39話 モシュだけの読心魔法


「まず、これだけは絶対に覚えてほしいんだけど、読心魔法っていうのは”思考”を読むわけじゃないの」

「思考っていうのは――、言葉で言うのが難しいな」

「例えばそうやってどう言葉にしようか考えているのも思考の1つだよ」


 なるほど、それはわかりやすい。


 俺がこうして読心魔法の説明を聞いて理解しようとしているこの時も思考は働いているわけだ。


「読心魔法はその思考じゃなくて”心”の動きを読むの、怒っているとか喜んでいるっていう単純な心の動きをね」

「深い思考を読みる魔法じゃないんだな」


 これは、さっき冒険者の心を読んだ時と同じ説明だ。

 読心魔法について、過信しすぎないように改めて説明してくれたのか。


 大事なことだ、忘れないように心にメモしておこう。


「あと、読心魔法は読心魔法・・・・・・・・・・でしかないの・・・・・・、他の魔法みたいに色々あるわけじゃないからね」


 なるほど。


 風魔法で言えば『風矢』や『風砲』といったように風魔法という枠組みの中に色々種類があるが、読心魔法にはそれがないというわけだな。


「そういう魔法はたまにあるよな、空間魔法とか」

「読心魔法もその1種なの」

「そういう魔法は大概希少性が高くて使える人はだいぶ限られるんだよな……」


 だからこそ、風魔法や水魔法のような属性魔法と違い、空間魔法のような特殊魔法は使い手が極端に少ないのも特徴の一つだ。


「それと、使う時には詠唱は必要ないからね」

「なおさら覚えるのが難しそうだな……」

「まあ、そうかもね。でも、この話を聞いて今からやっぱり意見を変えるっていうのは無しだからね?」

「わかっているよ」


 ここまで聞いたなら、もうあとは俺次第だ。

 リヴィアの事も、それはそれとして頑張るだけだ。


 使えればよし、ぐらいに考えよう。


 俺はジョッキに入っていた水を飲み干し、冷たい水で頭をクリアにする。


「……よしっ、魔法の使い方を教えてくれ」

「うんうん、任せなさい!」


 そこから、俺は読心魔法を教えてもらった。

 書き留めるものもないため、モシュの言葉一文字を聞き留め、それを反芻する。


 聞く限り、そう複雑な魔法ではない。


 だが、読心魔法には詠唱も魔法陣もないため、魔法を発動するにはそれらを自分の頭で補う必要がある。


 俺は使えないが、無詠唱と同じだ。

 要はイメージの問題、どれだけその魔法を理解し、頭のなかでそれを作り、魔力を操れるのか。


 読心魔法では、それが重要になる。


 一通りの説明を受けた俺は何度かモシュに質問をした。


 そして、頭の中で読心魔法についての理解が固まったあと、モシュと視線を合わせた。


「じゃあ、一度私に使ってみて」

「わかった」


 そう言われ、俺はモシュと視線を合わせる。

 読心魔法は相手の眼を見て使うのが1番やりやすいとモシュが言っていたからだ。


 当の本人は背を向けられていても完璧に使えるらしいが、そんな応用から始める気はない。


 まずは俺が読心魔法を使えるのか確かめるのが先だ。


 そのために、俺はモシュの眼を睨みながら、自分の瞳に魔力を集めて読心魔法を発動させた。


「……」

「どう?」


 ……魔力を消費している感覚はある。

 だが、何もわからない、何も変わらない。


「ふぅ」


 俺は瞬きをした後、もう1度読心魔法を発動する。


 ……だが、結果は同じ。

 魔法に適性が無ければ、魔力はただ消費されるだけだ。


 扇風機に電気魔力を送っても、プロペラ適正が無ければ風を生み出せないのと同じだ。


「ダメだな」


 俺は開き続けて渇いた目を深く閉じる。


 そして、深呼吸を2度する。


 相手の心が読めるという読心魔法。

 それが使えれば、確実にリヴィアの力になれる。


 ……だから、頼む、俺。


 そして、3度目。

 俺は読心魔法を発動した。


「……ッ!?」


 読心魔法を発動して数秒、変化が起こった。

 一瞬、モシュの姿がブレたように見えたのだ。


「ラウディオ――」

「ッ!」


 そして、モシュが喋った瞬間、眼に電気を流されたような感覚が走った。


 痛っ……涙まで出て――っと、危ない。

 体を動かしたせいで、俺に寄りかかっていたリヴィアが倒れそうになる。


 リヴィアをしっかりと支えながら潤んだ瞳を拭うと、笑みを浮かべたモシュと目があった。


「残念、失敗だね」

「失敗? でも今何か見えたぞ」

「うんうん、だから今回の失敗は魔法がつかえなかったわけじゃなくて、使えた上での失敗だね、つまり……」


 モシュが意図的に、言葉を止めた。

 俺は、その言葉の先の意味を考え――、


「魔法が使えていたって事か!」


 思わず、冒険者ギルドに響くほどの大声が出た。

 つまり、俺には読心魔法の適性があるという事だ!


 今までどんな魔法でも使えなかったのに……!


「忘れないうちにもう1度やろうか」

「ああ!」


 モシュに言われる通り、俺は読心魔法を発動する。

 すると、モシュの体がブレたように見えた。


 間違いない、さっきと同じだ。

 まだ心を読み取ることはできないが、間違いなく魔法は発動している!


「どう?」

「モシュの体がブレて見えるな、ちゃんと使えない時はこうなるのか?」

「えっ? い、いやぁ……どうだろ。私は最初から普通に使えたからよくわからないなぁ」


 なんだ、それっ!

 こいつ、リヴィアと同じタイプじゃないだろうな……!


 読心魔法を使い続けながら、リヴィアが教えた魔法を全て簡単に覚えていた事を思い出す。


 …………だが、それが良くなかったのだろう。


 思考の乱れは、集中力の乱れ。

 そして、集中力の乱れは魔力を乱す。


 瞬間、高速のコーヒーカップに乗ったように俺の視界が一気に回った。


 ……あっ、やばいっ!

 そう感じた瞬間、俺は寄りかかって寝ていたリヴィアを突き飛ばした。


「あだっ!?」

「――ウっ!」


 そして、喉からこみ上げてきたものを全て吐いた。



 ◇



 冒険者ギルドの外。

 俺は木箱の上に座りながら夜風に当たっていた。


「はぁ……吐いたぁ……」


 水で口を洗ったが、歯に違和感がある。

 絵の具を歯に塗られたような気持ち悪さだ。


 風が気持ちいい……、ちょうどいい冷たさだ。

 吐いた後の気持ち悪さが紛れる気がする。


「使う度にあれだとだいぶキツイな」


 読心魔法を使えるのがわかったのはいい。

 だが、練習のたびにあれならポリ袋が欲しくなる。


 まあ、そんなものもないし気をつけるしかない。

 失敗の理由もわかっているからな。


 モシュに説明を受けた時よりも、多くの魔力を使ったのが原因だ。


 魔法は魔力量によって効果が大きく変わる。

 だが、読心魔法は適切な魔力を消費しないとさっきの俺のようになってしまう。


 同じ事をしなければもう吐かない……はずだ。


「……んっ? なんだ、魔法よりも魔力操作に近いな」


 眼に魔力を集めるやり方も、正直集める場所が違うだけで掌破や魔弾を使う感覚に似ている。


 今までやった事がないからな。

 かなり集中しないと難しいが、できない事はない。


「とにかく、ようやく見つけた使える魔法だ……! あとは、練習あるのみ――」


 そう考えていると、俺は視線を感じて顔を上げた。

 通りの向かいにいる男が情熱的な目で俺を見ている。


 あの格好や雰囲気から見たところ冒険者だろう。


 かなり、というか感心するほどイケメンだが、なぜ俺はこんなに見られているんだ?


「何か用か?」


 用があるのかとその二枚目の青年に声をかけるが、その冒険者はただ俺を見てくるだけで何も言ってこない。


 気持ち悪いな……中に戻るか。


 ヌボルにくるまで、男の商人に何回も情熱的に迫られたんだ、ああいう目にはいい思い出がない。


 中に戻ろうと立ち上がると、俺を見ていた青年は足を踏み荒らしながら俺の方へ歩いてきた。


「おぉ――っ、お前、お前ェ!」

「なっ、なんだお前!?」


 その冒険者の顔は怒りで歪み、読心魔法を使えなくても感じ取れるほど敵意に満ちていた。


 恨まれるような事はした覚えがはないぞ!?

 そもそもこいつが誰かも知らないのに!


「お前! モシュのなんだ!」

「はぁ?」

「何でお前みたいな最底辺の冒険者がモシュと一緒にいる! まさか付き合っているんじゃないだろうな!」


 胸倉を掴まれ、俺はさすがにその手を剥がそうとする。

 だが、その時俺は以前聞いた話を思い出した。


 ――あっ、こいつ、噂に聞いたあれか。

 モシュのファンだな!?


 冒険者やギルド職員、果てにはヌボルの住人までかなり多くの人に人望があるモシュは、こういう厄介なファンが何人か存在しているらしい。


 モシュからは「私、ファンがいるんだよ!」と胸を張って言われていた。


 そして、冒険者からは「一応、気をつけておけよ」と厄介ファンの事を教えられていたのだ。


 だが、こうして話しかけられるのは初めてだな。


 俺とモシュが同じパーティだから変な誤解をしたのか。

 スヒレインにはリヴィアもいるのに……。


 胸倉を掴む手を剥がそうと青年の手を掴むが、青年は手を離さずに俺を睨み続けている。

 至近距離で男の顔を見続ける趣味はないぞ。


「今すぐモシュから離れろ、彼女は白金級の俺、ウリッカとパーティを組む方が相応しいんだ!」


 へぇ、この人白金級の冒険者なのか。

 モシュよりも上じゃないか。


 まあでも、そんなこと言われてもな。


「それはモシュ本人に言ってくれ、パーティを組んだのはモシュから提案された事なんだからな」

「黙れ!」

「うっ!?」


 体と頬に伝わる衝撃。

 椅子の代わりにしていた木箱が砕け、俺は建物の壁に背中を叩きつけられる。


 マジか、こいつ……!

 わざと神経を逆なでするような事を言ったが、まさか手を出してくるとは思わなかった。


 冒険者同士のイザコザは、下手をすれば資格の剥奪まで有り得るんだぞ!?


「今すぐモシュから離れろ! 離れないなら殺すぞ!」

「だからそれを直接モシュに言えよ……!」


 ウリッカは叫びながら俺へ迫ってくる。


 胸倉を掴まれ、殴られ、脅迫まで……。

 人の恋路を邪魔する気はないが、ここまでされるいわれはないぞ!


 苛立ちが怒りに変わり、俺は迫ってきたウリッカの足を払い、立場を逆転させる。

 そして、転んだウリッカの頭を鷲掴みにした。


「俺にさわ――!」


 暴れようとするウリッカに、掌破を放つ。

 直接脳を揺らしたことで、言葉が止まり、ウリッカの動きも止まった。


「めんどいな、ったく」

「ッ!? アアァァァァ……!」


 俺はウリッカの魔力に干渉し、卵をかき混ぜるように操作する。


 自分以外の体内の魔力操作は、敵が全く動かない状況だからこそできるが、これができれば相手は何もできなくなる。


「あっ、ああがっ、ああっ」


 ウリッカは涙を流しながら股の部分まで濡らしている。

 せっかくの二枚目が台無しだな。


 そして、ウリッカが口から泡を吹き始めた頃、俺は魔力操作を止めて力がないウリッカの体を投げるように倒した。


「ったく……なんだったんだ」

「ラウディオどこー? そろそろ帰るよー!」

「んっ、モシュか?」


 声の方を振り返ると、たった今冒険者ギルドからモシュが眠っているリヴィアを背負って出てきていた。


 少し、冒険者ギルドから離れてしまっていたな。

 俺は駆け足でモシュの方へ戻る。


「モシュ!」

「あっ、いたいた。風に当たったら戻るって言ってたのに来ないからこっちからきちゃったよ」


 俺はモシュの近くまで行くと、背負っているリヴィアを代わりに背負う。


「悪いな、ちょっと色々あって――」

「えっ、どうしたの、その顔」


 俺の頬を見ながら驚いていたモシュだが、すぐにその視線がウリッカの方へと向いた。


「あー……、ごめんね? 私のせいで」

「いや、モシュのせいじゃない、傷もすぐに治る」

「ダメダメ、ちょっとしゃがんでもらえる?」


 モシュに言われて腰を落とすと、モシュは腫れている俺の頬に触れた。


初級治癒ライトヒール


 短縮化した治癒魔法がかけられ、頬の痛みが引いていく。


 やっぱり治癒魔法は便利だな。

 俺の自己治癒は自分を治す事しかできないからな。


「ありがとう」

「私も一言言ってやりたいけど……あのまま道端で寝かせていた方がいいかな」

「たしかにそっちの方がいいな」

「次何かあったらすぐに言ってね! パーティを組む気はないってハッキリ言ってやるから!」


 モシュは細い二の腕を見せて「フン!」と力こぶを作る。


 あまり頼りになるようには見えないのがおかしくて、俺は思わず笑ってしまいながら宿屋への道を歩き始めた。


「えっ!? ちょっと! なんで何も言わないの!?」

「さて、明日もあるしさっさと帰って寝るか!」

「ねぇねぇ! ラウディオってば!」


 モシュへの返事をせず、俺は宿屋へ向かう。

 そして、今日も冒険者としての1日を終えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る