第五話 事件の真相を突き止めれば 2
「そうだ」
「どうした?」
ヴァンデンスが、こちらを不思議そうに見てくる。
「閃いたんです。この事件、大がかりすぎる。組織的犯行にしても。ヴァンデンス様。流れの魔法使いを雇うのって、決して安くないですよね?」
「そうだな。魔法を使えるというだけで職がある。流れの魔法使いになるのは、国を追われたり事件を起こして失職したり……と後ろ暗い者だけだ。その分、引く手あまたで、民間で雇われるとしたら高給だ」
「やっぱり」
リゼットがうなると、ミランダが
「それで、閃いたことってなんなのよ?」
と問いただしてくる。
「今回の組織は、もともと金があるんだ。だけど、アウラ警察の発足以来、大きな犯罪者組織は減っている」
理由は単純で、警察が創立されたことにより犯罪が減り、とりわけ大規模な犯罪者集団のメンバーは逮捕されて数が減ったからだ。
「じゃあ、潜んでいた大規模犯罪組織が犯行に及んでるんじゃないの? 少しずつ資金を貯めててさ」
「いや――それはおそらく違う。金だけしか盗まないことを思い出してくれ。ミランダが言ってたじゃないか。『貴族や大商人は大慌てで、銀行に財産を預けているとか』って」
エルの疑問にミランダのセリフを引用して答えると、エルもミランダも眉を寄せていた。
「銀行!?」
ミランダが青ざめ、叫ぶ。
「なるほどね! だから金以外を盗んでいたんだわ。全部盗んだら、預ける分がなくなるものね」
「それに……金なら、一応説明がつきますよね。実際、ぼくらも『金は宝石より価格の変動が少ないから金に絞ったのでは』と推論を立ててしまった」
エルのつぶやきで、リゼットはまんまと犯人の誘導に乗ってしまったのだ――と痛感した。
「第二課に頼めばわかるかな? 最近、経営難に陥っている銀行が」
「多分……。でも、リゼット。銀行自体が経営難なら資金を出せないんじゃないの?」
エルが小首を傾げた。
「銀行なら出せるんだよ。銀行は財産を預かる商売なんだから」
リゼットの意見を聞き、ヴァンデンスが深くうなずいた。
「一時しのぎはできるな。預かっていた財産で雇い、金を盗ませていた。経営状況を調べるよりも、財産を預けるならここが安心――といったうわさが流れている銀行があるはず。それで誘導したんだ。そのうわさを突き止め、踏み入ろう。早くしないと逃げるぞ」
「はいっ! 私、第二課に聞いてきます!」
リゼットは居ても立ってもいられず、立ち上がって部屋を飛び出した。
ソリド銀行は魔法使いも雇っていて、警備も厳重で、ここに預ければ安心――といううわさが、いつからか流れていたらしい。
第四課とヴァンデンスはソリド銀行に急行した。
ソリド銀行は休日でもないのに閉店になっていた。
ヴァンデンスが呪文を唱えて鍵を破壊し、リゼットが足で扉を蹴破る。
「そこまでだ!」
剣を引き抜き警告すると、ロビーで荷物を積めていた男たちが顔をあげた。
全部で、二十人ぐらいだろうか。全員、目つきが剣呑だった。
ひとりが立ち上がり、風の魔法でかまいたちを生み出し、こちらに飛ばしてくる。
そのかまいたちは、ヴァンデンスの生み出した水の壁で防がれ、霧散した水は八ツ又に湧かれて魔法使いの男を襲った。
悲鳴をあげる男は、水でぐるぐる巻きになる。
その間に、男たちが短剣や長剣を持って、こちらに襲いかかってくる。
ばん、と音がしたあとに裏手から第二課が入ってきた。
挟まれた形になったが、男たちは諦めずに剣を振るってくる。
第四課のほうが御しやすいと思ったのか、こちらに向かってくる人数が多い。
リゼットは右手に持った剣で剣戟を防ぎ、左手で腹をぶん殴り、隙が生まれたので右手の剣で相手の首を殴打し――と剣術と体術を駆使して、相手を戦闘不能にさせる。
ミランダも優雅な剣さばきで剣を弾き飛ばし、膝蹴りで敵の意識を失わせる。
エルは身軽に立ち回り、剣で敵の手を斬って戦意を喪失させたところで、跳び蹴りからの回し蹴りで相手を倒す。
敵は、まだまだかかってくる。
第四課は冷静に対処した。
ヴァンデンスの援護もありがたく、危ないところは水の壁で防ぎ、それだけでなく積極的に魔法で相手を倒してくれた。
第二課も加勢してくれているが、追いつめられているせいか敵が強く、なかなか数が減らない。
「――リゼット。大魔術を展開する。その間、私は無防備になる。援護を頼めるか」
ヴァンデンスが、そっとささやいてきた。
「了解です!」
相手の剣を剣で受けながら返事をして、相手を蹴り飛ばす。
「ミランダ、エル。ヴァンデンス様を囲め! 倒すよりヴァンデンス様を守ることを優先してくれ!」
「わかったわ!」
「りょーかいっ!」
指示を出すと、彼女らはすぐにヴァンデンスを囲んで敵に対峙する。
敵の猛攻をしのいでいる間に、ヴァンデンスが詠唱を紡ぐ。
(――長い)
力のある魔術師ほど詠唱なし、または短い詠唱で魔術を発動できる。
普段、詠唱なしで魔術を行使するヴァンデンスがあれほど長い詠唱を唱えているのは、それだけ高度で力を使う魔術を使うつもりだからだろう。
「精霊ウンディーネよ、敵の力を奪え!」
最後の一節を、彼は高らかに歌い上げた。
リゼットは、いきなり頭上に現れた女性に目を奪われる。
水でできた体、髪。
人間でないとすぐにわかるほど、美しい顔立ち。
精霊は両手をかかげ、悲鳴にも似た高い声を響かせた。 その声は不思議と、不快ではない。
あの声を聞いただけで、敵は耳を押さえて皆ばたばたと倒れていった。
警官とヴァンデンスは全員、無事に立っている。
ヴァンデンスがまた詠唱をすると、精霊はふっとかき消えた。
「す、すご……」
エルが驚くのも無理もない。
リゼットも、精霊など初めて見た。
しかも、敵だけに精霊の魔法を有効にしたのは、ヴァンデンスがそう調整したからだろう。
(あらためて、すごいひとだ……)
「皆、無事のようだな」
本人は涼しい顔をしている。
「ボーッとしてないで、みんな! 捕縛しないと!」
ミランダが気づかせてくれたので、リゼットも慌ててベルトから縄を外した。
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