第3話「イケおじと聖女 歯車と逆回転」

 ギチギチ、ギチギチ、と嫌な音を唸らせながら逆回転する大きな歯車。「アレは間違いなく危険だ」とわたしの中の何かが警鐘を鳴らしている。ひとまず、あの異様な歯車を止めよう。そうすれば、何か変わるかも。た、たぶん。

 とはいえ、どうやって? 聖女といっても、オーバーヒートする歯車を冷却する役割としか知らないし、その経験すらない。そもそも、あんな逆回転する歯車を聖女がどうにかできるものなんだろうか。

 いざ助けようと意気込んだはいいものの、何の手立てもない。何より歯車の知識がなさすぎる。どうすれば…と固まっていると、後ろから強い語調が飛んできた。


「何をしているんだ!! この車両は今にも大破しそうなんだぞ! ハイジャック犯に同情する君の気持もわかるが、まず君の安全が第一だ。さあ!早く!」


 …待てよ。この渋くてスマートなお兄さん。歯車の法律だとか魔術の仕組みがどうだとかいろいろ歯車に詳しかったな。何かを知っているかもしれない…。若干の神頼みもこめて、逆回転する歯車を指さす。アレをどうすればいいのか。どうやったら止められるのか。なんでもいい。何かヒントさえくれれば…!


「……? 何を指しているんだい?」

「っ!?」


 えっ、もしかして、見えてない!? あんな普通自動車並みで大きくて禍々しい歯車が!?

 もう一度しっかり確認したくて、力強く、歯車の中心を指さす。彼の目から見ると虚空を指さす狂人になっているのだろうか。だとしたらだいぶ詰んでいる。


「……聖女さん、もしかして君には、僕たちには見えない何かが視えているのかな? 僕には、今にも崩れて大破しそうな車両の屋根しか見えないんだけどね」

「!」


 さ、察しがいいぞ!このお兄さん! 肯定の意味も込めてブンブンと首を縦に振る。ついでに口もパクパクさせて声が出ないことをアピールした。こういう頭の回転がはやい人とは、はやめに情報を共有しておくに越したことはない。


「なるほど。聖女さんには何かが視えていて、なおかつ声を出せないからそれを伝えられないのか……。もしかして、その視えているもので今の状況を打開できるのかな?」


こ、この人、只者じゃないぞ! そうとう頭が切れるし、なにより勘がきく。わたしが喋れなくても、全然意思疎通できる!意図を汲み取るのがうますぎる……!


「指をさしてこちらを頼ろうとした…ということは、僕の知識を頼りたかったんだね。なるほど、よし、わかった。聖女さん、今視えているモノを端的に表現することはできるかい?」


 歯車のジェスチャーなんてやってことないけど…。今は一刻を争う事態だ。早くしないと、逆回転の歯車はまるで引力を持つように、少しずつ床と屋根をねじり取りながら引き寄せる。このままでは車両は大破。線路に引きずりこまれてミンチになるか、もしくはあの歯車に吸い込まれるか。

 とりあえずくるくる右手の人差し指をまわして、左手でゴツゴツとした角ばった部分を表現する。


「…!歯車か!君には歯車が視えているんだね!」


 て、天才だーーー!!!よくこれでわかりましたね!?もしかしてジェスチャーゲームチャンピオンかなにか!?すごい!天才すぎる!

 ついでにそれが逆に回転し出したことも伝えたい。歯車とはもう伝わったんだ。両手で回転方向が乱れて後ろに回りだしたとわかるように…!


「なるほど。はじめは正常な回転をしていた歯車ロゴスが、反対方向へと回りだした、ということかな?」

「!」

「あたり、って顔だね。光栄だよ。けど、残念ながら聖女さん、僕から君に助言できることは、やはり避難すべき、ということだけだ。逆回転する歯車ロゴスなんてこれまで見たことも聞いたこともない。歯車は優れた魔術だが、同時に瓦解しやすい魔術式だ。そんな逆回転なんて異常動作が発生するなら、この列車が今現在も走り続けているのは明らかにおかしい。……それにそもそも、聖女の能力はオーバーヒートした歯車の冷却だ。逆回転して暴走する歯車を止めることができるかどうかなんてまったくわからない。それでも……君はやるのかい?聖女さん」


 やる。――その意味も込めて、拳をぎゅっと握った。


 どうせここで逃げたところで、わたしたち乗客が危険なことに変わりはない。だんだんと列車の走行も不安定になってきて。キイキイと激しい車輪の軋む音がする。心なしか速度も増しているようだ。この列車が歯車による魔法で動いているのなら、この目の前の歯車をどうにかしない限り、安全な場所なんてない。


「参ったな……。君はなかなかに賢い子みたいだね」


 目だけでわたしの意思が伝わっているみたいで、お兄さんは困ったように肩をすくめた。

 心の中ではお兄さんって呼んでいるけれど、本当はきっと三十後半か四十手前のおじさんなんでしょう。その往年の知識と経験で、もう少しだけこのいたいけな聖女に付き合ってくれたって、バチは当たりませんよ。


「君、今失礼なこと考えたでしょ」


 お兄さんの真似をするみたく肩をすくめる。それを見てハハ、とお兄さんが笑った。


「わかりましたわかりました。このアラン・ダウニー。精いっぱい聖女様に御伴します」


 お兄さん…改め、ダウニーさんが、恭しく芝居がかったお辞儀をする。ハイジャック犯がさっさと助けてくれとばかりに向こうで泣きべそをかいているから、おふざけはここまで。

 さあ、イケおじと出陣だ。

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