41話 緊急依頼


「モシュ! どういう事ですか!」

「ん? なにかな?」

「とぼけないでください! なぜデモンワームの間違った情報を私達に伝えていたのですか!」


 俺達のパーティにおけるモシュの役割は、戦闘面では主に陽動とサポート、戦闘面以外では魔物の情報といった情報収集も含まれている。


 じゃあ今回はたまたまデモンワームについての情報を集めきれなかった? ……いや、そんなわけがない。


 デモンワームは、おそらく銀級相当の魔物だ。

 その魔物の、冒険者を殺す危険性がある情報を入手できないようなモシュではないだろう。


 それでなくても以前からこの町にいたモシュだ。

 これぐらいの情報は集めるまでもなく知っていたはずだ。


 それなのに、モシュはその情報を教えず、あまつさえ自分だけが奇襲を避けられる位置に立っていた。


 モシュに詰め寄るリヴィアの顔は憤怒に染まっている。

 あと1つキッカケがあれば剣を抜いてしまいそうだ。


 俺も返答次第では指先の魔弾を放つ事になるだろう。


 だが、当のモシュはというとなぜか満足したような様子で俺達の方へ歩いてくる。


「異界ではこんな事ばっかりなの、知らない魔物が全く知らない攻撃をしてきたり、情報にもない魔物が急に襲ってきたりしてくる」

「「……?」」

「つまり、咄嗟の状況っていうのが起こりやすいの」

「ああ……そういう」


 俺はモシュの言い分に納得し、魔弾を消した。

 それならそうと……いや、言ったら意味がないか。


「はぁ?」


 だが、俺とは違いリヴィアはわかっていないらしい。

 普段からは考えられないほど口調が荒い。


 リヴィアにはハッキリ言わないと、そんなあやふやな回答じゃ――って、ああほら、剣を構えかけてる!


 俺は急いでリヴィアに抱き着き、上がりかけていた腕を抑えた。


「らっ、ラウディオ何を⁉」

「そうしないと斬るだろ! モシュも結論から言え!」

「そそそそっ、そうだね! つまり、異界ではこういう情報にないことも当たり前のようにあるって言いたかったの! いつでも油断せず、周囲を警戒してほしかったの! こういう状況に対する対応力も見ておきたくて……!」


 リヴィアが完全に敵になる一歩手前だと分かったモシュが早口でまくし立てる。


 その甲斐あってか、リヴィアは一歩踏み出した場所で止まり、納得したように剣を鞘にしまった。


「それならそうと先に言ってください」


 俺もため息をつきながらリヴィアから離れると、モシュは俺よりも大きくホッとため息を吐いた。


 つまりモシュは意図的にデモンワームの情報をあえて教えず、迷宮では同じような事が当たり前のようにあるという事を教えるのと、その対応力を試したわけだ。


 情報に頼るだけでは乗り越えられない場面は必ずあるという事なのだろう。


「そ、そんな感じの事を言ったよ、リヴィアも元貴族ならそういう言葉の裏的なものを感じ取ってさ……」

「そういう事は苦手でした、言葉を濁す貴族に何度ハッキリと言ってほしいと思った事か、それに私は――」

「ッ!」

「リヴィア!」


 突如、リヴィアの天井からデモンワームが現れる。

 デモンワームは重力の勢いを利用し、リヴィアへ一直線に襲い掛かった。


 俺もモシュも手が届かない。

 リヴィアの真上から現れたデモンワームは、一直線にリヴィアの頭へ齧り付こうとする――が、


「っ!」


 リヴィアは体を回すと、踵をデモンワームに叩きつけた。


 流れるような回転からの一撃。


 リヴィアの踵をモロに受けたデモンワームは、ジェット噴射でもしたかのように洞窟の彼方へ吹っ飛ばされていった。


「ど、胴回し回転蹴り……」

「私はこういった事の方が得意なようです」

「……うん、でも威力は考えようね?」

「えっ?」


 ドヤ顔で「ふんっ」と鼻息を吐いたリヴィアだが、モシュに言われその視線の先を見る。


 その視線の先には吹っ飛ばしたはずのデモンワームの姿はなく、洞窟の遥か道の先に消えてしまったようだ。


「ああ……」

「デモンワームの素材をもっていかないと依頼の達成は認められないんだよ? 今回の依頼は5体分の素材をもっていかないと達成にはならないんだから」

「は、はい、すいません」


 先程から一変、リヴィアの態度が小さくなる。

 上顎気味になっていた顔が下を向き、体まで一回り小さくなったように見える。


 落ち込んだリヴィアを励ました後、俺達は依頼達成のために俺が倒したデモンワームの素材をはぎ取った。


 その後、リヴィアが倒したデモンワームの死体を追って洞窟を進み、しばらくして俺達は洞窟の外にまで出る。


 すると、鼻を塞ぎたくなる・・・・・・・・ような・・・臭いが《・・・》鼻の奥から頭の天辺を貫いた。


 リヴィアは鼻を手で覆い、俺はこの臭いに覚えがあり思わず顔を顰めた。


「うっ……」

「これって、そういう事だよね」

「ああ、間違いない」


 モシュも気づいたか。

 洞窟を出たところにデモンワームの死体はある。


 体の一部が陥没するように凹み、緑色の血液が流れだしている姿はグロテスクという他ない。


 だが、臭いの元はデモンワームではない。

 この臭いは、人が燃えた臭い・・・・・・・だ。


 少し先を見ると、土や岩についた血を水魔法で雑に洗い流した痕と、多量の燃えカスがある。


「ラウディオ! モシュ! あそこに人が!」


 ここで人が死んだ事を確信すると、リヴィアが洞窟の先にある森へ走っていった。


 俺もモシュもリヴィアの後を追うと、木に寄りかかっている老婆の下でリヴィアは足を止める。


「どうだ!?」

「息があります!」


 俺とモシュも傍へ駆け寄るが、すぐにわかった。


 リヴィアが息があるといったその人は、もう手遅れというのがわかるほど血を流していた。


 死んでいてもおかしくない。

 むしろなぜ生きているのか不思議な容態だ。


「モシュ! 治癒魔法を!」

「ううっ、貴方達は……ゴホッゴホッ!」

「喋らないでください! モシュ急いで!」

「リヴィア……」


 ……無理だ、モシュの治癒魔法じゃ間に合わない。

 たとえ腕を生やせる治癒魔法の使い手がいても、この人は助からないだろう。


 モシュが首を横に振ると、リヴィアは手を前に突き出して聖剣を呼び出した。


 そして、聖剣を老婆の手に握らせる。

 治癒力の向上を考えての行動だろうが、無駄だ。


 聖剣の加護は聖剣を持ったものではなく、あくまで勇者であるリヴィアにしかその効果を及ばさない。

 王都にいるときに試したのだから間違いない。


「その剣、もしかして……、勇者様?」


 この人は聖剣を見た事があるのか。

 リヴィアが勇者だと気づかれてしまったわけだが、さすがにいいだろう、今は。


「ああ、こんな時に勇者様が……! マリア様の奇跡でしょうか、勇者様、どうか私の最後の願いを……」

「後で――」

「うん、なに、聞かせて」


 リヴィアを遮り、モシュが前に出て声をかける。

 老婆は、もうリヴィアとモシュの声も聞き分けられていないのだろう。


 リヴィアと変わった事にも気づかず、モシュと視線を合わせた老婆は表情を重そうに動かして笑った後、掠れた声でポツポツと話し始めた。


「私が主が攫われて、……その方を……、攫われたのは半日ほど前……護衛も殺され、私は苦しませるために残されて、どうか、どうか……!」


 っ……、ここでこの人とその主人を襲った者は騎士の死体を燃やして処理しておきながら、この老婆だけは苦しませるために残したのか。

 いい趣味じゃないな。


「任せて、必ず助ける」

「誰かが通りかからないか、と老人の気力を振り絞っていましたが、まさか勇者様が……ふふっ」


 もう光が宿っていない目で笑う老婆。

 しかし、なにかに気づいたように、今まで手に持っていた何かをモシュの手に置いた


「これを、報酬代わり、に。その写真の……方、が……」


 その言葉の途中で、モシュの手に金のロケットを渡し、その老婆は動かなくなる。

 俺達が来る本当にギリギリ持ち堪えていたのだろう。


 しかし、それを果たした事で事切れてしまったか。


 ……死に体で苦しみながらも、この人は誰か自分の主人を助けてくれる人をただ待っていたのだ。

 生きるためではなく、自分の主人を助けてもらうために。


「報酬、ね」


 モシュその手に託された金のロケットを開くと、そこには少しだけ若い老婆と、飾られた服を着た1人の少年の写真があった。


 7歳かそれぐらいだろう。

 攫われたのはこの子供か。


「あえて聞くけど、どうする? 本来冒険者が自分の依頼以外のイレギュラーにぶつかった場合、冒険者ギルドに報告するのがセオリーなんだけど」

「いいえ! 今すぐにでも助けに向かいましょう! 今から冒険者ギルドに帰った場合、ここに戻ってくるのは1日後になってしまいます!」

「まあ、リヴィアならそう言うよね、ラウディオは?」

「リヴィアがそうするなら俺だってそうする」


 俺の答えにモシュも頷く。


 モシュも行く気なのだろう、まあモシュはこのおばあさんの願いを聞いたのだ、義理はないがやるしかないのだろう。


 初めて見る顔をしているからな。


 冒険者としての活動をしている時以外はあまり真面目とは言えないモシュのキリッとした顔を見ていると、ふと視線を感じそちらへ視線を移す。


 すると、なぜかリヴィアが俺を不満気な顔でじっと見つめていた。


「なんだ?」

「いえ、別に……今はそれどころではありませんから」

「んん?」


 なんだ、と思いつつも追求は出来なかった。

 リヴィアとモシュが亡くなった老婆の体を宝石のように扱い、死体の埋葬を始めたからだ。


 魔物と同じく、人間の死体を放置するのもご法度だ。


 こういった森の中といった人のいない場所で死体を見つけた場合、遺留品となるものだけを預かり火葬するのがこの世界の常識、マナーだ。


 その遺留品は冒険者なら冒険者ギルドに預けた後、持ち主の関係者に渡る。


 まあ、遺留品を預かるといって死体漁りをする外道もいるらしいけどな。


 そこらへんは冒険者の道徳心に任せるしかない。

 ギルドで禁止はされているものの、したかしていないなんてそうそう分からないからな。


 そうして死体の処理を終えると、俺達はロケットに描かれていた子供を探すために森の中へ入った。

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俺を殺そうとした君を、はたして俺は助けることができるだろうか 次男なひよこ @jinan-hiyoko

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