12.ジョブチェンジ
出立前に俺は焼け跡に戻り、耐火金庫(デカい)から研究所の運転資金を回収した。
それを持って部下達(飲み屋でたむろしていた)のところに行き、研究所が燃えた件と明日からしばらく休みになる件を話す。
再開の目途は立っておらず、余所に行きたい者は行っても構わない事。
それと地下の危険物を回収しておいてほしい事。
金を部下達に配りつつ簡素に用件を伝え、飲み屋を後にした。
これでグライド研究所は事実上の解散だ。
いずれどこかで再開したい気持ちはあるが、皇帝に盾突くと決めた以上生き残る事が前提になる。
それから、手元に残った僅かな金を持って武器屋に行った。
俺の魔法は防御に特化しているからな。戦うなら武器を使うしかない。
「いらっしゃいませ……あ? 誰かと思ったら昼間のイカレ学者じゃないか。今度はなんだ? 白竜の剣ならまだあるが」
「いや、今回はアレじゃなくていい。初心者でも扱いやすい武器をくれ。旅に出るんだ」
「そうか。お前んとこの研究所、燃えちまったもんな。再建の資金を調達する旅か?」
「まぁ、そんなとこ」
適当にはぐらかしてオヤジによる武器の説明に耳を傾ける。
「初心者でも魔物の相手が出来る得物となると槍がいいんじゃないかと思うが、いやしかし下手な取り回しで折れやすいのも槍だな。それとすばしっこい奴やちっこいのが相手の時、間合いに入られたらやりにくいか。まずは長剣か無難に短剣でどうだ。扱いやすさで言えば短剣かね」
「短剣か。悪くないが……。さすがに心許ないな。かなり接近して戦う事になるんだろう?」
「まぁな。だったら短剣と長剣を両方持てば良い。状況によって使い分けるんだ。魔法と同じ事だな。……金はあるんだよな?」
「……ギリだな。今日一日でほぼ使い切っちまった」
「何をやっとるんだ」
呆れ顔になったオヤジは短剣と長剣をカウンターに置き、何やら隅の方に行って木箱をごそごそし出した。
「ああ……あった。ほらよ。古いモンで悪いが、俺の思い出の品だ。持ってけ」
そう言ってオヤジが出してきたのは古びた黒いシャツと旅人用の黒い外套だった。
「これは……?」
「俺が若い頃、仕入れの旅で使ってた装備だよ。シャツは鋼麻で織られていて見た目よりずっと防御力が高い。こっちの外套は火鼠の毛皮が織り込んである。魔法の威力をかなり軽減できるぞ」
「品物の説明は分かるんだが……。なぜそのようなモノを出してきた? 全部は買えないぞ」
「やる、と言っただろう。武器だけでスッテンテンになっているようじゃ街から出た途端に狩られてお終いだよ」
「オヤジ……」
ツンデレだとは思っていたが想像していた以上にツンデレだった。
「本当に良いのか? なぜ、俺なんかに」
「いやな……。昼間、お前が帝国の工作員みたいな男とやり合ってたって噂で聞いて……。最近、キナ臭い話をよく聞くだろう? 実際、鋼鉄の値上がりで商品の仕入れがままならなくなってる。こりゃ近いうち戦があるなと思ってたんだが、大喜びで戦に協力しそうなお前さんが工作員を突っぱねたなんて聞いたらよぉ……。年甲斐もなく熱くなっちまった。年を取るとな、意外な出来事って無くなっちまうんだ。大抵の事は予想した範囲内におさまっちまう。そんな中、久しぶりに予想外の事が起きたんだよ。こりゃ支援するしか無いってなもんだ」
俺、オヤジにも戦に協力しそうな奴だと思われてたっぽい。
確かにリリアさんに会わなければそうなっていただろう。何も否定できない。
しかし帝国の住人のくせに反逆者ムーブを取る俺を支援するとは……なんつうか、ロックなオヤジだな。逆張りオヤジとも言うが。よく今まで店を維持してこれたもんだ。
「ありがとな、オヤジ。使わせてもらうよ」
「そうしてくれ。せっかくだから今着替えて行ったらどうだ。その血まみれの服は処分しといてやるぞ」
「おお、すまん」
さっきの爆発の負傷で血がついた服を脱ぎ、鋼麻のシャツに着替える。
鋼麻はその名の通り、鋼のような強い繊維を持つ麻だ。糸にするのも織るのも大変で非常に値が張る逸品という話を聞いたことがある。
これが鋼麻のシャツか。
なんか……おばあちゃんちのタンスの匂いがする。
「しっかり防虫しといたからな。虫食いはないはずだ」
「そうだな。ナフタレンの匂いがするよ」
「頼むぞ……。俺はな、娘が隣の国に嫁いでるんだ。孫もいる。戦なんてまっぴらごめんなんだよ」
娘さんが?
そっか。ただの逆張りオヤジじゃなかったのか。
確かにそれは心配だよな。
「……俺は研究所再建の資金調達に行くだけだぞ」
「おっと、そうだったな。頑張れよ。長剣の扱いに慣れたら今度こそお前に白竜の剣を売ってやるからな。また来いよ」
「ああ」
短剣と長剣ぶんの金を支払い、おばあちゃんちのタンスの匂いがする古びた外套を羽織ってシエルの待つ教会へと向かう。
シエルにはポーションの調達を頼んでおいたんだ(俺は教会苦手勢なので)。
教会の重い扉を開けて中に入ると長椅子に座ってボンヤリと神像を眺めているシエルがいた。
シエルはすぐに俺に気付いてパッと振り向いたかと思うと、目を丸くして両手で口元をおさえる。
「カッコいい……!」
何やら小声で言ってるようだが聞こえない。
「お待たせ。行こうか」
「は、はいっ。あの……服、替えたんですね?」
「あー、武器屋のオヤジがくれたんだ。昔使ってたやつだって。……やっぱ変か? 多分30年くらい前の服だと思うんだが」
「いいえ!! ワイルドかつセクシーで最高だと思います!!」
「なんだそりゃ」
「黒が似合いますねって事ですよ」
そう言いながらさりげなく腕を絡めてくる。
「なんか……おばあちゃんちの匂いがしますね」
「やっぱり?」
俺はさりげなくシエルの腕をほどき、距離を取った。
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