第四話 初めての事件が舞い込んだら 3



 その後、第四課室の隣にある女性用仮眠室で三人は仮眠を取った。


 夕方になり、身支度を整え終えたところでノックの音が響く。


「どうぞ」


 リゼットが促すと、予想どおりヴァンデンスが入ってきた。


「では、巡回に行こう」


「はい」


 三人は声をそろえて返事をした。




 ミランダの采配でヴァンデンスとリゼットが組まされ、ミランダとエルのペアとは違う道を巡回することとなった。


 正直気まずいが、仕方がない。


(仮面夫婦だって言ったのに、なんでミランダは気を利かせたんだろう)


 疑問に思いながらも、ヴァンデンスと並んで歩く。


 宵闇に包まれつつある住宅街は、しんとしていた。


「目立たないところに隠れていよう」


「はい」


 ヴァンデンスの指示で、家を取り囲む壁に近づいて姿勢を低くする。


「他の地域は、堂々と巡回するようにと言ってあるから、おそらくこの区画に来る」


「そうですか……」


 もう少し早く言ってほしかった。


 しかし、たしかにここに来させるほうが都合がいいのだろう。


 このなかで魔術師はヴァンデンスだけだ。


 同時多発的に起こっているから、他の区画でも窃盗に入る可能性は低くないが……。


(一番確実性の高いところに魔法を使える者を投入するのは、当然の流れだ)


 リゼットとヴァンデンスはしばらく息を殺し、周囲に注意を向けていた。


 ふと緊張が途切れたとき、今更ながら恥ずかしくなってくる。


(仮面夫婦だと知らないひとは、公私混同してると思うんじゃないか?)


 そんなことを心配しはじめたとき、ヴァンデンスが鋭い声を出した。


「ガラスの割れる音――こちらだ!」


「は、はい!」


 ヴァンデンスの背を追う。


 彼は水の鳥に「シャイデ地区に異変あり。応援を頼む」とささやき、飛ばしていた。


 鳥は空中でほどけ、三羽に分かれて違う方向に飛んでいく。


 見事な魔法に感心しながら、リゼットはヴァンデンスと共に大きな屋敷にたどり着いた。


「ヴァンデンス様、私が裏に回ります。表から家人に知らせてください」


「待て、リゼット。ひとりでは危ない――」


「私は大丈夫です! これでも訓練を受けた警官ですので! 表から回りこんでください!」


 リゼットの言い分に圧倒されたかのように、ヴァンデンスはうなずいていた。


 リゼットは走り、裏に回る。


 目をこらして、割れた窓を探す。


 庭を走っていくと、二階のバルコニーの窓が割れているのが見えた。


 リゼットは柱に取りつき、器用に上っていく。


 バルコニーに音もなく着地し、様子をうかがう。


 窃盗犯はまだ、なかにいるらしい。


 リゼットは、そっと剣を抜いた。


 ひそひそと話し声がして、窓を開けて誰かが出てくる。


 二人組の男で、リゼットを見て呆然としている。


「警官だ……。殺せ!」


 片方の男が短剣片手に襲ってきたので、リゼットはひらりと横によける。


 もうひとりの男は詠唱を始めた。


(魔術師だ!)


 行き場をなくした短剣を持った男は、前につんのめる。


 リゼットはその隙を見逃さず、彼に足払いを食らわせた。


 彼の手から短剣が離れる。それを剣で打って遠くに飛ばす。


 その間に詠唱を終えた男が、手から炎を放った。


 剣では防げないが、無理な体勢を取っているせいでよけるのも難しい。


 覚悟したとき、目の前に丸い水の壁が現れた。


 水の壁は炎を防ぎ、リゼットを守ってくれた。


 ヴァンデンスが窓から出てきて、魔法使いの男を思いきり殴りつける。


 男は昏倒した。


 リゼットはハッとし、逃げようとしていたもうひとりの男の鳩尾に拳を埋めた。


 彼はうめいて倒れる。


 これで捕縛すれば――と思ってベルトにくくりつけていた逮捕用の縄を外そうとしたところで、異常に気づく。


(なんか、変だ)


「リゼット、よけろ!」


 ヴァンデンスが叫んで、リゼットを押し倒す。


 すると、ふたりの男から火柱が上がった。


 あのまま立っていたら、あの火に巻き込まれて焼け死んでいただろう。


 ゾッとして、震えそうになる。


「……大丈夫か?」


「は、はい……」


 ヴァンデンスが起き上がり、手を貸して立たせてくれる。


 バルコニーには、黒焦げの死体が転がっていた。


「ヴァンデンス様、あれは、一体……?」


「死んだときに発動するように、魔法をかけてあったんだろう。仲間が捕まっても情報が漏れないように。もうひとり、魔法使いが一味にいるな……」


「そんな――」


 解決したと思ったのに。


 焼けた死体の臭いで気分が悪くなってくる。


 そんなリゼットが心配だったのか、ヴァンデンスが肩を抱いて支えてくれた。




「リゼットー!」


 エルの声が響いたところで、どちらともなく離れる。


「行こう」


 先にヴァンデンスがバルコニーから下り立ち、リゼットも続く。


 表玄関に回ると、ミランダとエルが目を丸くしていた。


 一番近くを巡回していたふたりが、真っ先に着いたのは道理だった。


「どうなったの?」


「犯人を昏倒させたけど、魔法が発動してふたりとも死んだ」


 ミランダに問われ、リゼットは固い声で答える。


 ミランダとエルが不安そうな顔をする。


 ほどなくして第二課の男性警官たちが到着したので、現場検証は彼らに任せることになった。




 ヴァンデンスは王宮に帰り、第四課は署に帰ってからの帰宅となった。




 家に戻ると、どっと疲れが押し寄せた。


 そのまま眠ってしまいたかったが、あの臭いが体に付いている気がして。


 メイドに頼んで風呂を用意してもらった。


 念入りに体を洗ったあと、ベッドに倒れ込む。


 


 その日は夢も見ないほど、深く眠った。覚えていないだけかもしれないが。


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