第20話 守りたいもの

(1)


 コバルトブルーの双眸に、激しい憎悪の炎が燃え盛る。

 マリオンは扉の近くに置いてあった、棺を作るのに使用した木材の残りを手に握った。


「うわぁぁぁぁぁ────!!!!」


 獣の雄たけびじみた叫び声を上げ、マリオンは男に向かって木材を振り上げた。

 不意を突かれた男は、避ける間もなく頭を殴られ、床に転倒した。

 普段の優しい彼であれば、ここで我に返り、優しさゆえの躊躇を見せただろう。

 しかし、今のマリオンはただただ、 フーッ、フーッ、と荒い息を吐き、木材で男をひたすら殴り続ける。


「お前なんか!お前なんか!!お前なんか!!!」


 男は、絶え間なく打ち振るわれる木材から急所を守ることに必死で、起き上がることすらままならない。それでも、マリオンは泣き叫びながら、何度も繰り返し打ち続ける。

 初めて凶暴性を剥き出しにした姿はまるで美しい悪魔のよう。それ程までに、マリオンは完全に怒りと憎悪に取り憑かれていた。

 

「……マ、リオン……、やめて!!……」


 男が頭を庇っていた手を一瞬離した隙を狙い、無防備な頭頂部を力一杯殴りつけようとした時だった。小さく弱々しい女の声が、マリオンの耳に届いた。


 マリオンの動きが止まる。

 信じられない思いでもう一度、倒れ伏すイアンの方をバッと振り返る。

 よくよく目を凝らすと、イアンの身体の隙間からハシバミ色の瞳が不安気に自分を見つめて……、いる。



 ――――生きていた――――



 マリオンはすぐさま木材を投げ捨て、イアンの身体の下敷きになったシーヴァの元へ駆け寄った。

 イアンの身体の下で、シーヴァは無事を知らせるようにぎこちなくマリオンに笑いかけた。


「シーヴァ……!」

「……兄ちゃぁん……」


 涙交じりの鼻声でノエルもマリオンに呼びかける。


「ノエルも……!!」

「私と子供達は大丈夫……。でも、イアンが……」


 マリオンは、改めてイアンの血に染まった背中をまじまじと見つめる。


「まさか……」

「言っておくけど、気を失っているだけで死んでないからね。だけど、私達を庇って、あいつに背中を切られてしまったの」


 シーヴァは、その時の事を思い出したのか、忌々しげに顔を歪める。


「でも、一刻も早く手当てをしなきゃ!!誰か、人を呼んで……」


 シーヴァの顔色が瞬時に青くなったことで、マリオンは男が起き上がり、自分に向けてナイフを振りかざしたことを知る。


「マリオン!!」


 シーヴァが悲鳴に近い声を上げた瞬間、「てめぇ!!何してやがる!!!!」という怒声と共に、ランスロットが作業場に飛び込んで来た。

 男が怯んだ隙を逃さず、ランスロットは男に掴み掛かり、正面から殴り飛ばし。間髪入れず、穴が空くのでは、と思う程の渾身の力で男を壁に向けて投げ飛ばした。


「てめぇは、そこでしばらくおねんねしてやがれ!!」


 ランスロットは、鳶色のどんぐり眼で失神した男をギロリ、睨みつけ、マリオンたちの元へ駆け寄っていく。


「マリオン、喧嘩が弱いお前にしちゃあ上出来じゃね??」


 ランスロットに手を差し出され、立ち上がりながら、マリオンは力なく苦笑を漏らした。







(2)


 怪我をしたイアンを含め、四人の身柄はランスロットの家へ預けることになった。

 医者を呼び行こうとしたマリオンだったが、ランスロットや他の近所の住民から「お前も怪我人なんだからおとなしくしておけ!」と半ば脅しに近い形でランスロットの家に止め置かれた。


 安全な場所にいる筈なのに、未だにそわそわと気持ちが落ち着かない。

 生まれて初めて感じた怒りや憎悪などの感情の昂ぶりが、まだ完全に引いていない、かもしれない。


 医者を待つため、と言い訳し、一旦家の外へ出て頭を冷やす。心配も見張りも兼ねてランスロットも共に。

 すると、思いがけない人物たちがランスロットの家に近づきつつあった。


「ハルさん……、と、シャロンさん……」

「マリオン……、無事だったか……。って、お前、その顔は……」

「あぁ、これは……」


 何て説明しようか。

 悩みつつ、ハルの顔を見るなり、強烈な安心感で一気に身体から力が抜けていった。 

 同時に家族を救うことで必死になっていたため、マリオンは自身も怪我を負っていたことをようやく思い出し、脇腹の激痛を再び感じてきつく押さえた。


「お前……、腹、どうしたんだよ?!」

「……クロムウェル党の手下に散々蹴られまくって、その……」

「はぁっ!?お前、今の今まで、平気そうな顏してたじゃねぇか?!」

「みんなを助けるのに必死で……、忘れてた……」

「バカ野郎!!!!」


 ランスロットとハルの二人から揃って怒鳴られ、「えぇっ?!だって……」とマリオンはおろおろ、狼狽えつつ、真っ青な顔で地面に膝をつく。


「君たちね……、怪我人には優しくしないかね。マリオン、ちょっといいかね、触るよ??」


 仕立ての良い、高そうなスーツが汚れるのもかまわず、マクレガー氏も地面に膝をつき、マリオンの横腹を軽く触診していく。マクレガー氏に少し触られている間、マリオンは派手に咳き込んでいた。


「これは……、部屋の中でゆっくり確認した方がいい」

「そんなに酷いのか」

「酷い打撲であればまだいい。肋骨にヒビが入っているかもしれない。かなり腫れ上がっているし、咳き込む辺りが気になってね。ノーランさんイアンのファミリーネームの怪我も深いと聞いたし、医者が来る前に二人に適切な応急処置を取らせてもらうよ」

「あ、あの……」

「安心しろ。こいつは今でこそしがない薬屋店主だが、こう見えて元医学生。今も趣味で古今東西の医学の勉強してる変人だ」

「お前に変人呼ばわりされたくないんだが??そんなことより、ノーランさんの元へ案内してくれるかね」


 ハルに続き、意外な頼もしい人物のお陰で安心感は更に増す一方、怪我の痛みも格段に増していき、マリオンに頷く以外の選択肢はなかった。

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