6.強火のBBQ
酒屋でワインと果物系のジュース数種類を買い込み、それとあんな無機質(概念)な場所で食事をさせてしまう羽目になったリリアさん達に少しでも楽しい気分になってほしいという思いから花屋に寄って色とりどりの花束を買った。もう本気で金がない。
この花を飾る花瓶は無いが、三角フラスコにでも挿せばいいだろ。
たくさんの飲み物と花束を抱え、研究所に向かう。
重い……。けど我慢だ。
「ノース。私も半分持つわよ」
「いい……。俺が運ぶ。運びたい。どうしてか知りたいか? 俺の二つ名、馬車馬のノースっていうんだぜ……。重い物を運ぶのが大好きだからついた二つ名だ」
「そうなの!?」
嘘だよ。
素直にも信じてしまったソフィは感心したように目をキラキラさせて見上げてきた。
「すごいわ。二つ名って憧れるわね……。その道で素晴らしい実績を持つ人だけがつけられるものよ。私もいつか“雷拳のソフィ”とか呼ばれてみたいの。だから……馬車馬って呼ばれても落ち込まないで。ね?」
慰められた……!?
そんなにアカンかったか? 馬。
強くて可愛いのに。
そういう嘘をついたのは俺なのに、何故か釈然としない気持ちで角を曲がる。
もうすぐ研究所だ。重いが、あと少しの辛抱。
……ん? なんかきな臭いな。
って! えええ!?
「あら」
ソフィも声を上げた。
研究所が……
研究所が燃えている!!!
俺の愛する研究所はごうごうと猛烈な煙を噴き出して炎上していた。
「嘘だろオイ!」
俺の書いた記録や論文が!!
培養液に浸した魔物ちゃんが!!
未発表のサンプルが!!
いやそんな事よりも!
「リリアさんとシエルは無事か!?」
待ち合わせは外だったが、シエルがいる以上中に入ろうと思えば入れてしまう。
重い荷物を持ったまま外で待つのはしんどいから、先に荷物だけ入れておこうか――って展開になっていたとしても何もおかしくはない。
買い込んだ飲み物を地面に置き、駆け出そうとする俺をソフィが止めた。
「待って! 大丈夫! あの子たちの足音と声が聞こえるわ。……あっちの方から消火隊を引き連れてこっちに向かってきてる」
ソフィは帽子を外し、ぴんと立つウサ耳をぴくぴく動かしながら教えてくれた。
ソフィ姉さん……! あのイベントが起こるまで人前では決して外さなかったはずの帽子を、今ここで外してくれたのか。
勇気が要った事だろうに……それだけ仲間を大切に思っているんだな。尊い。
尊いが、いったい何が起きているんだ……?
リリアさんたちの無事を聞いて少し落ち着いた俺は、なす術なく研究所を見上げた。
今日、部下達を帰しておいて本当に良かった。リリアさんが訪ねて来なければ今頃俺達は全員煙に巻かれて死んでいたかもしれない。特に俺。
リリアさん達への愛を思い出す前の俺だったらきっとサンプルも記録も培養液の魔物も全て諦められずに、脱出し損ねていたに違いなかった。
呆然としていると角の向こうからリリアさんたちと町の消火隊が現れた。
この世界の消火隊は火鼠のコートを着て水魔法をぶっ放す魔法使いの集団だ。
伝統と格式があってプライドも高い彼らだが、近年の魔法道具の発達により水を放出する道具に取って代わられそうで、急に仕事が真面目になってきたともっぱらの評判である。
「あの、私達も消火に加わります!」
「結構だ! プロの仕事に素人がしゃしゃり出るんじゃねー!!」
あ、リリアさんが怒られてる。
かわいそう。
しゅんとしたリリアさんの横で、シエルがこちらに気付き駆け寄ってくる。
「あっ、ノース様ー! 大変なことになってしまいました」
リリアさんもついてきた。二人ともなぜか既に髪の毛がずぶ濡れだ。かわいい。
「私たちがここに着いて少ししたら煙が上がってきて……急いで助けを求めに行ったの。中には誰も残ってない? いるなら助けに行かないと」
「いや、大丈夫……。さっき俺が全員帰してたから」
「そう。良かった……」
本当に良かった。
研究の成果が失われるのは惜しいが、部下とリリアさん達が無事なら良いんだ。記憶を元にまたやり直せば良いんだから。
「……ところで、なんでリリアさん達は髪が濡れてるんだ? 水魔法でもぶっ放した?」
「ううん。やろうとはしたけど怒られちゃった。これは……ええと、その」
「ノース様に食べさせる食材を捕りに海に潜ってきました!」
「まじで!?」
確かにここは海沿いの街だが、だからこそ魚もエビもそのへんの店で普通に売っている。
そんな大変な事しなくても入手できるのに、潜ってきた!?
「な、なんでそんな……」
俺の問いかけにシエルは頬を染め、もじもじくねくねしながら答えた。
「だってノース様に新鮮で美味しいものを食べてほしかったから……ノコギリ鮫には逃げられましたけど、大きいエビなら獲れましたよ」
「凄すぎない!?」
ノコギリ鮫ってそこそこ強い魔物なんだが……。
そいつを仕留められて初めて漁師として一人前になれるとか聞いた事がある。
さすが世界の主役であるリリアさん一行だ。まさかノコギリ鮫と水中で遭遇して逃げるのではなく逃げられたとは――。
「ん? それってつまり……水着になったって事?」
髪は濡れているがワンピースは濡れてない。それってそういう事だよな……?
「いいえ! 水着は持っていなかったので下着です!」
下着!?
「なんという事を……!」
「あ、大丈夫ですよ。周りに誰もいないのを確認して入りましたから」
「そういう問題じゃない! もうそういう事はしちゃダメです!! 誰がどこで見ているか分からないのが都会! 水着が無いなら潜っちゃダメ! 分かった!?」
「は、はい……。そこまでは思い至らず……申し訳ありませんでした……!」
やらかした新卒みたいに腰を折って謝るシエル。違う。お前はそんなキャラじゃないはずなのにどうして……!
「じゃあ、この魚とかエビとかどうしよっか。結構たくさんあるんだけど」
リリアさんがそっと籠を差し出してきた。本当に生きの良い海の幸がたくさん詰め込まれている。これだけでも彼女達の昼食にかけた意気込みが伝わってくるというものだ。
「もちろん食うよ。火はちょうど大きいのがそこにあるし」
「ここで焼くの!?」
「だってリリアさんとシエルが海に潜ってまで獲ってきてくれたんだぞ! 食わないでどうする!?」
そう言って白竜の剣にエビをぶっ刺して研究所を燃やす炎にくべた。
気のせいか、白竜が悲しそうな顔でこちらを見ている。おまえ、調理に使われるような安っぽい剣じゃないもんな。ゴメンな。
研究所には可燃物も爆発物もあるにはあるが、最近は帝国の軍事侵攻が近付くに伴って入手困難の極みで量が少なくなっていた。
その少量のブツも地下深くで魔法によって厳重に封じ込めてある。周囲が燃えていても衝撃を受けても大丈夫な鉄壁の防御魔法だ。
非常に多くの魔力を消耗し続けるコスパの悪い魔法だが、研究所大好きな俺は持てる魔力の全てをこの危険物管理のために使ってきた。おかげで他の魔法が使えなかったがそのぶん信頼だけは折り紙付きだ。
この魔法は俺以外の人間には解除できないし、誰かが解除を試みた感覚も感じていない。まぁ大丈夫だろう。
するとシエルがどこからかナイフを取り出し、魚に刺した。
「じゃあ私も焼こうかな……」
「私も」
リリアさんも。
三人で海鮮直火焼きをしていると、ソフィが呆れた声を出した。
「何やってるのよ……。ノースってバカなのかインテリなのか分からないわね。リリアもシエルも、あんまり変な大人の真似をしないでほしいわ」
「いいじゃない。ソフィも一緒に焼きましょう? ……えっ!? 何その耳! ソフィって獣人だったの!?」
リリアさんの二度見。
かわいい。
「今頃気付いたの!? ここに着いてからずっと出してたんだけど」
「気付かなかった……。初めて見たわ。獣人の耳」
「……一緒にいるの、嫌になっちゃった?」
「どうして? すごく可愛いじゃない。可愛いソフィにぴったりね」
頬を赤くしてうつむくソフィ姉さん。
「可愛いって、これはそんな軽いもんじゃないのよ……。私がどれだけ覚悟してこの耳を晒したか……」
なんかブツブツ言ってる。
リリアさんは全然気にしてないのに。
少なくとも仲間内ではもう“ウサ耳は可愛い”。それで良いじゃないか。
俺は花束からひとつ紫色の花を抜き出して、ソフィの耳の付け根の髪に挿した。
「あっ! 本当だ! ソフィ姉さん、すっごい可愛い! 見て、リリアさん! シエル!」
「わぁー! 似合うわね! 素敵!」
「いいなぁー。ノース様、私にもソレやって下さい」
な? 誰も気にしてないだろ?
白とピンクのウサ耳に紫色の花が異様に映える。
ソフィは口をぽかーんと開け、信じられないものを見る目で俺達を見ていた。
そしてそっと耳の付け根に手をやり、花に触れてようやくくしゃりと屈託のない笑みを浮かべた。
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