11.仲間


 月華がメリアの爪を弾き返した。


「これは……っ! 地下薬品庫の魔法!? ……ノース様っ!!」


 メリアはすぐさま地下倉庫を覆っていたアレだと気付き、俺に(何してくれんの!?)といった目線をよこす。

 俺は構わず猿顔に向かって月華カプセルを投げ付けた。


「なんだぁ!? 得体の知れない魔法を使いやがって! こんなもん――」


 即座に反応した猿顔は大剣の柄に手をやり、鞘から引き抜く。


「斬り裂いてやる!」


 いいぞ。望むところだ。

 

 大剣が振り下ろされる。

 月華カプセル、解除。

 光は消え透明な液体が宙を舞った。

 さすが部下というべきか、俺の狙いに気付いたらしいメリアが「だめっ!!」と声を上げる。

 

「もう遅い」


 刀身が弾け飛んだ。

 

 とてつもない衝撃と破裂音。俺も巻き込まれたが爆心地の猿顔よりはいくらかマシだ。

 

 痛ぇ……。

 あと、耳が聞こえない。


 地面に座り込んだ。目がチカチカする。

 

 ――どうなった!?


 必死に目を凝らして周囲を窺うと、仰向けに倒れている猿顔と身を縮こまらせてしゃがむメリア、そして月華の淡い光に守られて停止したままのシエルがいた。

 猿顔は倒せたようだ。

 

 良かった……。

 

 だんだん聴覚が戻ってきた。

 ダメージを最小限に留めたらしいメリアはおそるおそる顔を上げ、猿顔の惨状を見て息を呑む。

 俺はメリアに言った。


「メリア。頼む。ここは退いてくれ。……ニトロはまだいくつかある。お前にはぶつけたくないんだ」


 残りの月華カプセルを見せながら言うと、メリアは唇を噛んでヨロヨロと立ち上がり、腹のナイフを引き抜いて猿顔の腕を肩に乗せた。


「ぐっ……。今は、退いてあげます。でもいつか、傷が癒えたら必ず……迎えに来ますから……」


「勘弁してくれ」


 猿顔を引きずって退散していくメリアを見送り、それからシエルの元に駆け寄って月華を解除する。

 

「ノース様……」


 停止状態から戻ったシエルは表情を微笑みから泣きそうな顔に変えた。


「大丈夫か、シエル!? 怪我はどうだ!? 痛むか!?」


「いえ、大したことありません……。それより、ノース様の方が……」


「俺だって大したことないさ! 良かった……!」


 シエルは俺の腕に刺さった大剣の破片をそっと取り除き、腰に取り付けてある小さなバッグからポーションを取り出した。

 それを俺の怪我に振りかけようとしてくる。


「俺はいいよ。自分の怪我に使いなさい」


「でも」


「いいから」


 シエルの手からポーション瓶を取り頬から肩にかけての傷にかけた。

 傷は浅かったようで、みるみるうちに塞がっていく。

 一本を使い切る頃にはすっかり元の白い綺麗な肌に戻っていた。


「……凄かったですね」


 ん? ポーションの事か?

 

「そうだな。教会の回復薬はどんなに研究しても俺には真似できない――」


「違いますよ。ノース様の魔法です。あんなの初めてでした。私にかけてくれたのと猿顔に使ったのは同じ魔法ですよね? 守るのにも攻撃するのにも使えるなんて、凄すぎませんか?」

 

「攻撃にも使えると言えばその通りではあるんだが、二度目は無いやつだな。次は対策されるだろう――。ん? シエル、停止中も周りの出来事を認識できていたのか?」


「はい。全部見てました」


「全部?」


「全部です。ノース様が凄い爆発の魔法を使って猿顔を倒すところ、全部」


 青白かった肌にぽっと血色が戻る。

 元気が出てきたみたいだ。本当に良かった。

 

 それにしても月華の体験者の話は貴重だな。初めて人に使ったもんな。

 中の人は体が止まっても周囲を認識しているのか。

 へー。知らなかった。

 

「ほんとうに……凄かったです。助けに来てくれて、ありがとうございました」


 ぎゅっと抱き付いてきた。

 考えようとしていた事が全部吹っ飛んだ。

 

 いけない。


 それは、いけない。


 肩を押してさりげなく距離を取る。

 

「……それより、シエルはこれから妹さんのところに向かうんだよな。一人で大丈夫か? 今の奴らみたいなのがまた現れたら危険じゃないか?」


「私もそう思うんですけど……リリア達はリリア達の用事があるし。ここまで来ておいて私のために引き返してもらう訳にはいかないので」


 そうなんだよなー……。

 リリアさんの旅の目的は帝都の図書館にいる父親を村に呼び戻す事だ。

 

 なぜ父親が帝都の図書館にいるのか。

 それは彼が村長を務めるサウスウッド村の中心部に謎の小さな穴ボコが突然出現し、日に日に大きくなっている様子のソレが何なのか調べるためだ。

 虫や小動物の仕業ではない。なぜなら穴ボコの中は真っ直ぐで底が見えず、いったいどこまで続いているのかという深さだから。

 生き物の巣であるなら地面に対してどこまでも垂直であるという事は無い。ならば何なのか、考えても分からないので世界で一番蔵書の多い帝国図書館に向かったという訳だ。

 

 パパを呼び戻す必要が生じたのは、ある日その穴ボコから一体の魔物が這い出てきたから。

 ごく弱い魔物で、その時はリリアさんを含む村人たちで倒して事なきを得たが――弱いとはいえ魔物が出てくる穴なら村人たちは何らかの対策をしなければならない。

 領主、ひいては国王に話を通して何とかしてもらうか、それとも村自体を放棄して他の場所に移住するか。

 いずれにしても国の偉い人に話をしに行く必要が生じた。

 だから村長に戻って来てもらわないといけなかったのだ。

 

 ちなみにその穴を皇帝は“深淵”と呼んだ。

 深淵は神界に通じていて、這い出てくる魔物の正体は地中で神気に当てられた虫や小動物が変化したもの――という話だった。

 リリアさんは村を焼かれたあとこの穴に落ちて神なる存在と出会い、聖なる力を授かるはずだった。

 

 帝国がリリアさんの村を襲ったのはこの深淵に用があったからに他ならない。

 実は皇帝は膨大な資金と魔力を投入して人工的に深淵を作り出す実験をしていた。

 結果、魔力版の地脈というのだろうか。魔力の道的なものを通じてなぜかリリアさん達の村に穴ができてしまった。

 ゲームの陰鬱なストーリーは全てこの偶然のせいだったのだ。


 俺は考えた。

 

 薄々“そう”しなければいけないような気はしていた。

 

 俺がその役割を放棄したとしても、帝国が、皇帝が在る限りリリアさん達の村に迫る危機は消えてなくなったりしない。

 

 前世の俺がこのゲームをプレイしたのは中学生の時だった。

 (当時は)少しだけお姉さんであるリリアさん達に憧れの気持ちを抱いた。

 困難に立ち向かうリリアさん達を応援した。

 傷付いても傷付いても立ち上がる姿に涙したこともある。

 中二なところも含め、思春期ド真ん中の心にバチっとハマるあのゲームに触れた経験は、間違いなく俺の人生における宝であったと言える。

 

 ……乗りかかった船だ。

 

 リリアさんの故郷の村を、どうにかして守りに行こう。

 それが、宝のような時間をくれたリリアさんたちに対する俺なりの恩返しだ。


「シエル。もし嫌じゃなかったら、なんだが……。俺と一緒に行かないか?」


「えっ……?」


「俺、サウスウッド村に用があるんだ。シエルの故郷は通り道だから、送って行こうかなって思うんだけど……どう?」


 シエルの目が輝いた。


「いいんですか!?」


「うん」


「嬉しい……!! ノース様とずっと一緒!」


 また抱き付かれた。

 

 ……ずっと?

 いやいや、ずっとではないよ? 故郷に送って行くだけだからな!?

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