第五話 事件の真相を突き止めれば 1


 夜勤明けということで、本日、第四課は昼からの出勤だ。


 他の課はどうしているのだろう、と思いながらリゼットは職場に顔を出す。


 既にミランダとエルは席に着いていた。


「おはよう」


 声をかけて着席すると、ふたりから眠そうな「おはよう」が返ってくる。


(いま思えば、おはようの時間帯じゃなかったな……。まあいいか)


 どうでもいいことを考えていると、エルが声をかけてきた。


「ねえ、リゼット。君は現場に居合わせたんだろう? なにか気づいたことはなかった?」


「気づいたといっても……戦うのに必死でさ」


 昨日、リゼットとヴァンデンスが妨害したおかげで窃盗は防がれていた。


 犯人が持っていたのもまた金でできた装飾品ばかりで――それが詰められた袋が、バルコニーに落ちていた。


 犯行を未然に防げたのはよかったのだが……。


「正直に言うよ。あたしは、初めて死体を見て動転した。だから、あまり観察できていなかった。警官、向いてないのかもな……」


 弱音をこぼすと、ミランダが呆れたように鼻を鳴らしていた。


「なあに、そんなこと。どんないかつい男でも、初陣でひとを殺したら具合が悪くなるって聞くわよ。焼死体を見て気分が悪くなるのなんて、当然よ」


「そうだよ、リゼット。そんなに落ち込まないで」


 ふたりに励まされ、少し気分が上向きになる。


「今日もヴァンデンス様は来るって言ってたし、それから話し合おう。ヴァンデンス様のが、よく覚えているだろうし」


 リゼットがそう言ったとき、時機を計らったようにノックの音が響いた。


「はあい、どうぞ」


 ミランダが甘い声で促すと、ヴァンデンスが入ってきた。


「失礼。昨日はご苦労。昨日の今日だから、今夜は事件はないと思うが……念のため、引き続き警備は続けたい。夜勤を頼めるか?」


「それは、もちろん」


 うなずきながら、リゼットは眉を寄せる。


「陛下からの指示ですか?」


「いや。警察署長からの通達だ」


 そこで、ミランダが立ち上がる。


「どうして、あたしたちじゃなくてヴァンデンス様に先に話を通すのかしら!?」


 彼女が面白くないと思うのも、当然だ。


 リゼットだって、モヤモヤしていた。


 第四課に協力という名目だが――実際はヴァンデンスが指揮を執っている。


「……落ち着いてくれ。署長に悪意があるわけではない。第四課には今のところ、代表がいない。そのため、王の代理人として協力している私に話が来ただけのこと」


 ヴァンデンスの落ち着いた声音で、リゼットの頭も冷えてくる。


「わかりました。すみません……気にしないでください」


 ミランダも、少し不満そうな様子を残しながらも引き下がった。


「いや。君たちの不満も、もっともだ。この機会に、誰か課長を決めておくように薦めておく」


「課長?」


 リゼットは思わず、ミランダとエルと顔を見合わせる。


 課長になるには、全員経験年数が足りないと思うのだが――。


(でも第四課の実質の仕事内容を考えたら、お飾りでもいたほうがいいか)


 その場合、誰が適任だろうか。


 なんだかんだいって、社交的なミランダか。


 エルは少し危なっかしくて心配だが、積極的だから向いているかもしれない。


(あたしは論外として)


 考えこんでいると、ヴァンデンスがリゼットの席の隣に置かれた椅子に腰かけた。


「あっ! ヴァンデンス様、こっちに座ってください! そっちは、あたしが!」


「別にここでいい。昨日の話はふたりにも共有したか?」


 問われ、リゼットは首を横に振る。


「あたしはかなり動揺してたから――詳細を観察できていなくて。ヴァンデンス様に説明してもらったほうがいいかと」


「そうか。では、私からあらためて語ろう」


 ヴァンデンスは、昨日現場に駆けつけたときのことを語った。


「リゼットが裏に回ると言ったので、私は表の玄関から家人を呼び出し、なかに入らせてもらった。魔法の気配をたどって、二階の一室に踏み込んだところ……犯人がバルコニーでリゼットと戦っているところだった」


 リゼットとは別行動だったために違う視点となり、なかなか興味深い。


「その後は、リゼットも知ってとおり。戦いとなり、ふたりを倒したところで火の魔法が発動して犯人ふたりは黒焦げになった。昨日、明らかになったのは、犯人側に魔法使いがふたりいるということぐらいか」


 そこで、エルが手を挙げた。


「はい! なんでふたりいるってわかるんですか? 死んだ魔法使いが仕込んでいた可能性は?」


「ふたりが昏倒し、捕縛される寸前に魔術が発動したからだ。どこからか見ていて、魔法をかけないとあんなことはできない。仕込んでいた可能性はゼロ。意識を失ったときに発動――という条件だと睡眠も当てはまってしまう。そもそも、自殺する魔法を仕込む魔法使いがいるとは考えにくい」


「なるほど! たしかに眠ったら焼死――なんて魔法はかけられませんね」


 エルはヴァンデンスの説明に大いに納得していた。


「だけど、今後も犯行があるのかしら……。昨日、仲間が死んだから犯行をやめて逃げおおせる……なんてことになりそうじゃない?」


 ミランダの懸念はもっともだった。


 暗い気持ちになりながらも、リゼットは探る。


 事件になにか、手がかりがないか。昨日で気づいたことはなかったか。


 考えて考えて――ふと、思いつく。

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