第3話 不時着

「……う……」


 腹部への妙な圧迫感でラナの目が覚める。起きあがろうにも、どうにも上にずっしりと思いものがのしかかっており起き上がることが出来ない。


(何かが……乗っかって……)


(ラナ! ごめんなさい! こんなことになるなんて思わなくて……!)


「……カルミア?」


「お? 誰だか喋ったべ? 誰もおらん筈なのに」


(! 何かいる!)


 何かにのしかかられながらも近くから聞こえる魔物の声にラナは警戒する。


「それにしてもええ火力だべ。湯も大分あったまってきた。ついてるなぁ」


「はいその言葉で全て察しましたトォーウ!」


 ラナは渾身の力を込めて(カルミアの力も総動員して)起き上がる。


「おあーーー!!? 湯が!!」


「何魔物ワタシのへその上でお湯を沸かしているんですか!?」


「おお!? 火が魔物になったぁ!? いんや、おめさん……蝙蝠で火、知ってるでよ。ラナだな!」


「! 知ってるんですか!? なんで!?」


「あったりめぇだべ。魔物の横のつながりを甘く見ちゃいけねぇべ! 特におめーは有名人だ! というわけで——」


 すると鍋をひっくり返されたふさふさの毛を纏った魔物はそれはそれは綺麗な土下座をして、


「本当にすみません! 命だけは助けてくだせえ!!」


「ワタシの名を知った後の対応としてはあまりにも酷すぎやしませんかっ!?」



 とりあえず、ラナは土下座をした魔物をなんとか正座の姿勢にまで持っていくことに成功した。



「いやぁ、おめさんらは巷で有名な『出会っちゃ行けねえ奴ら』の筆頭だからなぁ。百鬼魔盗団、魔女のカラス、見たらダメな虹、そして旅するラナとその仲間には近づくなって」


「極めて心外ですね……それらと並べてワタシ達が危険だなんて」


「だってよお、おめさん達を探してるやつが何もないとこから出た焼けた釘に刺されてバーンってなったって聞くべ? 聞いただけでも恐ろしすぎだべ」


「……あー……」


(あれかー……あの、シズルに轢かれたとか言う魔物達が追ってきた時の)


(目が艶々してて気持ち悪かったからメテットに頼んで遠距離攻撃した奴らだね。何故か益々元気になった奴)


 ラナの反応を見てどうやら本当らしいと察した魔物の目がどんどん死んでいく。


「その反応、本当っぽいな? なるほど、どうもオラはここまでのようだべ。珍しく火があると思ったが運の尽きってことか。飛んで火に入る氷山の毛玉、そして風前の毛玉だべ」


「特に何もしませんので目から光を失わないで下さい」


(カルミアが謝ってたのはこれですか。ワタシを守る為に炎を出してたら、何故か鍋を上に乗せられたと。そういうことですね?)


(うん。『こりゃいいや』っていきなり……)


 毛玉の魔物を怖がらせない為、カルミアはラナの中にいる状態で、ラナとだけ話している。


「まぁ状況は分かりました。そして今いる場所も。氷山……雪魔人の氷山脈ですか」


 氷山脈は、雪魔人の領域テリトリーで、魔物の領域の中では最も広い。

 初めはこの星で最も高い氷山を作ろうとしていた雪魔人だったが、他の魔物達によって氷山が彫刻にされたりかき氷にされたりしている内に低い山が連なった山脈となった。その結果として、雪魔人の領域は他の魔物に比べて広くなったのだという。


「おう。そうだべ。……じゃあオラはこの辺で」


 そそくさと魔物は逃げようとしたが。ラナがそれを引き留める。


「待って下さい。せめてワタシのへそで湯を沸かした分くらい付き合って下さい」


「えー……でもオラの湯全部ひっくり返っちまったし……せっかく『お風呂』ってやつが出来ると思ってたのに」


「聞くだけです。近くで黒髪の、釘を生やした女性型の魔物と、世界観の違う、関節が輪っかになってる魔物を見ませんでしたか?」


「それっておめーの仲間のシズルってやつとメテットってやつか? 確か後一体いた筈だけんど、そっちはいいんか?」


「何故当然のようにそこまでわかるのです? どこまで情報が出回っているのですか??」


 思わず聞き返すラナだったが、早く合流したい気持ちもあり、そこはグッと堪えることにした。


「ま、まあ、いいです。知っていますか?」


「片っぽは知らねえけんど、釘ならあるぜ、ほら、あそこ」


「え!?」


 魔物の指さした方を慌ててラナは見る。指差した先にあったのは黒い山があった。


「……!? まさかあの山全部」


「おう。。いきなりこんなのが現れたもんだから、雪魔人の旦那は困って今も、氷山の陰からじっと見つめてるんだべ」


 よく見ると確かに、一際大きい氷山の裏に、山のように大きな白い魔物が隠れながらも不安そうに釘の山の様子をうかがっていた。


(あれも魔物なのか。氷山だと思ってた)


(ええ。おそらくあれが雪魔人なんでしょうね。あのままおどおどさせるのも申し訳ありませんし、あの釘の山、何とかできるならしてみましょう)


(うーん。でも、シズルは何であんなもの作ったのかなぁ?)


(さぁ……シズルは寒いのが苦手だから、防寒の為とか? まぁそれは今どうでもいいでしょう)


 今は行動するべきだと判断したラナは魔物の方に向き直り礼を言うことにした。 


「ともあれ、ありがとうございます。あなたのおかげで早速シズルが見つかりそうです。ワタシたちはシズルと合流次第すぐにここから離れます」


(たち? こいつ一人だけに見えるけんど……)


「おう。……なぁ。ちなみにあの釘の山片づけてくれるんだよな? 流石にあれで放置は困るべ」


「まぁ、なんとかしてみます。それでは」



 ラナはカルミアを自身の蝙蝠の羽にまとわせ、ふわりと浮き上がる。そして、


「お?」


 ジェット機顔負けの速度で釘の山目掛けて飛んで行った。


「おおおおお!!?」


 その時生じた風圧で魔物はゴロゴロと転がった。


「……あれ、こうなるって気づいてねえべ。やっぱりあぶねぇやつだったべ……」


 転がった魔物はゆっくりと起き上がり、鍋を持ち上げる。

 やれやれ、といった感じで、ひとまず、自分の住処に戻ることにした。


「それにしても今日は変なことがよく起こるべ。空からラナが降るわ、……あれ、中に魔物が入ってるようだけんど、何なんだろうなぁ?」


 そんなことをぶつくさ呟いていたら、地鳴りが聞こえ始めた。


「……今度はなんだべ?」


「……——ラ——ナ——……」


「声? ずいぶん遠くからやまびこみたいに……って」


 魔物は音のする方を見てぎょっとした。


「……釘の山が動いとる……」


 ズルズルと釘の山がゆっくりとスライドしていた。動く先を見てみると、火の玉のようなものが先導しているように見える。



「……今日は本当変な日だべ」


 ぼそりと魔物はそう呟いた。

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