連続発生した無差別通り魔殺人、コーヒーハウス・リバティーン店主と女給殺し、パプ・ラカンター襲撃事件等、一連の凶悪事件の首謀者と疑われていたハーロウ・アルバーン元子爵が遺体で発見された。死因は深酒と阿片の過剰摂取によるものと断定。警察に逮捕を恐れての自殺の可能性が高いとみられている』だとさ」


 その日、号外で配布された新聞の記事を、ランスロットは識字できない客達へ向けて読み上げ、内容を伝えていた。 ランスロットが記事を読み終えると、客たちは一斉に彼を不躾なまでに凝視し、口々に驚きの声を上げる。


「ランス、お前……、字読めるのか!ケンカとギターだけが取り柄じゃなかったんだ!!」

「すごいよなぁ!俺、ハーロウ・アルバーンしか読めなかったぞ」

「あのなぁ、注目すべきはそこじゃなくね?!あと、何気に失礼っすよ!」


 ランスロットは呆れながら新聞をカウンターに雑に放り投げると、注文された分のエールを取りに厨房へ入っていく。そんな彼をハルはニヤニヤ笑いながら肩を叩く。


「ランス、お前が小難しい新聞記事を読めるとはな」

「ボスまで言います?!」

「褒めてんだよ。学校で習ったのか??」

「学校なんて行ってないっすけど……」


 ランスロットは一瞬迷いを見せるも、言い辛そうに答える。


「ガキの頃、マリオンに教えてもらいました」

「そうか」


 まだ何か言いたそうにしているハルから逃げるように、ランスロットはエールの瓶数本を手にすると、そそくさと厨房を出て行こうとする。


 ランスロットはマリオンの生い立ちや出生の秘密――、彼の母エマがクレメンス・メリルボーンの愛人だったこと、それゆえメリルボーン家で生まれ育ったこと、実の父がダドリー・ファインズ男爵だということを知っている。しかし、それはランスロットがマリオンの親友であり、家族に次いで信頼されていたからこそのこと。


『メリルボーン家から追い出されたあと、イアンさんに拾われた時に僕は生まれ変わったから、それまでの暮らしについてあまり人に知られたくないんだ。家族やランスはともかく、もしも僕がファインズ男爵の隠し子だとみんなが知ったら……、きっと僕への見る目が変わってしまう。僕自身はごく普通に生きたくても、周りが許してくれなくなるのが怖いんだ』


 マリオンは自分の出自を人に知られることをひどく恐れている。

 だから、勘の鋭いハルに悟られてはならない、と、ランスロットは直感的に思ったのだ。そんなランスロットの気持ちを知ってか知らずか、ハルは追及をやめようとしない。


「なぁ、ランス。マリオンって不思議な奴だよな。あの顔立ちや天真爛漫な性格もだが、丁寧な言葉遣いといい上品な雰囲気といい、ガキの頃からすらすら識字できることといい、本当にただの浮浪孤児だったのか??実は上流の出なんじゃないか、と時々思うんだが……」

「どうなんすかねぇ??あいつはイアンのおやっさんに拾われる以前について、滅多に話さないんで。俺も詳しいことは知らないっすね」

「お前でもマリオンに関して知らないことがあるのか」


 ようやくハルが口を閉ざしたので、ランスロットは内心胸を撫で下ろした。が、再びハルが口を開いた瞬間、ひやり、冷たい汗が背中を伝った。


「もしかしたら、ファインズ男爵の落し胤だったりしてな」

「そんな訳ないじゃないっすか?!」


 ハルの言葉に被せるようにランスロットはつい語調を荒げてしまった。

 ランスロットの剣幕にハルは思わず面喰う。


「ランス、何でお前がそんなムキになるんだよ??」

「あ、これは……」


 ランスロットは、嘘が下手くそな自分を忌々しく感じた。


「単にマリオンの髪と瞳の色が男爵と同じだから、ふとそう思っただけだ。あと、やたらきれいな顔立ちもな。まあ、もしあいつがそんなご身分なら、棺桶職人や居酒屋店員なんてやっちゃいないだろうよ」

「そ、そうっすよ!もし、あいつが男爵様の子供なら、今頃は優雅な金持ち生活満喫してますって!!」

「ランスー!エールはまだかぁ??」


 客たちに催促され、ランスロットは今度こそ厨房から出て行ったため、この話題は自然と打ち切りになった。







(2)


 マリオンのことをファインズ男爵の落し胤では、と疑いの目を持つ者は、これまでにも何人かいた。ハルが述べたように、彼の髪や瞳の色――、特に、ブロンドを通り越した銀髪は非常に珍しいだけでなく、ファインズ家の人間に代々現れやすい特徴として有名だったからだ。


 当のマリオンはそのことについて指摘される度、先程のランスロット同様、『もしそうだったとしたら、僕は今頃ここにはいませんよ』と笑って否定していた。ハルも『たまたま似たような特徴ってだけだろう』と今までは大して気に留めていなかった。


 だが、先日の事件の折、イングリッド・メリルボーンが自分やランスロットよりもいち早く、マリオンに情報を知らせたことが随分と気になった。あくまで勘であるが、イングリッドはメリッサやハル、ランスロットではなく、マリオンを優先的に助けたかったのでは。


 そこでハルが思い至ったこと──、マリオンはファインズ家の血を引く人間で、メリッサの周辺をクロムウェル党に探らせている内にそのことをクレメンスやイングリッドが知ったかもしれない。そして、マリオンに何かしらの利用価値を見出すだろう、と。


 その証拠に、クレメンスがクロムウェル党捕縛の協力資金を警察へ提供する、と宣言したと、一部のカストリ新聞が報じている。今まで散々彼らを利用しておきながら、あっさり切り捨てたのだ。

 クロムウェル党の利用価値がなくなったのか、それ以上の利用価値があるものを新たに見つけたか。きっとその両方に違いない。


 昔からハルの勘は良く当たる。良いことであろうが悪いことであろうが。

 ランスロットにカマをかけたのも、マリオンの親友である彼なら何か知っているかもしれないと踏んでのこと。実際、ランスロットが必死で誤魔化そうとする素振りでハルは確信した。


 マリオンはファインズ男爵の息子だ。


 きっとまた、近いうちにメリルボーン家の人間がマリオンに近づいてくる。

 ハルにとってマリオンはランスロット同様、店の従業員という立場を越えたかわいい弟分だ。表面的には飄々と振る舞うものの、アドリアナを喪って以来己の幸せへの興味を失くしていたハルに、この二人の若者は再び生きる希望と楽しみを与えてくれた。メリッサも含めて彼らには多くの幸せに恵まれて欲しい。ハルの唯一の願いである。


 マリオンを守るためにどうすべきか。


 自分の予想が杞憂に終わればいいのだが──、ハルは今後のマリオンの運命を密かに案じていた。

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