第14話 女二人

(1)


 メリッサがマリオン達の家に匿われてから、二週間が経過した。


 あの夜の翌朝、マリオンとランスロットはメリッサを一旦ラカンターに預け、家に戻ると、イアン達を始め近所に住む人々の中でも特に信用に置ける者たちを集め、メリッサの事情を話した。


 イアンとシーヴァも事情が事情なだけに当初はメリッサを匿うことに対して躊躇っていたが、彼女がマリオンにとって大切な女性だと知ると最終的には首を縦に振ってくれた。ある一つの条件と引き換えに。


 その条件とは、メリッサを匿うのは一か月間のみ。その後はイアンとシーヴァの知人夫婦が住む街へ、一時的に移住する。そこなら、この街から随分離れた場所でクロムウェル党の手も回ってこないかもしれないし、その夫婦なら彼女の面倒を手厚く見てくれるから、と。


 例え一か月間だけとはいえ、イアン達に世話を掛けることになったメリッサは、家事や子守りを積極的に手伝い、少しでも馴染もうと必死だった。その甲斐あって、今ではすっかり家族の一員のような存在になりつつあった。




「シーヴァ、ちょっと出掛けてくる。遅くても昼過ぎには戻る」

「いってらっしゃい」


 イアンはその日、珍しくマリオンに仕事を任せただけでなく、朝から外出しようとしていた。アリスに食事を与えている最中だったシーヴァは、席に着いたまま彼を送り出す。


「おとうさん、どこ行くのー??」


 扉を開きかけたイアンの足元に、ノエルが纏わりついてくる。


「お父さんはな、今から教会に行ってくるんだよ」

「僕も連れてって!」

「お前が行っても退屈なだけだぞ??すぐ帰って来るから、お母さんやアリス、メリッサと一緒に家で待ってるんだ」

「やあだ!連れてって!!」

「ノエル、頼むから言う事を聞いてくれ」

「じゃあ、行かないで!お父さん、行っちゃやあだぁーー!!」


 普段と違うイアンの行動に何かしら不安を感じたらしい。

 ノエルはしきりにイアンを引き留めようと駄々をこねた末に、大声でわんわん泣き始めた。

 見兼ねたシーヴァが、アリスの食事を中断させてノエルの元へ駆け寄ると、泣きじゃくる息子を抱き上げる。


「こらノエル!お父さんの邪魔しない!!」

「俺がこのままどっか行っちまうとでも思ったのか……??」

「だいじょうぶよ。お父さんは用事が終わったらすぐにお家に帰ってくるから」


 イアンとシーヴァの二人掛かりでノエルを宥めていると、今度はアリスが食事の続きを催促でぐずり始める。

 ノエルもまだ完全に泣き止んでいない状態。板挟みでシーヴァが困っていると、「あ、あの、私がアリスのごはん食べさせますよ??」と、メリッサが申し出てくれた。


「悪いけど……、頼んでもいい??イアンも、ノエルは私が何とかするから出掛けてきて」

「すまん。なるべく早く帰ってくる」


 神経質なノエルとは対照的にアリスはおっとりとした性格なのか、メリッサに食べさせてもらうことに全く抵抗がないようだ。その証拠に、ややぎこちない手つきでミルク粥を口に運ばれているのに、何事もなさげにもぐもぐと口を動かしている。


「悪いわね」

「いえいえ。ノエル君はイアンさんの事も大好きなんですね」


 ノエルを抱きかかえたまま、シーヴァが再び席に着く。

 シーヴァの腕の中、顔を埋めて鼻をグズグズさせるノエルにメリッサはクスリと笑う。


「私やマリオンも大事にしてくれたけど、この子たちは実の子だし。歳を取ってから出来たせいか、随分可愛がってくれてる。それに……」


 シーヴァは少し間を置いてから、続ける。


「……あの人、最初の奥さんと、その人との間に生まれた一人娘を立て続けに不幸な事故で亡くしている分、家族への愛情が誰よりも強いの」

「……そうだったんですか」


 家族を失くした苦しみを知っているからこそ、イアンは身寄りのないシーヴァやマリオンを引き取り、男手一つで育て上げたのか。


「今日はね、前の奥さんと娘さんのお墓参りに出掛けたの」

「あ……、だから教会へ……」

「私に気を遣ってお墓参りを止めようとしたことがあったけど、彼女たちのことも忘れないでいてあげて、って言ってやったわ」


 シーヴァは、ようやく静かになったノエルの髪を撫で上げる。息子を慈しむ穏やかな表情は聖母のよう。


「あの、シーヴァさん……、前から訊きたいと思ってたことがあって。その、シーヴァさんはどうしてイアンさんと結婚したんですか??その……、シーヴァさん程若くてきれいな人だったら、きっと他にも男の人から引く手数多だったろうに……」


 メリッサが続きを言いあぐねていると、「……つまり、何でわざわざ父親同然の、二十も歳の離れた冴えない中年親父を選んだか、ってこと??」と、身も蓋もない言葉でシーヴァが要約してくれた。


「う……、はい……。ごめんなさい、私、すごく失礼なこと訊いてますよね……」

「ふふふ、別に気にしてないわよ。似たような質問を今までにも何回かされてるから慣れっこ。うーん、話すせば長くなるけど、それでも良い??」




 シーヴァはイアンと出会った十一年前から遡って、メリッサに語り、アリスに食事を与えながら、メリッサはシーヴァの話にじっと耳を傾けていた。





「イアンはね、絶望に打ちひしがれていた私に暖かい光を与えてくれたの。……私のために、あんなに一生懸命になってくれる人なんて後にも先にもいない。だから、彼を愛してしまったのは必然的よね。イアンの傍にいることが私にとって一番の望みだし、彼の子供を産めたことがとても幸せなの」


 シーヴァは少しはにかみながらも、はっきりと言い切った。その笑顔はいつもの凛とした強い表情ではなく、あどけない少女のようだった。

 

「月並みな言葉になっちゃうけど……、二人は並大抵じゃない、大変な思いを分かち合ってきて、その分深い絆で結ばれているんですね。だからシーヴァさんは誰よりもイアンさんのことを愛している」

「うん、イアンは私にとって神様、ううん、神様以上の存在なの」


 恥ずかしげもなくさらっと答えるシーヴァに「そんなにはっきり言い切れるくらい、愛せる人がいるの、ちょっと羨ましい」と、どことなく寂しげにメリッサは微笑む。


「じゃあ、今度は私から質問。メリッサはそう言うけど、マリオンのことはどう思ってるの??」

「マリオンのことは大好きです!ただ、シーヴァさんの、イアンさんへの想いに比べたら、まだまだ……」

「でも、好きなことには変わりないんでしょ??メリッサ、そういうのは他の誰かと比べることじゃない。もっと自分の気持ちに自信を持って」

「……ありがとう。私、一度は将来を誓い合った恋人と呆気なく別れてしまって……、人を本気で好きになることが少し怖かったんです……。マリオンが私を好きでいてくれることが嬉しい反面、戸惑う気持ちも少なからずあって……。変……、かな……」

「ううん、別に変ではないんじゃない??ただ、メリッサは人を愛することや愛されることに、少し臆病になりすぎてる。この二週間一緒に暮らしてみて、あなたはマリオンにはもったいないくらい素敵な女の子だってよく分かった。さっきも言ったけど、もっと自分に自信を持って。マリオンのことも信じてあげて。ね??」


 シーヴァに優しく諭され、メリッサはほんの少しだけ瞳を潤ませながら、「……はい!」と強く返事した。


「さ、アリスも食べ終わったし……、話は終わり!。ノエルも起きて。今寝たら、お昼寝の時にまた寝れなくなるわよ??」


 腕の中でウトウトとまどろんでいたノエルを起こすと、シーヴァは家事を再開するために席を立ち上がった。

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