第4話 天空大帝

「……きろ。起きろ!」


「うーん……」


「……起きねぇな。艦長。アイリスはダメみてぇだ。こいつはここに置いて——」


「ちょちょちょ!? 『うーん』って言ってたじゃん! 起きる、起きるからー!」


 アイリスと呼ばれた宇宙船の中で船外の状況を逐一大声で報告していた船員の一人が飛び上がるように起きる。


「うっ。痛た……なんか体のあちこちが痛い」


「起きたか。アイリス。無事でよかった」


「君もね、ジルド。一番ボロボロの筈の君に起こされるのはちょっと自分が情けなくなっちゃうな」


「そう言わないで、あの状況で生存できたのが奇跡よ」


 そう言いながら、ジルドの後ろから宇宙船の艦長のビスカが会話に割り込んできた。


「あ、艦長……」


「ノウンが外で私達を助けてくれた魔物と話してる。救命キューブ内で寝てる船員も全員運び出せたし、私達も外に出ましょう」


「ああ、私が最後だったんですね……って魔物!? 魔物が助けてくれたんですか!!?」


(こうもホイホイと魔物に合うなんて……! 私達がいた場所じゃ滅多に合わなかったのに、宇宙って広いなぁ!)


 立て続けに魔物に出会ったことに驚いたアイリスの様子を見て、ビスカとジルドは顔を見合わせ、ジルドがアイリスの肩に手を置いた。


「え、なに、この手?」


「覚悟しとけ。お前のことだから驚きすぎて気を失うとかあるかもしれないから」


「はい? どういう意味?」




 宇宙船からビスカ、ジルド、アイリスの三人が脱出した時、アイリスの目に写ったのは最早残骸としか呼べない船の有様と、辺り一面の雲の海だった。


「え、ここ、これは……」


「おう。どうも、ここはらしいんだ。俺達も最初見た時目が点になったよ」


「空に浮かぶ……!? もしかしてこれ、さっき言ってた助けてくれた魔物の魔法で浮いてるの!?」


「その通り! 一瞬でそこに行きつくとはやはり空より来る空の民の頭はモノが違うのだな!」


「え、ええ!? 誰!?」


 アイリス達の前に現れたのは、髭や髪が薄い黄色が混じった雲で出来ており、大王が着るような分厚いローブをまとった全体的にモクモクしている人型の魔物だった。

 よくよく見るとローブも雲でできているようで、ほんの少し浮遊している。


「お答えしよう! 我の名はクラウン! この空を統べる、天空大帝である!」


「天空……大帝……!?」


「そう! そして君達を見つけ颯爽と助けに来た救世主でもある! 褒めなさい、さぁ!」


「グイグイくる! 距離感バグってるよこの人!」


「はははずっと天空ここで孤高を貫いていたからな! 更に上から降ってくるなぞ予期してなかったわ畜生め!」


 そう言いながらクラウンはモクモクとローブをはためかせてジルド達に接近する。体が雲でできている為か、接近する勢いに反して、音がほとんどしない。


「孤高……? ずっと一人ぼっちでここに? 大帝なのに?」


「……触れちゃならないとこ触れちゃったなぁ女性の人ォ!」


「わー!? ごめんなさい!?」


(((女性の人?)))


 クラウンの奇妙な呼び方に困惑するビスカ、ジルド、アイリス。

 そこへ、先程クラウンと話していたノウンが姿を現した。


「謝罪を、クラウン。アイリスは感情で生きている人間でね。思ったことをつい口にしてしまう」


「ノウン! 無事だったんだ! 相変わらず涼しい顔して貶すなぁ!!」


「はは、アイリスも。あんなにひどい当たり方をしたというのに元気なものだ。腰、痛くないのかい?」


「うっ。確かにやけに痛いけど……何が起こったんだろ」


「あっちこっちに回転してたとだけ言っとこう。正直、お前が途中で落ちなかったのが不思議だ」


「ジルドそれほんと? どうなってたんだあたし!?」


「まぁ、この状況で貴女が落ちなかったのは本当に幸運だったわ。カルネラはそうじゃなかったから」


「え……そういえばカルネラは見てないけど……まさか落ちちゃったの!? あんな高いとこから!?」


「……ええ、丁度彼の足元に大きな亀裂が入って、そのまま……」


「それだけじゃない。人が入った救命キューブがいくつか足りない。宇宙船から放り出されたらしい」


「そんな……じゃあ、もう……」


 健康体でも、この高さから落ちて無事な筈がない。戦友達の死亡にショックを受けるアイリスだったが、ノウンがそれを否定する。


「いや、カルネラは例の助けに来た機械型の魔物が助けにいったのをジルドが確認してる。おそらく大丈夫だろう」


「おう。救助は間に合っていたのが見えた。煙吹いてたのが少し気になるが……あれなら無事だと俺は思う」


「そうなんだ……じゃあ、キューブのほうは?」


「……あの謎の一撃で、船として成立し得ない程のダメージを負ってしまったが、今あるキューブは無傷だった。キューブが無事なら、中身も無事でいる可能性は高い」


(……我ながら苦しい言い訳だ。キューブの中が無事な確率なんてむしろ低い方だろう。変に期待させて後の絶望が大きくなるかもしれない)


(でも、寝起きの彼女をこれ以上曇らせたくはないし、それに)


「そうなのかな……だと、いいな」


「大丈夫


(僕も今はこの幻想に縋っていたいのかもしれない)


 重い空気が和らいだ。それを敏感に察知したのはクラウンだった


(……あ、今かな!?)


 頑張って大きな声で話したのに置いてけぼりをくらったので、今度こそはとすぐさま会話の輪に入り込む。


「ははは! この島の主を話に加えずほったらかしにするとはいい度胸じゃないか! ……いや会話聞こえてたし不安になるのもめちゃくちゃわかるから仕方ないとは思うけどもね!」


「ああ、申し訳ない。重ねて謝罪を」


「うん。いいともさ! 許そう! ついでに手助けもしようじゃないか!」


「手助け? どういったものでしょうかクラウンさん?」


「敬語もさん付けも不要だビスカ! 壁作られたみたいで悲しくなるのでな! それはそうとして、手助けの話だが、君達の乗ってきたこのかっこいい乗り物だが今は壊れてしまっているのだろう? 僕の空島が代わりにその役割を担おうというわけだよ!」


(僕? 一人称変わってねーか?)


 ジルドはそんなことを考えたが深くは突っ込まないようにした。


「それはつまり、仲間の捜索をする際にこの空島を動かしてくれるってこと? それはとてもありがたいけど……どうしてそこまでしてくれるのかしら?」


「それは君達が空から来たからさ。空に住むものは皆同志! 困っているなら助けねば!」


(……別に住んでるってわけじゃないけど……)


「それに、君達はいわゆる、 そんなの絶滅危惧種以上にかけがえのない存在じゃないか! だってここにはいないのだから!」


「へ? ここにいない?」


 クラウンの言葉に首を傾げるアイリス。


「あー……後で言おうとは思っていたんだが……まぁ丁度いい。クラウンが言ってくれたから説明するが、気絶するなよ?」


「さっきも言ってたねそれ。もしかしてこの星も私達の時みたいに滅んで……」


「いや、そうじゃない。いやそう言えるのか? 何はともあれいなくなったわけだし……まぁいい。とにかくそういうものじゃない」


ジルドは咳払いを一つしてアイリスにこの星について話す。


「“転生”ってあるよな? 知能の高い生物が魔物へと変わるあの現象だ」


「う、うん。どういう条件でそうなるのかとかは分かってない謎の多くて例が少ない現象だけど……」


「それがこの星では


「……え?」


「人だけでなく、魚や虫なんかにも“転生”が起こった。今、この星には魔物しかいない」


「え、え……!」



「ここはまともな生物は俺達だけの魔物の楽園。千変万化が常の、文字通りの魔境なんだ」




「ええーーーーーーーーー!!!?」




 アイリスの声が天空に大きく響いた。

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