13.こんなので照れるとかザコすぎwwと君が言ったから、今日はクソガキ記念日
街を出てるとだだっ広い草原が広がっていた。
人の居住区とは明らかに空気が違う。何が違うって、魔物の匂いがするんだ。
魔物と一口にいっても種類は色々だし、どんな匂いか説明するのは難しいのだが。他人の家の匂いというものがあるように人の居住区と魔物の居住区では匂いが違う。
とはいえ獣型の魔物と植物型の魔物が同じ匂いのはずはないので、きっと厳密には“匂い”ではない別の何かを感知しているのだと思う。
あれだ、よく漫画とかドラマでベテラン警官なんかが口にする『くせぇな』ってやつ。あの感覚が具体的になったものが俺達の感じる“匂い”ってやつなんだ。
きっと俺達は魔法のある世界の住人として、地球の生き物とは少し違う感覚を持っているのだと思う。
野生の魔物が人間の住む場所に襲撃を仕掛けてこないのはこれがあるからだ、という説を耳にしたことがある。
奴らは文明の匂いが苦手らしい。
この世界を画面越しに見ていた時には分からなかった事だな。
「ノース様は街の外を歩いた事はありますか?」
「あるよ。そんなに遠くへは行かなかったけど」
前世を思い出す前も魔物を捕獲するためにうろついた事は何度かある。が、戦ったことはない。
眠り薬を仕込んだ肉塊を置いて身を隠していただけだ。当然賢い魔物は警戒して食わず、引っ掛かるのはおバカな魔物だけ。
おバカな魔物は可愛いがもっと強い奴が欲しかったな……と以前の俺は思っていた。
「そうだシエル。俺、戦ったことないから最初は足を引っ張るかもしれないけど……でも、頑張るからな」
魔物を舐めている訳ではないが、なんたってサウスウッド村を帝国の襲撃から守るという目標を掲げたのだ。
月華だけでは戦えない。少しでも対抗できるようになっておかないと。
シエルは頷いた。
「大丈夫ですよ。無駄な戦闘は避ける方向で行きますから。旅人は皆そうしてますし」
「え、そうなのか?」
「はい。いちいち戦ってたら体がいくつあっても足りませんので」
そうか。
ゲームだとガンガンいこうぜスタイルで行くけど、それって万が一ゲームオーバーになってもセーブしたところからやり直せるとプレイヤーが分かっているからだ。
それに、ある程度経験値を稼いでレベルを上げておかないと後のボス戦で苦労すると知っているのもある。
現地民はザコ戦を避けるのか。へー。
……でも、それだと後で大変な思いをするな。
確かに、普通に生きていく分には逃げるという安全策を取りつつ進むのが一番良いだろう。
でも避けられない戦いが控えているのが分かっているとしたら――死なない程度に鍛えておかないと、後で確実に詰む。
シエルには悪いが、道中俺の修行に少しだけ付き合ってもらいたい。
「なぁ、シエル。ちょっとだけでいいから俺に付き合ってほしいんだけど」
「えっ!? なんですか急に! も、もももちろんOKですが! でもどうしてちょっとだけなんです!?」
「ポーションの消費を抑えないといけないからさ。町の近くでしばらく修行できるならもうちょっとガンガンいけるけど、俺達は先に進まないといけないし」
「へ? ポーション? ……あぁ、付き合うって、もしかして戦闘のことですか……?」
「他に何があるんだよ。俺はさっきまで非戦闘員だったんだぞ。少しでも武器の扱いに慣れていかないとただのお荷物になっちまう」
するとシエルは頬を膨らませて睨んできた。
「もー!! 思わせぶりな事を言って弄ぶのはやめてください!」と言って横から腕をポカポカ叩いてくる。
「ちょ、なんで!?」
痛くはないが何故叩く!?
「なんでじゃないですよぉ! そういう人だってもう分かってきましたけど、それでも動揺しちゃうんですからね!」
怒りが収まらない様子のシエルに叩かれながら足を進めると、数歩先の地面がにゅっと盛り上がった。
「うおっ!」
来た!
第一魔物と遭遇だ!
盛り上がった地面はみるみるうちに小さな人形となり、頭部にはぽっかりと穴が――目と口を彷彿とさせる真っ暗な穴が三つ開いた。
こいつは泥人形といってゴーレムのアカチャンみたいなもの。こいつが成長するといかついゴーレムになるらしい。
「さっそく来ましたね。ノース様、本当に戦うんですか?」
「ああ。やらせてくれ」
「仕方ないですね。じゃあ私は“盗み”に専念しますので、斬りかかる時は教えてください」
「分かった」
シエルが本領を発揮しようとしている。
そう、ここはシーフなどという謎の堅気職があるゲームの世界。そのいわれは、魔物からアイテムを“盗める”事からきている。
とは言っても盗めるのはほとんどが下級ポーションだが。
神職にしか作り出せないはずのポーションをなぜ魔物が持っているのか――行き倒れた旅人の持ち物を持ち去っているのではないか、とか色々言われているし実際そういう事もあるのだろうが、深淵という穴の存在を知っていると神気の仕業もあるんじゃないかなと思えてくる。
濃密な神気に触れたモノは、それが生き物であろうと物質であろうと何かしら変化するもので。
高位の神職者が回復魔法を使えるようになるのもそのせいじゃないかなと今の俺は思っている。
ちなみにクリア後の周回プレイでは"錬金窯"なるシステムが開放され、色々なアイテムを合成して遊べるようになるのだが。
何の説明もなくシレッと追加されるあの奇跡の錬金システムを現地人として考察するなら、あの窯こそが“神気を纏っている物質なんじゃない?”としか言いようがない。
シエルはじりじりと間合いを測り、「はっ!」と掛け声を発して敵の懐に飛び込んだ。
ためらいなく泥人形の中に手を突っ込み、攻撃される前にすぐ離れる。
「だめ、盗めませんでした」
シーフがアイテムを盗める確率はそれほど高くない。
しかし稀にとんでもないレアアイテムが出ることがあるのでシーフをやる奴が存在する。
「じゃあ俺、叩く」
「どうぞ!」
長剣を持ち、うねうねユラユラしている泥人形を剣先でツンツンしてみる。
泥人形は怒って弾丸のような泥飛沫を飛ばしてきた。
「うお! あぶねー!」
紙一重でかわした。危なかった。
「もう、何やってるんですか!」
「いや、突っついたらどうなるのかなと思って」
「探求心があるのは素敵ですけど、あれ喰らうと意外にダメージ貰いますよ! 倒すなら早く倒しちゃいましょう!?」
「そうだな」
幸いにして泥人形は序盤によく出る魔物で、旅のスタートとも言えるリリアさんの村の周辺にもいた初心者向けの魔物。
よって俺でも倒せる相手のはずだ。
長剣を構えて腰を落とす。すると敵がバッタみたいに跳んで俺に突進してくる。
咄嗟に剣で振り払った。剣は泥人形の腹に当たり「キュッ」と鳴き声を上げた。
「わ! すごーい! カウンターですか!? リリアがやろうとしてよく失敗してたやつですね!」
「マジで!?」
引き付けて当てる――確かにリスクが高い反面、成功すれば大きなダメージを与えることができる。
リリアさん、チャレンジャーだな……。そんな感じで大丈夫なんだろうか。
泥人形は今の“まぐれカウンター”で倒せたようで『キュウゥ……』と鳴きながらデロリと溶け、ただの泥に戻っていった。
……あんまり武器の扱いを学べなかったな!?
まぁいいや。次行こう、次。
「あーあ。私達、泥まみれになっちゃいましたね……。あんまり魔力を消耗したくないのですが、仕方ないですね。ノース様、息を止めて下さい。生活魔法で洗い流します」
「あ、いいよ。俺がやる」
研究所を守るお仕事をやめたせいで、今の俺は魔力があふれんばかりにみなぎっている。
あいにく戦闘に有効な魔法は何一つ使えないのだが、生活魔法くらいならいくらでも放てるぞ。
「いいんですか?」
「うん。いい? 息を止めて。――『ロゼ』」
水の生活魔法の言葉は『ロゼ』である。
この世界の全ての人間が、水をちょっと使いたい時に『ロゼ』と言う。
地球の色んな国の言語が節操なく使われている辺りさすが日本製のゲームだなと思う。
ロゼの水は俺達の体を包み込み、泥を洗い流してゆっくりと消失し始めた。
火でも氷でも水でも、魔力で発生したものは魔力を補い続けなければいずれ消えてしまうのだ。
このへんはシンデレラの魔法使いと一緒だな
……って、おい!
「ふー。ノース様のロゼは一味違いますね~。なんていうか情熱的で……あら? どうかしました?」
シエルの無理のあるヨイショにも突っ込むどころではなかった。
濡れ服だ。
シエルの服が濡れてぴったりと身体に貼り付き、しかもなんかちょっとピンク色の何かが透けている。
ザザザと数メートル後ずさり、さりげなく目を逸らすとシエルは自分のセクシーな格好に気付いたらしく「ああ……これですか。あれ? もしかしてノース様、こんな事で照れちゃうんですかぁ? ちょっとピュアすぎません~?」
と、見せ付けるようなポーズを取りながら歩いてきて、ニヤ~っと笑いながら顔を覗き込んできた。
この時俺はシエルに対して初めて(こいつ……クソガキか!?)という思いが生まれた。
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