40話 冒険者活動その2


 1日の始まり。

 俺達はいつも通り冒険者ギルドに来ていた。


「くぅ、ううっ……!」


 睨むほど強く、俺はただモシュを見つめ続ける。

 唇を縛り、眉間にしわを寄せ、何とかモシュの心を見ようと……。


 今の俺は、周囲から見ると完全にヤバい奴だろう。

 ものすごいロリコンとでも思われているかもしれない。


「うっ……!」


 目が乾くが、ここで目を閉じるとまた最初からだ。

 涙まで出てくるが、閉じるわけにはいかない。


「どう、何か見える?」

「まだ、なにも……!」

「もぉう、はやくぅ~」


 ぶりっ子みたいなポーズをとるな、気が散る……!

 さらにモシュを睨み、俺は読心魔法を使い続ける。 


 モシュ曰く、読心魔法が成功すると、読み取った心が色や形として浮かび上がってくるらしい。


 それが人の感情らしいが、今の俺には何も見えない。

 モシュの体がぶれて見えるだけだ。


「……また、読心魔法の練習ですか」


 そうしていると、俺の隣から明らかに不機嫌だとわかる声が聞こえてきた。


「朝から何度も何度も、楽しそうですね」


 決して楽しいわけではないが、何か嫌味を言いたいのかリヴィアは俺の横腹を小突きながらそう言ってくる。


 やめろ、と言いたいが言えない。


 まあ、たぶん昨日の事を怒っているのだろう。

 昨夜、吐きかけた時にリヴィアを突き飛ばしてしまったからな。


 俺によしかかっていたリヴィアが悪いといえばそうだが、突き飛ばした俺も俺だからな。


 だが、リヴィアの上にリバース。

 なんてするわけにもいかないため仕方がなかった。


 謝ってはいるのだが、朝からリヴィアの機嫌は悪い。


「っ、ぐぐっ……!」


 歯を喰いしばり、必死にモシュの心を覗こうとする。

 すでに1分近く経過しているのだが、何も読めない。


 魔法の使い方は間違っていないはずだけどなぁ……!


「おおっ、ラウディオにモシュ、お前らじっと見つめ合って……まさかデキたのか!」

「おっ、カリバリじゃん」

「よっ、モシュ」


 見つめ合っている俺とモシュを見て、隣を通りかかった冒険者が茶化してくる。


 反論したいが、今は読心魔法に集中だ……!


「2人の世界に夢中ってか、いやぁ、お幸せに!」

「そんなんじゃありませんよ!」


 立ち上がったリヴィアが大きな声でそれを否定している。


「お、おお……お前が怒るのか」

「別に怒っていませんけど!」

「いや、怒ってるだろ、なぁ、モシュ?」

「そうだねぇ、あまり茶化すと剣を抜くかもよ?」

「そりゃ恐ろしい、そうならないうちに去るかね! なんだかよくわからないが頑張れよ!」


 カリバリは「ガハハハ」と笑って冒険者ギルドの出入り口に向かった。


「うぅ……モシュ!」

「なっ、なに?」

「私にも読心魔法を教えてください!」

「えっ?」

「私も読心魔法を学びます!」


 リヴィアがモシュに詰め寄っているみたいだが、モシュは苦笑いをしながら首を横に振った。


「それはできないかなぁ」

「どうしてですか!」

「どうしてって、必要ないから?」

「必要ない?」

「うんうん、むしろ邪魔になるかもしれない。リヴィアには敵の行動が読める天性の感覚があるんだよ。読心魔法はそれが意識的にできるようになる魔法だからね」

「あまりそのような感覚に覚えはないのですが……」

「いいや、今はそれを自覚できていないだけ、戦闘中にやけに回避が上手くできたり、『今だ!』っていう攻撃の瞬間を感じ取ったりとか、ない?」

「確かに……あります」

「それが天性の感覚、才能なんだよ、それを感じ取れない私とか、多分ラウディオもだね、似たような感覚になる事はあるかもしれないけど、それは状況から判断した『答え』だからね、リヴィアは経験で感覚を磨いた方がいいの」

「意地悪や私情で言っているわけではないと……」


 モシュの言葉に納得し、リヴィアは頷く。


 それでも少し不満そうな顔をしているが、理論を並べられたモシュの言葉に納得したようだ。


「ラウディオが読心魔法を身につけるまで、2人はそうやって練習するわけですか……」

「ん……あっ、ああそういう事ね! 練習は別にリヴィアでも大丈夫だよ!」

「そうなのですか?」

「うんうん! だからラウディオが練習したい時は協力してあげな? 今みたいに見つめ合って、ね?」

「ま、まあそうですね! ラウディオのためにも協力してあげるのがパーティメンバーとしての――」

「だあっ! 無理! 何も見えない!」


 魔力にはまだ余裕がある。

 しかし魔力を使い続けた疲労の方が限界だ。


 俺は読心魔法を解除し、椅子に深く背中を預けた。

 読心魔法を止めた瞬間、汗が吹き出してくる。


「ラウディオこれを、おしぼりです」

「ああ、ありがとう」


 リヴィアからおしぼりを受け取り、汗を拭く。

 濡れたタオルを目の上に置き、上を向くと頭が気持ちいい……。


 おじさんくさいかもしれないが、精神年齢的には間違っていないし、別にいいだろう。


「集中力が足りないね、今も周りの事が頭から抜けてなかったでしょ?」

「ああ……そう言われればそうだな」

「もっと集中しなよね」

「そうだな、次からはリヴィアも練習に付き合ってくれるみたいだからな」

「はい! 何時間でも付き合いますよ!」

「いや、そんなに時間をかけるつもりはない」


 リヴィアの手前、あまり情けない姿は見せられない。

 リヴィアを守ると言っている以上、頼りになるところを見せないとな。


 いや、情けない姿を見せないのと守る事は別か?

 別に情けない姿は見せてしまってもいいだろう。


 ……まあいいか。


「今はこれぐらいにして依頼を受けようか、もう依頼は見繕決めているからあとは受けるだけだよ」

「ああ」

「わかりました」


 少し休憩し、俺達はモシュの決めていたという依頼を受けにギルドのカウンターに向かった。



 ◇



 『悪鈍虫デモンワーム』。

 それは暗い洞窟で生息する幼虫の魔物だ。


 モシュから聞いた話ではカブトムシの幼虫がそのまま人間以上の大きさに巨大化したような見た目らしい。


 見る者が見れば卒倒するような魔物だろう。


 俺達スヒレインはその魔物の討伐依頼を受けにヌボルから半日ほど離れた洞窟に来ていた。


 依頼のランクは銀級だが、デモンワームは動きも遅く耐久力も低い、銅級相当の魔物らしい。


 モシュ曰く銀級になりたてほやほやの冒険者が挑むような依頼だが、モシュはこの依頼を選んだ。


 今まで金級の依頼を受け続けていた俺達には少し物足りないぐらいの依頼だ。


 もっと効率的な依頼があるはず。

 だが、わざわざこの依頼を受けた理由を俺とリヴィアはまだ説明してもらっていない。


「それで、そろそろ説明してくれないか?」

「んー?」

「だから、この依頼を受けた理由をだな」

「うーん……そうだなぁ、この洞窟の雰囲気が記憶の異界に似ているからかな、あそこは明かりが必要なほど暗くないけど、こんな感じの閉鎖空間にいるのはいい経験になる……って感じかな」

「なるほど、異界に挑むための予行演習ですね」


 リヴィアは素直だなぁ……。

 明らかに意味深な言い方をしているのに。


 話が途切れてしまい、モシュもこれ以上聞くのを許さないような空気を出してしまっている。


 モシュの真意を聞き出せないまま、俺は洞窟を見渡す。


 洞窟の中は明かりが必要な程暗いが、洞窟に配置されている松明のおかげで先は見通せる。


「壁の松明は冒険者ギルドが管理しているのですか?」

「そうそう、ただこの松明の火を灯すのは冒険者でね、そういう依頼が冒険者ギルドから出されてるの」

「なるほど、上手く冒険者を利用しているのですね」

「魔物がいる洞窟だからね、それに冒険者の経験を積ませるためにも依頼として出した方が……」

「ん?」


 モシュが言葉を途中で止める。

 だが、モシュはそのまま言葉の続きを話すことなく普段と変わらない様子で歩いている。


 魔物が現れたのかと思ったが、違うのか。

 いつもなら魔物が現れれば俺達に警戒するよう声をかけるはずだ。


「……そろそろかな?」

「ッ――ラウディオ!」

「あぐっ!」


 突如、リヴィアが俺を突き飛ばす。

 一体何を――と思ったが、俺が立っていた場所から黒色の幼虫が勢いよく突き出てきた。


 地面を抉りながら現れたその魔物は、今回の依頼における討伐対象のデモンワームだ。


 地面からの奇襲……!?

 そんな事をしてくるなんて聞いていないぞ!


 モシュは避けてすらいない……!

 いや、そもそも襲われない位置にいたのか!?

 くそっ、どういうことだ!


「ラウディオ! 早く立ってください!」

「わかってる!」


 リヴィアに突き飛ばされた格好から急いで立ち上がると、俺の視界にはデモンワームがいなくなっていた。

 デモンワームが出てきた穴もない、どこに行った?


「おい、モシュ! デモンワームは……モシュ?」

「モシュ、何をやっているのですか!」


 いつの間にかモシュは俺やリヴィアからはさらに離れた位置に立ち、周囲への警戒せずにただ立っていた。


 何をしているのか問い詰めようにも、姿が見えないデモンワームを警戒しているせいでモシュの方へ向かうことができない。


「ラウディオ、足元!」

「ッ!」


 今度は俺にもわかった。

 足元の揺れを避け、俺はその場から飛び退いた。


 すると、先程と同じように俺が立っていた場所からデモンワームが地面を抉りながら飛び出してきた。


 今回も地中からか、それにスピードも速い。

 デモンワームが通っていたはずの穴まで消えている。


 魔物も魔法を使う個体はざらにいるが、デモンワームは土魔法で穴を埋めているのだろう。


 明らかに銅級相当の魔物じゃないな。

 モシュから聞いていた話と違う。


 そもそもデモンワームは動きが遅いって話だろう。

 やっぱり……いや、後だ、今はデモンワームだ。


 奇襲を避けた俺にデモンワームはグリンと顔を向けると、その口から紫色の糸を飛ばす。


 あれはモシュから聞いていた通りだ。

 毒を持った粘着性の糸。


 デモンワームの必殺技であり、あれを放ったあとデモンワームは2秒近く硬直するらしいが……。


 俺は指先をデモンワームに向け、魔力を込める。


「魔弾――!」


 モシュの情報では、ふデモンワームは耐久力が低い。


 レッドアリゲーターと比べても岩と粘土ぐらい硬度に差があると言っていた。


 だが、俺はレッドアリゲーターの鱗を難なく貫通できる程の魔力を込めて魔弾を撃った。


「ピギッ」


 喉があるのかはわからないが、悲鳴のような鳴き声。


 俺の魔弾はデモンワームの毒糸と、さらにデモンワームの体を貫通させて風穴を空けた。


 デモンワームはビクンと痙攣した後、抵抗することなく地面へ倒れた。


 一撃で仕留められた……。

 耐久力は情報通りって事なのか?


 奇襲を仕掛けてきたデモンワームは1匹だけだ。


 これで終わり……意外とあっけない。

 だが、あの奇襲攻撃を受けてしまっていたら傷を負ってしまった事は間違いない。


 俺とリヴィアは、ゆっくりとモシュを振り向いた。

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