第17話 襲撃①

 ランスロットは二時間ほど前、ラカンターの開店と同時に姿を現したイングリッドの話を聞いてからずっと、そわそわ、落ち着きを失くしてしまっている。


 マリオンはいつも、遅くても開店時間の一時間前には必ず店に訪れる。しかし、今日に限っては開店時間が迫ってもちっともやって来ない。

 ハルと共に、どうしたもんかと心配しているところへイングリッドがやって来た。マリオンに話したのとほぼ同じ内容を二人にも伝えたのだ。


「マリオンもメリッサも大丈夫かよ……」

「ランス、落ち着け。あの女が話したことが本当なら、今頃メリッサを別の街へ移す準備を始めてるかもしれん」

「それはそうなんですけど……」


 ランスロットの心配はマリオンとメリッサだけではない。イアンやシーヴァたちも含まれている。マリオンやシーヴァだけでなくイアンも好きだからだ。


 子供の頃、ランスロットは近所で評判の悪ガキだったこともあり、一度、市場で盗みを働いたという疑われたことがあった。その時、『ランスはしょっちゅう悪戯を仕掛けるし、ケンカも多い。大人に対して反抗的な態度を取ることがある。けど、本当にやって良い事と悪い事の分別はしっかりつけられる。証拠もないのにランスがやったなんて決めつけるな』と、イアンが庇ってくれて以来、実の父親と同じくらい彼を慕っている。


「いくらあの連中でも昨日今日で、すぐに何かしてくることはないだろう……、っと、」


 店の扉が開く気配に、厨房の奥からカウンターへ揃って姿を見せる。

「男二人で厨房に籠って何をしてるんだか」とカウンターの中央で、マクレガー氏の呆れ混じりのつぶやきが聞こえてきたが、聴こえないふりを新たな客を迎え入れる。


 客の男はカウンターにつかつかと歩み寄り、ランスロットに向かって、「この店にメリッサという女が働いているだろう??」と尋ねてきた。栗色の巻き毛の、相当に目付きの悪い男だ。クロムウェル党の一味だとハルと共に確信する。


「あぁ、そんな女いたっけ??ちょっと前からいきなり店に来なくなっちまってよぉ。なぁ、ボス??」

「ああ、本当に。雇い損だわまったく」

「とぼけても無駄だ。ここで働くマリオンとかいう男が匿っているんだろう」

「お客さんよぉ、分かってて訊くとか性格悪いねぇ」

「ふざけるな」

「ふざけてんのはどっちだか……」

「おい、痛い目みたいのか」


 男は、肩を竦ませようとしたランスロットの胸倉を掴む。

 中途半端に腕を広げたまま、胸倉を掴まれてもランスロットの薄ら笑いは消えていない。


「お客さん、勘弁してくれよ。他のお客さんに迷惑だ」


 ランスロットは胸倉を掴まれたまま立ち上がり、男の腕を払いのけようとしたが、その隙をつき男は彼に殴りかかる。しかし、殴られるよりも早く、ランスロットはカウンター越しに男の鳩尾に一発、強烈な拳を食らわせる。

 男はぐえっと、蛙が潰されたような声と涎を吐き出した後、無様に床に倒れ込んだ。


「悪いねぇ、お客さん。俺、ちょーっとばかし人より腕が長いから、このくらい朝飯前でさぁ」

「さすが見事な腕前で」

「おっ、シャロンさん!わかってくれる~!!」

「つーかお前、いつの間に避難した??」


 カウンター席の中央にいた筈のマクレガー氏が、いつの間に壁際の空いたテーブル席まで移動していた。自分のグラスとボトルをしっかり手にして。


「お前が逃げ足早くて助かった。まあ、お前に何かあったらグレッチェンに申し訳が立たんしな」

「っすよねー……、っと、とりあえずあいつ店から叩き出しときます」


 そう言って、ランスロットがカウンターを出て、意識を失っている男の身体を持ち上げようとした時だった。開放された玄関扉の前、銃を構えた男が立っていたのだ。


「全員、床に伏せろ!!」

「ランス!右か左、どっちかは寄って伏せろ!!」


 ハルの言葉に従い、ランスロットは咄嗟に、右側に倒れ込むようにして伏せる。


 ドォン!!ドン、ドン!!


 耳を劈く銃声が店内に響き渡った。

 硝煙が宙を舞う中、玄関先で銃口を向けていた男が「うぎゃぁぁぁぁ!!ああぁぁぁぁーー!!」と、言葉にならない悲鳴を上げる。男がトリガーを引くより先に、ハルが護身用の猟銃を発砲したからだ。

 ハルは指先に狙いを定めて撃ったらしい。男は両手の指を大半失い、痛みと流血でもがき苦しみ、玄関前で蹲っていた。


「ランス、こいつら縛り上げるから手伝え。あと誰か警察を呼んでくれ」

「私が呼ぼう」

「頼んだぞシャロン」


 非常時に置いてもハルはいつも通り冷静でいる。

 彼の指示通り、ランスロットは奥から縄を持ち出し、「オラ、こっち来いや!」と玄関先でまだ痛みに悶絶している男を、失神している男の元まで引きずっていく。

 二人を床に座らせ、背中合わせで縛り上げると、ハルは指を撃った男に尋問を始めた。


「お前クロムウェル党の一員だろ??」

「…………」


 男は答えない。

 すると、ハルは手にしていた猟銃の銃口を、男の眉間の間に押し当てた。


「答えろ。でなきゃ、お前の頭吹っ飛ばすぞ。俺はこの店と、この店に関わる人間以外に守りたいものなんてない。そいつらを守るためなら俺自身が犠牲になろうがちっともかまわねぇんだよ。お前一人ぶっ殺してブタ箱にぶち込まれようが全然平気だ」


 ハルの、金色が入り混じったグリーンの瞳が狂気がかっている。豪胆なランスロットでさえゾッと凍り付く程に恐ろしく、ガタガタと歯を鳴らしてすっかり怯えていた。


「そ、そうだ……」

「だろうな。ハーロウ・アルバーンの命令でこの店襲撃したんだろ??」

「あ、あぁ……」


 ハルは銃口を突きつけたまま、鼻を軽く鳴らす。


「あと……、もしこの店に、女がいなければ……。女が匿われている家に、押し込み強盗を装って、女を含め、家の者全員始末する算段になっている……」

「何だって!?」


 途端に、ランスロットはハルを押しのける勢いで男に掴みかかった。


「てめぇ!!詳しく話せ!!俺がぶっ殺してやる!!」

「やめろ、ランス!!お前には親父さんがいるだろうが?!守るべき者がいる奴は手を汚そうとするな!!」


 激昂するランスロットを、ハルが厳しい口調で制止する。


「で、当然、俺らに全部、話してくれる、よなあ??」


 ハルの中の狂気を垣間見たせいか、男は彼に対して恐怖心を抱いたらしい。

 計画を洗いざらいすべてハルとランスロットに打ち明けたのだった。

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