第13話 不安
「ボス、ボスッ!!」
「あぁ??何だよランス」
「あぁ、じゃないっすよ。さっきから何回も声掛けてんのに、ボスときたらうわの空で。今日はどうしたんすか、珍しい」
ランスロットの何度目かの呼びかけでようやく我に返る。
いつになくボーっと考えごとをするハルに、ランスロットは不審げだ。
昼間にマージョリーから聴かされたことをランスロットにもにも話すべきか。
彼は案外口が堅いし、充分信頼に足る。だからこそ巻き込みたくないとも思う自分もいる。
「ハールさん!遊びに来ちゃいましたぁ!!」
思案するハルの耳に突然、聞き慣れた若い女性の声が飛び込んできた。
「おっ、メリッサじゃねえか、って……、マリオンも一緒って……。お前ら、いつの間にそういう仲になってたんだよ?!」
「べ、別に、いつだっていいだろ!?」
案の定二人はランスロットに体よくからかわれているし、 マリオンも狼狽えながらよく分からない返事を返している。
「そうかそうか。ふたりともそんなに俺の店で仕事したいんか??」
さっきまでの難しい表情は消し去り、やけにニコニコと胡散臭い笑顔を振り撒きながら、入り口の前に佇むマリオンとメリッサへと近づいていく。
「厨房で皿洗いでもしてくれてかまわんぞ??」
「「し、しませんよ!!」」
マリオンとメリッサは声を揃えて反論する。
「……って、言うのは冗談だ。お前ら奥で休んで行けよ。適当に何か飲み物と軽食作って持っていくから。奥の部屋のテーブルに座ってろここにいると客も増えてくるし、三人で何か演奏しろって言われるだろうからよ。ゆっくりできなくなるだろ??」
ふたりはハルの言葉に甘え、遠慮がちに奥の部屋へ引っ込んでいく。
十五分程のち、フィッシュ・アンド・チップスとライトエール二本を手に、今度はハルが入っていく。
「これは俺からの奢りだ。いつもお前たちには助けられてるし」
「いいんですか?!」
「俺が好きでやっていることだ。腹も減ってるだろうし。まぁ、食えよ」
やや埃臭い長椅子に座りながら、マリオンとメリッサはローテーブルの上のポテトにおずおず指先を伸ばす。つまんだポテトをエールで流し込むマリオンをじっと見つめると、ハルは問う。
「で、お前ら、いつから付き合ってる??」
「じ、実は……、ついさっきです……」
「ふうん。ま、良かったな。お前、顔に似合わず奥手だし、どうなることかと心配していたが」
「私はマリオンのそういうところが好きなんです」
ひたすら照れてばかりのマリオンとは反対に、メリッサがはっきりと強い語調で言い切った。たちまちマリオンの頬がボッ!と朱に染まる。
「若いっていいねぇ。枯れつつあるオッサンとしては羨ましい限りだぜ」
「オッサンって……、やだなぁ、ハルさん。ハルさんは充分若くてかっこいいじゃない!女の人にもモテるし、全然いけますってば」
「そりゃどうも。メリッサ、お前は本当に良い娘だな。マリオン。もちろん、お前もいい奴だ」
「どうしたんですか。今日はやけに感傷的ですね」
どことなく、いつもと様子が微妙に違うハルにマリオンの深く蒼い双眸が丸くなる。 ハルは、そっと一呼吸置くと──、話を切り出した。
「食ってる最中にこんな話して悪いんだが……。メリッサ、リバティーンの店主と女給が今朝、押し込み強盗に殺された」
「……えっ……」
メリッサの指先からすり抜けたポテトが机上へ落ちていく。
エールの瓶を唇に当てたまま、マリオンの動きも止まる。
「……そ、んな……、嘘……」
「嘘じゃない、本当だ」
メリッサは全身を大きく震わせ、前のめりによろめいた。
マリオンが咄嗟に支えなければ、テーブルに突っ伏したかもしれない。
「……今日、私が休みを取ったから、代わりにボニーが入ったの……。私が、私が休まなきゃ、あの子、殺されなかったのに……。私のせいで……」
「メリッサ、それは違う。言い方は悪いが、そのボニーという女は運が悪かっただけだ」
「だって……!」
「自分を責める気持ちは良く分かる。けどな、そんなことしたって起きちまったことはもう戻りゃしねぇ」
「分かった風に言わないで!」
メリッサは頭を激しく振ってハルに反発する。
ハルは取り乱すメリッサをどうしたもんかと持て余し、顎髭を掌で撫でさすった。
「メリッサ、今から俺が話すことをよーく聴け。いいな」
込み上げてくる酷い頭痛と吐き気に耐えながら、ハルは七年前の悲劇を二人に語った。始めは、あからさまに反抗心を剥き出しにしていたメリッサだったが、話が進むにつれ、徐々に冷静さを取り戻し、静かになっていった。
「……結局、俺がその夜恋人に客引きへ行け、と言わなければ、あいつは殺されなかったんだ。いくら自分の恋人でも商売は商売、どんなに嫌でも言わなきゃならないことだった。何度も自分を責めたさ。もしも、俺が客引きに行けと言わず、代わりに内緒で俺が買って一晩過ごしてたら……。今までだって何度もそうしたことがあったのに、何であの日に限って……ってな。だから、今では運が悪かったんだと思うようにしたんだよ」
「「…………」」
「そういう訳だ、メリッサ。自分を責めるのだけはやめろ。それよりも今後の身の振り方を考えろ」
「……はい……」
メリッサからはもうハルへの反抗心は消えていた。
代わりに、項垂れてはいたが素直に返事をする。
「……って言うのもな、お前自身も今危険に晒されている状態なんだよ」
ハルは、昼間マージョリーから聞かされた話を元に、メリッサがクロムウェル党から命を狙わるかもしれないと話した。
「メリッサ、悪いことは言わん。しばらくこの街から離れろ」
「…………」
「田舎に帰れないってなら、俺の方で別の街で暮らしていけるよう手配する。マリオンと付き合ったばかりで離れるのは辛いと思う。でもこの街にはいない方が良い」
「待ってください、ハルさん」
怯えるメリッサの背中を撫でながら、マリオンがハルを見据える。
「メリッサを……、僕の家で預からせてください」
「マリオン。クロムウェル党は目的の為なら、殺人さえ平気で実行する連中だ。女子供まで関係なく。お前がメリッサを匿っていると奴らが知れば、お前やお前の家族もただじゃすまなくなるぞ」
「だけど……、メリッサが他の街に出て行ったからと言って、連中は簡単に諦めるんですか??」
「少なくともこの街にいるよりはマシだと思う」
「本当に??」
普段大人しく聞き分けの良いマリオンが、珍しく食い下がってくる。
正直苛立ったが、彼の言い分を聴くだけは聴いてた上で判断を下すことにした。
「僕の住むイースト地区の住民の多くは、訳有りの過去を持っていても今が現在真人間なら、すんなり受け入れてくれるじゃないですか。けど、ただ気のいいお人好しな人たちってだけではないんです。一度受け入れた人間を住民同士で必死で守ろうと力を尽くすんです。例えば、暴力を振るう旦那さんから逃げて来た奥さんを受け入れた時も、無理矢理連れ戻しに来たのを住民たちで追い払いました。脱獄した殺人犯がある住民の家に押し入った時も、皆で協力して捕まえて、警察に突き出しました。もしクロムウェル党がメリッサを追って来たとしても、住民同士の協力で撃退できると思うんです」
「…………」
「クロムウェル党がどの程度恐ろしいのか、僕はよく分かっていないかもしれません。でも知らない街で、追手がいつ来るか、たった一人怯えて暮らすより、いざという時守ってもらえる安心感が持てる場所の方がいいんじゃないかって……」
はっきり言って、マリオンの言い分は甘い。
甘い、と思うが……、一理あることも確か、ではある。
「……わかった。メリッサについてはマリオンに任せる。ランスにも話して、協力してもらえよ」
「……はい!!」
よかったね!と、ホッと大きく胸を撫でおろし合うふたりを背に、奥の部屋から店へ戻っていく。随分と長いこと話してたっすね、と呑気に話しかけてきたランスロットを適当にあしらい、カウンターへ。
マリオンに任せるとは決めたものの、ハルの中で一抹の不安がどうにも拭えない。
そして、ハルの不安が的中するとは、この時のマリオンもメリッサも、ハル自身でさえも予想していなかった。
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