第18話 襲撃②
(1)
イングリッドから聞かされた話を、マリオンはイアンとシーヴァ、メリッサに伝えるために家に戻った。話が終わると、すぐさまシーヴァは寝室に入っていき一通の手紙を持ち出した。
「マリオン、メリッサ。この手紙を持って二人でウィーザーという港町へ今すぐ逃げなさい。街へ着いたら、ミランダとリカルドという夫婦の元を訪ねて。手紙の中に住所が書いてあるから。その夫婦には事情を説明しているし、予定より早まってしまったけど、きっと力になってくれる」
「シーヴァ……、僕も一緒に行っていいの??家のこととか……。それに、もしもクロムウェル党がやってきたら……」
「マリオンがいなくなるのは私やイアン、子供たちにとっては辛いこと。でも、あなたにとってメリッサは大切な女の子でしょ??だったら、すぐ傍で彼女を支えてあげて。奴らが来た時には皆で協力して追っ払うし、きっと何とかなる!早く荷物をまとめて汽車に乗る準備をするのよ」
シーヴァはマリオンの瞳を強い眼差しで見据えながら、手紙を手渡す。
気丈な態度とは裏腹に、その声は微かに震えていた。
マリオンとメリッサはシーヴァに言われた通りに荷物をまとめ、家を出て行った。
怯えるメリッサの不安を少しでも和らげようと、駅へ向かう道中、マリオンは彼女の手をずっと握りしめていた。駅で切符を買い、駅のホームで汽車を待つ間もずっと二人は寄り添うように、お互いの手を離さずにいた。
調べたところ、この街からウィーザーという街まで行くには、中間地点の駅で一度、汽車を乗り換えなければいけない。ウィーザーに到着するのは夜が明けてからということになるので、およそ一晩かかる。そんな遠く離れた街ならば、クロムウェル党の連中が追ってくることはまずないだろう。
「メリッサ、大丈夫だよ」
マリオンがそう囁くと、メリッサは無言のまま更に強く、彼の手をギュッと握り返した。何度も似たやり取りを繰り返し、一時間ほど待ったのち、ようやく二人が乗る汽車が到着。二人はすぐに乗り込んだ。
夜九時を過ぎた現在、ホームで汽車を待つ人はまばら。この汽車に乗ったのもマリオンとメリッサだけだった。
「……あっ、しまった!!」
汽車に乗り込むと同時に、突然、メリッサが大きな声で叫んだ。
「えっ、何、どうしたの??忘れ物??」
驚いたマリオンがメリッサに声を掛けた時だった。
ドン!!
マリオンの身体に衝撃が走る。
えっ!?と思った数瞬後、彼はホームの固い地面に尻餅をついていた。
メリッサがマリオンをホームへと突き飛ばしたのだ。
「メ、メリッサ……。何で……」
「来ないで!!」
マリオンは、フラフラと立ち上がると汽車にもう一度、乗り込もうとしたが、すかさずメリッサが拒絶する。マリオンはどうしていいかわからなくなり、その場に立ち竦む。
「私のことは、いいから!家族の傍にいて、彼らを守って……。私なら……、きっと、大丈夫……!一人でどうにか生きていくから」
メリッサのアイスブルーの大きな瞳から一筋の涙が流れ出す。
「……メリッサ……」
マリオンが手を伸ばした瞬間、無情にも汽車の扉が閉ざされた。
ピーッ!!という警笛の音が鳴る。ガタンゴトン、ガタンゴトン、重たい機械音と汽笛を響かせながら、汽車はゆっくりと動き出す。
成す術もなく汽車を見送ると、マリオンはしばらくの間ホームに佇んでいたのだった。
(2)
どれくらいの時間、そうしていただろうか。
次発の汽車が近付く音で、マリオンはようやく我に返った。
汽車に乗降する人の邪魔になってはいけないと、メリッサと一緒に座っていたベンチに腰を下ろす。
メリッサといる時は何も感じなかったのに、一人となった今ではやけにベンチの冷たい感触が身体に伝わってくる。
「……メリッサ、何で……」
マリオンは身体を折り曲げ、膝に頭をつけて突っ伏す。
最後に見た、メリッサの泣き顔が瞼の裏に焼き付いて離れない。
「……泣かせたくなんか、なかったのに……」
彼女の、太陽の光のような、明るい笑顔が好きだったのに。
あの笑顔を守ってあげたかったのに。
結局、自分は彼女を幸せになんかできないじゃないか!!
不甲斐ないにも程がある。
マリオンは、自嘲気味に軽く笑ってみせる。
だが、いつまでもこうやって感傷に耽っている場合ではない。
気を取り直すようにフゥッと息を吐き出し、マリオンは荷物を持って立ち上がるとホームを後にする。
「お兄さん、振られちまったのか??」
切符を切ってくれた駅長が気の毒そうに話しかけてくる。
「えぇ、まぁ、そんなところですかね」と、マリオンは苦笑を浮かべて改札を出て行く。
「……帰ったら、シーヴァに散々怒られるだろうなぁ……」
少なくとも小一時間は説教されるであろうことを覚悟しながら、マリオンが家路を辿っていると、自分の背後を誰かが後をつけていることに、はたと気づいてしまった。始めは気のせいかと思っていたが、かれこれ五分以上は誰かがついてきている。
家に帰るのは止めて、一旦歓楽街に向かおう。
もしもクロムウェル党の人間であれば、家の場所を知られてはいけない。歓楽街ならいざという時、適当な酒場に逃げ込むことができる。
それにしても、なぜ、一定の距離を開けたままでついてくる??
詰めようと思えば詰められるはずの距離感にも関わらず、ただ後をついてくるだけという動きに、マリオンは言いようのない気味の悪さを感じていた。
走って振り切るべきかもしれないが、ひょっとしたら、マリオンが本気で逃げようとした場合、銃で撃ってくるかもしれない。相手の意図が全く読めない以上、下手な動きは避けるべきだろう。そう思ったマリオンは早足で歓楽街に向かうことに徹した。
そして、かれこれ十五分以上歩き続けた後、ようやく歓楽街に辿り着いた瞬間、マリオンは男に向かって荷物を思い切り投げつけた。
荷物は見事に男の頭に命中、男が怯んで一瞬見せた隙をついてマリオンは全速力で駆け出した。
「待ちやがれ!!このガキが!!」
背後では男が大声で怒鳴り散らしているが、なぜ追いかけてこない。
その様子が妙だと思いつつ、マリオンは適当な酒場に入ろうと走りながら思案していた矢先、建物と建物の隙間から一人の屈強な男が突如姿を現した。
「?!」
男は即座にマリオンの腕を掴むと、抵抗する隙すら与えず路地裏まで引きずり込んだ。そこには、いかにもチンピラ風情と思しき柄の悪い男がもう一人潜んでいた。
「こいつ、男の癖に女みたいに細っこいから、簡単に連れて来れたぜ」
マリオンを引っ張り込んだ男が、彼を馬鹿にしながら仲間に引き渡す。
「はっ、顔まで女みてぇ。本物の女ならたっぷり可愛がってやりたいけどよぉ……」
出っ歯とつぶらな目が特徴的な、鼠のような顔の痩せた男がマリオンの胸倉を掴むと、彼の顏目掛けて拳を振り上げた。殴られた弾みで、マリオンは地面に投げ出される。
「あーあ、せっかくの顔が台無しだなぁ」
鼠男はしゃがみ込み、起き上がれないでいるマリオンの胸倉を掴む。
「おい、女はどこに向かった??」
「…………」
「答えろ。お前と女が駅に向かったことは知ってるんだよ」
「…………」
「だんまりかよ。そうか、そうか!!」
男はマリオンの顔を何度も何度も殴りつける。マリオンの整った美しい顔は、見るも無残に血に塗れ、赤く腫れ上がっていく。
「おい、バリー。その辺にしておけよ。情報聞き出す前に気絶されでもしたら困っちまう」
屈強な男が制止すると、鼠男は不服そうに顔を歪めながらもマリオンを地面に放り投げる。どうやら、屈強な男の方が鼠男より立場が上のようである。
「兄ちゃん。素直に吐いた方がいいぜ??」
今度は、屈強な男がマリオンの傍にしゃがみ込み、地面に突っ伏した彼に話しかける。
「お前が女の居場所を話さえすれば、お前の家族は助かるんだぜ??なぁ??」
「……もしも……」
「あ??」
「もしも……、僕が……、吐かなかったら……」
「その時は、お前の家族全員、命はないと思え」
「……!!……」
「お前んとこの主人の女房だっけ??いい女だよなぁ。あんなオッサンの女房にしとくにゃもったいねえ。うちの血気盛んな男共のことだ、殺す前に散々愉しむだろうなぁ」
「……や……、やめ……」
「あ??何か、言ったか??」
「……やめろぉぉぉ!!!!」
次の瞬間、マリオンは自分でも信じられない程の素早さで起き上がると、屈強な男に猛然と飛びかかっていた。隙を突かれた男は無様に地面に仰向けにひっくり返ると、その上にマリオンは跨り、男を無我夢中で殴り続けた。
マリオンの予想外の反撃に面喰う余り、男は抵抗もままならず彼に殴られ続け、やがて気を失ってしまった。
「やめるのはテメエの方だ!!」
鼠男がシャツの襟首を引っ張り上げ、屈強な男の身体からマリオンを引き剥がす。
再び地面に投げ出されたマリオンが起き上がるよりも早く、鼠男は彼の脇腹を思い切り蹴り飛ばした。
「……がっ!……」
口の中に溜まっていた血を吐き出したマリオンを見て、「きったねぇなぁ!!」と言いながら、鼠男はマリオンを蹴り続ける。先程とは打って変わり、マリオンは抵抗すらできずに、ただ蹴られ続けていた。
やがて、ひどい痛みと流血により、マリオンの意識は徐々に失われていった。
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