8.切り抜けろ
前からはシエル、後ろからはリリアさんの視線が突き刺さってくる。
俺は薄ぼんやりと前世でガキの頃こっそりプレイしたときめきメモリアル(親父が隠し持っていた)を思い出した。
これは、爆弾だ。
俺は今、爆弾が爆発する瞬間に立ち会おうとしている。
何もしていないのに、むしろ一生懸命なのになぜか不満が蓄積されていきある日突然ドカンといくアレ。
あの理不尽極まりないシステムと、その後の女の子達の塩対応と言う言葉すら生易しいほどの冷たい視線は当時小学生だった男子の心にトラウマを植え付けた。
……嫌だ。
リリアさん達にあんな冷たい目で見られるようになるなんて。絶対に嫌だ。
どうしたらいい? 何がいけなかった? ああ、全員を節操なく口説いて回ったと思われているんだっけ。
そりゃダメだよな! でも違うんだ、俺は推し活をしていただけなんだよ。誰推しとかじゃない、箱推しなんだ。一人も欠けちゃいけないんだ。
推し達が仲良くキャッキャッとしていてくれるのに勝る幸せは無い。そう思っていたのにどうしてこんな事に。
……いや、落ち着け。俺。
こんな美少女達がよりによって俺なんかの好意を争う訳がないだろう。ここはギャルゲーの世界じゃないんだ。爆弾なんて存在しない。
そうだ、これはきっとアレだ。
アイドルグループ現象だ。
アイドルグループ現象とは。
駆け出しのアイドルグループはメンバー間の結束が固くて仲が良いのに、ひとたび売れ出すと人気で格差がついて互いに口も聞かなくなるほど仲が悪くなる現象の事を言う。
もし今、それに似た現象が君達の間に起きているとしたら。
誰が真のファンを手に入れたかを気にしているのだとしたら。
それは心配無用と伝えておかなくてはならない。
「シエル。何か勘違いしているようだけどな」
「は、はいっ」
「俺は特定の誰かが好きとかで動いてない」
「そうなんですか……? じゃあ、なぜこんなにも親切を?」
応援したいから――って正直に言うのはリスキーだよな。
帝国に反旗を翻した後の戦乙女リリアさんならそれも通るが、今の段階ではまだ無名の旅の美少女でしかない。
さっきせっかくリリアさん達をよく知っているのは何故かって話を有耶無耶にできたのに蒸し返されかねない。
ならば俺が言える事は一つだけ。
「――みんなが好きなんだ」
「みんな……?」
シエルは首を傾げた。
「そう。みんな。みんなが幸せに仲良く暮らしていく事。それが俺の一番の願いだ」
嘘や偽りの無い本当の気持ちを伝える。
するとシエルは両手を口元に当て、瞳を潤ませた。
「みんなの幸せのため……そんな途方もない事のために身を捧げていたなんて。ごめんなさい、ノース様。私、誤解してました! てっきりチョロい女達としてからかわれたのだとばかり。なんて深い慈愛なの……?」
「ん? 慈愛?」
俺と最も遠い種類の言葉が聞こえたんだが。
慈愛?
「待て。何か行き違いが」
「ね! リリア! こんな凄い人、見たことないね!」
シエルにつられて俺も振り向くと、リリアさんは天を仰ぎ目を閉じて立っていた。
「本当ね……。ノースのような人格者ばかりだったら世界はどれほど平和になるかしら。私だって世界中のみんなのためになんて、そこまでスケールの大きい事は考えた事がなかったわ」
俺だってないよ!?
「思い出したわ。そういえば魔物とお友達になるための研究をしていたのよね。人類だけでなく魔物までも救おうとしているなんて――ノースが考えている事って普通の人とは違うんだわ」
「いやいやいや待って。それ全部誤解……」
「謙遜しなくていいんですよ。ノース様。私ね……頭が良い人が好きなんです。自分がそんなに賢くないの分かってるから……だから結婚する相手は頭脳で道を切り開いていくタイプの人がいいなって、小さい頃からずっと思ってました」
「へ、へぇ~」
まぁそれは良い事だと思う。バカと結婚するといらん苦労をしそうだから。
俺だって君達の結婚相手はとてつもない金持ちでイケメンで、性格も穏やかで優しい奴だったら納得できるなって前世の頃から思ってたよ。
「そういう訳だから……その、覚悟しておいて下さいね!」
謎の宣戦布告をしてシエルはスカートを翻し、目の前の宿に駆け込んで行った。
覚悟?
「何? なんなの?」
コツ、コツ、とリリアさんが俺を追い越してゆっくりとシエルの後を追う。
俺の数歩前で足を止め、振り向かずに呟いた。
「私だって――」
「……なに?」
「……ううん、何でもない。送ってくれてありがとう、ノース。ここからは私がソフィを背負って行くわ。もう、宿はすぐそこだから」
「あ、ああ」
のんきにグーグー寝ているソフィ姉さんをリリアさんに託した。
リリアさんは振り返り、俺に真っ直ぐ顔を向けて微笑む。
「さようならは言わないわ。また会いましょう?」
「うん。俺はこの街にいるからさ。いつでもおいで」
「ええ。必ず」
そう言ってリリアさんは背中を向け、宿に向かって歩いて行った。
俺は彼女の姿が扉の向こうに消えるまで見送り、すぐに研究所へとんぼ返りする。
火はほぼ鎮火したものの消火隊はいまだ作業中だ。
焼け跡に人がいない事を確認するまで彼らの仕事は終わらない。俺も、日が暮れる前に回収できる物がないか探しておかないといけないからな。
「ご苦労様です」
瓦礫をひっくり返す作業中の消火隊に声をかけ、俺も瓦礫の中に足を踏み入れる。
「あ、君がここの責任者だよな? ノース・グライドか?」
「はい」
「ならば伝えておかねばなるまい。……我々の見立てでは、これは放火だと思われる」
「えっ……?」
「火元と見られる場所が裏口の近くだったんだ。つまり、何者かが裏口から出る際に火を着けて立ち去った――と考えるのが自然だな。出入り口付近からの出火は我々も注意深く調べる事になっているのだが、おそらく放火で間違いないと思う。……何か心当たりは?」
ない――と言いたいが、ある。
皇帝の懐刀、黒フードのアイツだ。シエルを連れて行こうとしたアイツは、俺の事も仲間に引き入れようとしていた。
俺の知る限りここに火を着けそうなのはアイツ以外にいない。
俺が原作から外れた行動をしたせいか?
シエルの失踪を阻止するという目先の問題は解決したものの、覇権主義の帝国は何も変わらず存在している。
黒フードのアイツが何か仕掛けてきてもおかしくはない、か。
……参ったな。
もしアイツが今でも俺を仲間に引き込もうとしているのなら、ここで待っていれば向こうから会いに来るかもしれない。
でも……シエルの事も諦めてないとしたら。
だとしたら、俺はここでじっとしていちゃダメなんだ。
戦わないと。
俺は焼け跡を掻き分けて、地下へ続く階段を見つけ出した。
真っ暗な階段を降り、危険物を管理する倉庫への扉をいくつも開けて進む。
幾重もの厳重な扉で隔てられた、奥にある部屋。
そこでは淡い光が室内を満たし、中の物質を守っていた。
俺は全魔力を投入して維持し続けてきたその光の封印術を、解いた。
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実は前々話を投稿後、改稿しておりました…。
地下に関する話を数行追加しております。もし未見の方がおられましたらすみません。
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