第四話 初めての事件が舞い込んだら 2
「……あれ署長、言ってみたかっただけよね」
「ま、おかげでぼくらも気分が上がったし、いいんじゃないですか?」
ミランダとエルはひそひそと話しながら、こちらを見てくる。
席が足りないのでヴァンデンスにはリゼットの席に着いてもらい、リゼットは壁際に放置されていた予備の椅子を引っ張ってきた。
ヴァンデンスは机に地図を広げて、静かに眺めている。
「あの、ヴァンデンス様」
椅子に座ってから、リゼットは呼びかける。
「呼び捨てでいいと言っただろう」
「あ――えっと、はい。いやでも、ここは外だし様づけで……」
「わかった」
あっさりとヴァンデンスは引き下がる。
「ところで、どうしてヴァンデンス様が
宮廷魔術師は、ヴァンデンス以外にもたくさん――とは言わずとも、複数いるはずだ。
当然、
「陛下が、警官が妻なら協力しやすいだろうと……よくわからないことを言ってな」
「ははあ。たしかにそれは、逆らえませんね」
実際のところ、協力しやすいどころか気まずいことこの上ないのだが。
しかも仮面夫婦であるという事実は、先ほどミランダとエルにも伝えたばかり。
ふたりもやりにくいだろう。
「窃盗事件は魔法が使われているものと、使われていないものがある。私も事件現場におもむき、痕跡をたしかめた」
それで忙しかったのか、と納得する。
警官に魔術師はいない。魔法が使えたらみんな魔術師になるからだ。
そのため、魔法がらみの事件があれば宮廷魔術師に協力要請をするしかない。
とはいえ、そもそも魔法を使える者は圧倒的に少ない。そのため魔法がらみの事件自体が珍しいので、リゼットが知る限り近年そういった事件はなかった。
「第二課が魔法の
「なるほど? 魔法の痕跡がある事件のが少ないのですか?」
「それも理由のひとつだ。もうひとつ理由がある。女性のほうが、魔法を気取りやすいのだ。魔法の才能がなくてもな」
意外な事実に、リゼットは目を丸くする。
「本当ですか?」
「ああ。そういう理由で、私は第四課を指名した。――陛下の手前も正直、あるが」
ふと、ヴァンデンスは顔を上げる。
ミランダとエルが緊張して、たたずんでいる。
「ふたりも座ってくれ。近くに椅子を持ってきて」
促され、ふたりも遠慮がちに椅子を移動させて座った。
「このとおり、王都に散発的に起きた窃盗事件の発生場所に丸印をつけてある。青い丸が魔法の痕跡あり、の事件。ないものは赤丸だ」
示されて、リゼットは地図をのそきこんだ。
たしかに、赤い丸のほうが多い。
「これって、魔法ありとなしで別々の事件じゃないのですか? たまたま同時期に起こっただけで」
ミランダの質問に、ヴァンデンスは首を横に振っていた。
「手口が似過ぎている。警備の兵士は薬草の煙で眠らせ、宝石は盗まず
「たしかに……おかしいですね。労力に見合わない」
盗みに入るの自体が楽ではないので、一度にできるだけたくさん盗むものだ。
「金だけにする意味ってあるのかな?」
エルが首を傾げる。
「金はどこの国でも価値が高い。宝石ほど価格が変動しない。だから意味はある……が、しっくりこないな」
リゼットは説明しながらも、自分で納得できなかった。
たとえ変動する可能性があるとはいえ、どの宝石にも一定以上の価格はつく。
もし外国で売りさばきたいのなら、その国のレートを調べておいて、一番高く売れる国で売ればいいだけだ。
「君の言うとおりだ。理由としては弱いので、他に理由があるような気がする」
ヴァンデンスは地図の一画を指さした。
「窃盗はいつも夜に行われている。今夜はこのあたりを第四課で巡回する。私も同行するので、魔法にも対抗できる」
「ヴァンデンス様も? この区画が、今夜は盗みに入られるというのですか?」
「おそらく。王都の高級住宅街の家をまんべんなく襲っているからな。今度はここと……この西にある区画のどこかだと思う。西側は第二課が巡回する。第三課は、他の区画に散ってもらっている。警戒されて他に行かれたときの保険だな」
理路整然と説明され、リゼットは気を引き締めて敬礼する。
「了解!」
「了解しました!」
ミランダとエルもリゼットにならう。
「連絡は魔法の鳥で行う」
ヴァンデンスが手をかざすと、どこからともなく水でできた鳥が彼の腕に止まった。
「これは言葉を伝えてくれる魔法の鳥だ。第二課と第三課にも、巡回の前に渡す。――さて」
水の鳥を一旦消したところで、ヴァンデンスは立ち上がった。
「巡回は夜だ。夜通しの巡回になると思う。それまで仮眠を取っておいてくれ」
「わかりました」
リゼットたちが
「私も一度、王宮に戻る。夕刻には戻るので、一旦失礼する」
「はっ」
リゼットが敬礼したところで、ミランダがつついた。
「見送りに行ってきなさいよ」
「え、でも」
「いいから!」
背中を押され、リゼットはぎこちなくヴァンデンスに近づく。
「……なにか?」
扉を開いたところでヴァンデンスは不思議そうにこちらを見る。
「お見送りをしようかと」
「結構だが」
にべもない返事を聞くと、かえって見送りたくなるから不思議だ。
「いえ! せめて署の外まで! 送らせてください」
「……好きにすればいいが」
ヴァンデンスは呆れて引き下がる。
半ば無理矢理、リゼットは署のすぐ外までヴァンデンスを送った。
「では」
「はい」
夫婦らしさのかけらもない愛想のない言葉を交わして、リゼットは彼の背を見送った。
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