14.迷子の兄妹

 ロゼの水はすぐに消えて濡れ服問題は解決した。

 

 道を進み、何度か泥人形を倒していくうちに少しずつ剣の扱い方が(初心者なりに)分かってくる。

 いや、剣の扱い方というより体の使い方だな。腕の力で振る、背中の筋肉で振る、上半身全体で振る、脚捌きで振る。

 上から下に向かって順番に身体を支配していってる感覚。地に足が付くってこの事か。(多分違うが)

 なかなか悪くないな。

 

 さっきの濡れ服事件以降、シエルが俺を見る目にそこはかとなく“こいつチョロいな”という色が混じり始めたのを除けば順調そのものだ。

 そうして五体目の泥人形を倒した時、唐突に“ソレ”はやってきた。


「あ」


 頭の中に『焔』という言葉が浮かんだ。

 この言葉が精神の深いところで結びついた感覚がある。ゲームで言うところのレベルアップだ。


「どうしたんですか? ノース様」


「焔を覚えた」


「えーっ!? 本当ですか!? 早くないです!?」


 確かに。

 

 今のは言うなればレベル1が2に上がった程度のレベルアップだったはず。

 俺、レベル2で初歩の攻撃魔法『焔』を覚えたのか。

 この世界の住人としての知識で言うと、これは魔導士として生きる人生を選択できるポテンシャルがある事を意味するが――。

 マジか。俺、魔導士の素質があったのか。


 魔物と戦うと早く強くなれるというのはこの世界の住人にも周知の事実ではあるが、魔法を使うのは精神に負担がかかる事と“死んだらおしまい”という身も蓋もない事実の重ね技で、積極的にレベルアップを図るのは少数派だ。

 それにリリアさんのような特別な人間を除き、普通の人間は鍛えたところで魔物をバッサバッサなぎ倒すほどの強者にはなれない。人には伸びしろの差というやつがある。悲しい事に。

 どのくらいの期間でどんな魔法やスキルを身に付けられるのかは人によって千差万別なのだ。ほとんどの人間は強くなっても凡人の域を出ない。

 

 しかしだ。まさか守護魔法を鍛え続けてきたモブ、ノース・グライドに攻撃魔法の素質があったとは……。

 ゲームでのあいつは修行することなくいきなり魔物化してヒャッハーだったから知る由もなかったが、人としてのあいつは実は攻守両方いけるくちだったのか?

 まともに鍛えていれば良かったのに、もったいない奴だな……と思うものの、あいつは強くなるために魔物化した訳じゃないっていうのを我が事として知っている俺は複雑な気持ちになった。

 

 俺は魔物から抽出した成分を人体に打ったらどうなるのか、知りたかっただけなんだよ。

 改めて言語化するとただのバカだが、事実なんだ。

 

 考え事をしながら足を進めていくと再び泥人形が現れた。

 

「また出ましたね。倒しますか?」


「やる。少しでも強くなっておかないと後が大変だから」


「後……? って、何なんです? 何があるんですか?」


「また猿顔みたいな奴が現れるって事だよ」


 リリアさんの故郷が帝国に狙われている、とは言えないのでそれっぽい言葉で誤魔化した。

 納得した様子のシエルから俺は顔を泥人形に向け、覚えたばかりの焔を使ってみることにする。


「焔っ!」


 赤い炎が飛び出し、泥人形の表面を焦がした。

 泥人形は“アチチチ”という感じでぴょんぴょん跳ね回る。ちょっとかわいい。

 

「わぁ、本当に焔を覚えてる……!? すごい! ノース様!」


「フッ」


 ちょっと調子に乗りたくなった俺はキメ顔で笑ってみた。その時どこからか氷の塊が飛んできて俺の頭に当たった。

 ゴスッと豪快な音と共に吹っ飛んだ俺は地面に倒れ込み、シエル(と泥人形)は何が起きたか理解が追い付かず笑顔のまま固まる。


「きゃああぁーっ!! ごめんなさい! だいじょうぶですか!?」


 背後から女の声。

 誰だ!?


 顔を上げるとウエーブがかった亜麻色の長い髪の少女がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

 その後ろからは何だかやたらと立派なオーラを発する男が彼女を追うようにゆったりと歩いてくる。なんとなく、優雅な歩き方が普通の人間とは違うような気がした。


「ちょ、ちょっとノース様! 大丈夫ですか!?」


「キュッ」

 

 ようやく動き出したシエルがサクッと泥人形を倒し、俺の横にしゃがみ込む。

 

「ああ、大丈夫だ。……いったい何事……?」


 俺とシエルは警戒を強め、謎の男女二人組を睨み付ける。

 しかし女の方は俺達の警戒など気にもしていない様子でずかずかと近寄ってきて俺の前でしゃがみ込んだ。


「やだぁ、本当にごめんなさい……! まさか人に当たってしまうなんて! 怪我してませんか? だいじょうぶです?」


 亜麻色の髪の少女が俺の頭に手を伸ばしてくるのをシエルが無言で叩き落とした。

「きゃっ」と言って手を引っ込める少女を、背後の立派な男(なんかイケメン)が諫める。


「こら。急に人の頭に触ろうとしたら警戒されるに決まっているじゃないか。こういう時はもっと丁寧に――妹が大変失礼をしました。お怪我はありませんか? 剣士様――と、このように話しかけるんだ」


 はぁい、と拗ねたような返事をする少女。

 なんなんだ? こいつら……。


 俺とシエルがポカーンとしていると、男の方はハッとした顔で慌てて姿勢を正した。

 そして腰につけたバッグからポーションの小瓶を出して俺に差し出してくる。


「た、大変失礼しました。私はユリシーズと申します。こっちは妹のコーディリア。妹の魔法の練習に付き合って郊外へ出たら魔物と遭遇し、応戦していたところ妹が思わぬ方向へ魔法を飛ばしてしまい貴方に当たったという訳です。大事に至らなくて良かった……。あの、こちら。お詫びの品です。どうぞお使いください」


「……どうも」


 立て板に水のような話っぷりに押された俺は頷き、言われるがままにポーションを受け取る。

 ユリシーズ……。

 なんか覚えがある名前だな。コーディリアも。


 確か……リリアさん達と共に帝国軍に立ち向かう一派に、同じ名前のキャラがいたような。

 どんな背景のキャラだっけ。結構大事なポジションだった気がするんだが。

 

「あのね。いきなり魔法をぶつけといてポーション一本で済ませるつもり? 誠意を見せなさいよ、誠意を」


「やめなさい、シエル。俺は平気だから」

 

 チンピラみたいな絡み方で食ってかかるシエルを止めつつ必死に記憶を絞り出す。

 えーと……えーと……。


「あっ!!」


 思い出した!


「……? どうしましたか? ノース様」


「いや……なんでもない……。とりあえずシエル、少し後ろに下がろうか」


「なんでですか?」


「いいから」


 この二人、家名は伏せたけれど実はとんでもない大物だ。

 ユリシーズ・アステルにコーディリア・アステル。

 リリアさんの故郷・サウスウッド村を擁するアステル王国の王子と王女。ロイヤル兄妹じゃないか!

 

 な、なんでこんなところに王族が……!?


 王子は爽やかな微笑を浮かべながら、王女は少しふてくされたような顔でシエルにはたかれた手をさすりながら、少し後ろに下がった俺達を見ていた。


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悪役モブに転生した。生き方を改めたら女勇者がデレた。勇者パーティは今、俺の取り合いで分裂中らしい。 @panmimi60en

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