7.懐からキムワイプを出すタイプの男
エビが美味かった。魚も美味かった。
研究所を燃やす火を使ったやけくそバーベキューは、消火隊に「バカかお前らは!?」と怒られながらも全ての食材を綺麗に平らげて終了。
何かが吹っ切れたらしいソフィ姉さんはワインをラッパ飲みしながら俺に言われた耳の話を嬉しそうにリリアさん達に語って聞かせていた。
「さて」
怒涛の一日だったが、ここらで一旦締めないとな。
シエルは来た道を引き返して妹のところに行かなきゃいけないし、リリアさんは帝都にいる父親のところに向かわないといけない。
どちらも後回しに出来ない大切な用事だ。
俺は懐から紙ウエス(キムワイプそっくり)(常に何枚か持ち歩いている)を取り出し、エビや魚の脂がついた白竜の剣を丁寧に拭いてリリアさんに渡した。
「はい、これ。リリアさんにあげるよ」
「えっ!? どうして!? さっきも言ったけど、なんの謂れも無いのに貰えないわよ!?」
「いいんだ。俺が持っててもしょうがないし、それにリリアさん達はこれからしばらくの間一人欠けた状態で旅をしなきゃいけないだろ? 強い武器はあった方が良い」
「そうだけど……。そっか、言われてみればここからシエルは別行動なのよね。私達、大丈夫かしら……」
人数が欠ける事に改めて気が付き、不安そうな表情を浮かべるリリアさん。
原作通りではないが原作と同様に、ここからしばらくはソフィと二人旅なのだ。だから白竜の剣を渡そうとしてるのに、生真面目な性格からかなかなか納めようとしてくれない。
俺は君になるべく怪我なく、ラクに楽しく帝都まで旅してほしいんだよ。
帝都に行かないで済むならそれが一番だと思うが、他の事はともかく君のお父さんを迎えに行くのは君にしか出来ない事だから仕方ない。だから武器を渡すんだ。
俺が引く気配を見せずにいると、リリアさんはためらいながらも白竜の剣を手に取ってくれた。
「……ありがとう、ノース。私、この剣でいっぱい魔物を倒してお金を貯めて、必ず正式に買い取りに来るわ。それまで待っててくれる?」
「そんなのいいんだけど……。分かった。いつか来てくれるの、待ってる」
俺がリリアさんと頷き合っているとへべれけになったソフィがヘロヘロと俺の足元に倒れ込んできた。
「あれぇ~!? ノースは行かないの~? 一緒に行こうよぉ~。職場、燃えちゃったんだしぃ。ここでバイバイするのいやぁ~」
「姉さん……。俺が妙な事をしないか監視するんじゃなかったのかよ。しっかりしてくれよ。そんなんでリリアさんを守れるのか!?」
「監視ぃ? するする~。だからぁ一緒に行かなきゃだめでしょお?」
だめだこりゃ。
耳の内側が真っ赤だし、これは相当酔っぱらってるな。早く寝かさないと。
「姉さんはもう宿に帰って寝なさい。ほら、立てるか?」
「ん~……ヒック! 立てにゃぁい。ノース、おんぶ~」
「はいはい。背中で吐くなよ。吐きたくなったら言って」
「うん」
ソフィを背負って立ち上がると瞬時に寝落ちしたようだ。スースーと寝息が聞こえてくる。
しょうがないなぁと思いつつリリアさん達を見ると、彼女たちは複雑そうな目で俺を見ていた。
なんだ……?
酒に酔って撃沈した見た目幼女のウサ耳っ子を背負うのがそんなにおかしいか?
「あの……どうかしました?」
つい敬語になった。女子の意味深な視線に恐怖を覚えるのは前世からの刷り込みだ。
かわいければかわいいほど恐怖が増す現象、その名も『別に何でもないけど』。
「別に……なんでもないけど」
ほらぁー!! やっぱりきたー!!
やめてくれよ……。言いたい事があるならはっきり言ってくれないと分からないんだよ。
「そうか……。とにかく、姉さんを宿まで送るよ。確かこっちの方だったよな。さ、行こう」
知らないうちに踏み抜いたかもしれない地雷原をおそるおそる歩く。
後ろをついて歩く二人はしばらくの沈黙ののち口を開いた。シエルの声だ。
「ノース様は、どうして私達のことをそんなに知っているんですか……? ソフィの口振りからすると、獣人だった事も私達より先に知ってたんですよね?」
どきりとした。
そうだ。
怒涛の展開の連続で失念していたが、確かに俺は初対面の彼女達に対して色々口を出し過ぎた。
最初はこんなに深く関わるつもりが無かったし、それにあの時は急がないとシエルとリリアさんは永遠の別れをする事になると思ったから。
だから後先を考えずに突っ走ってあれこれやってしまったが――そりゃどう考えてもおかしいよな。
「さあ……。どうしてだろうな。でも、それを言うなら君達もなぜこんな怪しい男の言う事を信じたんだ? あの石化病の薬だって、本物かどうか分かりゃしないのに」
必殺・質問返し。
答えにくい質問にはこれが一番。全てを有耶無耶にできる唯一の方法だ。
弱点は相手がはっきり答えを出してきた時と相手が吉良吉影だった時だが、このパターンなら大丈夫だろ。
だって、答えはきっと俺だけが知ってる。『君達が素直だから』。これに尽きるんだ。
「それは……! あなたが嘘を言っているとはどうしても思えなかったから! だから信じたの……。だめ?」
リリアさんの声。
ああ、いかにも思春期っぽい不安そうな『だめ?』の言い方、たまらん。絶対に首をこてんと傾げていたはずだ。見られなかったのが悲しいよ。
「私は……、正直に言うと最初は信じていませんでした。でもリリアから“ノース様とは研究所で出会った”って聞いて……そんなところで働いている人ならデタラメな薬を渡してはこないだろうって思って。それで信じたんです」
やっぱり素直だ。
危なっかしいなと思いつつ、そのままの君達でいてほしいとも思う。
「そうか。確かに、あの研究所は帝国で――いや、世界で一番先を進んでいると思っているよ。まぁ、さっき燃えて無くなっちゃったけどな」
上手いこと有耶無耶に出来そうでホッとしつつ歩く。
宿まであと少しだ。
そうしたら彼女達とももうお別れ――と思っていたら、シエルが大きめな声を出した。
「あ~~~っ! 違う! 私達が聞きたいのはこんな事じゃないの!! ノース様! ひとつ聞いてもいいですか!?」
後ろからタタッと走って俺を追い抜き、前に立ち塞がる。
「な、なに……!?」
怖い。何を聞かれるんだ……?
シエルは前のめりで俺に顔を近付け、猫みたいに形の良い目でキッと睨み付けてきた。
「リリアにも! ソフィにも! 私にも良い顔して! 甘い言葉で誘惑しましたよね!? それで結局、誰が一番好きなんですか!?」
「は!?」
甘い言葉で誘惑!?
そんなのした覚えが無いぞ!?
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