32話 馬車の旅^B1人の冒険者


 リヴィアの家族と別れ、俺達は馬車に揺られていた。


 行き先は王都マリアから、南の方角。

 リマリア王国の建国以前、たしか700年以上も前はリマリア王国では無い別の国があった土地。


 現在はリマリア王国の領地の一つ『オーレット領』の、ヌボルという町が目的地だ。


 俺達がヌボル向かう理由だが、1年ほど前にヌボルで見つかったという『記憶の異界・・』の事を知ったからだ。


 異界とは外とは全く違う環境が広がる孤立した世界であり、なんでもヌボルの異界に入ると『昨日の食事の献立』や『友人の名前』を忘れてしまうらしい。


 それも、ただ異界の中に入るだけで、だ。

 覚えている事を忘れるという事は、つまり記憶を一時的にでも失うという事。


 その異界について調べればリヴィアの記憶を取り戻すカギになるかもしれないと、目的地をそこに決めた。


 比較的新しい異界だからか、王都では詳しい情報を集められなかったため、情報は記憶の異界がある町まで行った後になるな。


 それに……異界というのも実に気になる。


 この世界では異界という呼ばれ方をしているが、俺の解釈では異界は“迷宮”と言い換えてもいい。


 迷宮……つまり、はっきりとしたファンタジーだ。

 この世界に生きて17年になるが、そんなファンタジー要素に関わるのは初めてになる。


 異界の中には魔物が生息しているが、その最奥にはこの世に2つと存在しない宝がある。


 異界は男の冒険心をくすぐるようなロマンが詰まった場所なのだ。


 リヴィアの記憶を取り戻すという目的を抜きにしても楽しみで仕方がない。


「ふっ、ハハッ」

「きゅ、急に笑わないでください」


 俺の前に座るリヴィアが少し引いている。


「ごめんごめん、異界が気になってな」

「そうですか……? しかし、異界という事は当然魔物と戦うことになりますよね?」

「もちろん、そうなるな」


 もちろん、魔物とは俺とリヴィアだけで戦う。

 2人で戦うとなると……アガラハやニアと戦った時だけだ。


 あの時はリヴィアは剣で戦っていたが……。


「俺が前衛、リヴィアは後衛だな」

「私が前衛ではないのですか? 剣があるのですから」


 そういい、リヴィアは腰の剣に手を置いた。

 いつもの聖剣ではなく、鉄剣・・に。


 無骨な鞘に収められたその鉄剣は、勇者だと気づかれてはいけないリヴィアのために、ステーノさんが用意した鉄剣だ。


 じゃあ聖剣はどこか?

 答えはリヴィアの体の中だ。


 もちろん、食べたとかそういう意味ではなく、聖剣はリヴィアの意思によって自由に顕現させられる。

 ニアを連れ戻しに行った時に見たやつだ。


 だが、よっぽどの事がない限りリヴィアが政権を使って戦うことはない。


 勇者だと気づかれないように、鉄剣を使ってもらう。

 それに、リヴィアには剣を握って戦うもらう気もないからな。


「リヴィアは魔法で援護をしてくれ」

「せっかく買ってもらったのに……」


 そう落ち込むが、これは仕方ない。

 やっぱり優先するべきはリヴィアの安全だからな。


「リヴィアの家族からも、託されたからな」


 ステーノさん、シリンさん、ニアにリヴィアを託された手前、危険な目に合わせるわけにはいかない。


 リヴィアには後ろからサポートに徹して欲しい。


 勇者のリヴィアとは比べ物にならないが、俺にも近接先頭の心得はあるからな。


「私の心配をしてくれるのは嬉しいのですが、戦えるようになるため経験を積んだ方がいいと思います」

「でも、意図的に危険なことをするべきじゃないだろ」

「……やはり、私が心配ですか?」

「ああ、心配だ」


 リヴィアの顔を見ながらハッキリというと、リヴィアは少し顔を赤らめながら目をそらした。


「では、我慢します」

「ああ、頼む」


 この10日間、勇者の戦い方を取り戻そうと剣技を集中的に練習していたリヴィアには悪いが、できるだけリヴィアには傷ついてほしくない。


 元を辿れば俺のせいで勇者になり、記憶を失っているのだ。


 俺といる以上、リヴィアに負担をかける気はない。


「ですが、たまには前で戦わせてくださいね?」

「……まあ、それは戦いながらな」

「適当に誤魔化していません?」

「そんな事ない」

「ラウディオは誤魔化そうとする時、態度が素っ気なくなるって気づいていますか?」

「そんな事は無いですよリヴィアさん」

「……いいです、いざとなれば強引に戦いますから」


 リヴィアはそっぽを向き、窓の外を眺め始めた。


 窓の外には豊かな草原が広がり、俺達が乗る馬車は草原の中に作られた1本の道を進んでいく。


 ここは、まだまだオーレット領ではない。

 オーレット領は遠く、今は王都の方が近い。


 国の最南端の領地に向かう俺達の馬車の旅は続く。



 ◇



 ここは、記憶の異界がある町『ヌボル』。


 リマリア王国南端のオーレット領、その中でも最も南に位置した町だ。


 この町のさらに南は広大な海原となっており、世界でもその海を渡った者は誰一人としていない。


 それは海流の影響で船が進めないようになっているせいであり、ヌボルはせっかく海に面しているというのにそのせいで海産物の収穫はできていない。


 そのためこの町の財源は近くの山の鉱山資源だけだ。

 だが、ここ1年でそれは大きく変わった。


 1年前、その山の近くで異界が見つかったのだ。


 異界は世界に数えられる程しか存在していない希少なものであり、それが見つかった事によってヌボルは鉱山資源以上の財源をその異界から得る事となった。


 そして、そんなヌボルにいるとある冒険者は……、


「んぐっ……んぐっ……っぷはぁ!」


 紫色の液体が入ったジョッキを勢いよく机に叩きつけていた。


 叩きつけられたジョッキから中の液体が零れ机の上に飛び散ったが、その少女はそれを気にしない。

 酔っているのか、顔は赤く染まり瞳は微睡んでいる。


「ひゅぇ……、だうしようかなぁ?」


 酒におぼれたように、その少女は天井を見る。

 すると、その少女にまた別の冒険者が話しかけてきた。


「盛大に酔ってるなぁ、あんたモシュだろ?」

「おぉ? そ〜だよぉ」


 モシュと呼ばれた少女の横に座ったのは、下卑た笑みを浮かべる髭面の男だった。


 酔っていると一目でわかるモシュの隣に座り、男はモシュの肩に手を回した。


 男の目はだらしなく崩れたモシュの衣服の隙間に吸い込まれている。


 少女にも見えるモシュにそんな視線を向けている――はたから見ると完全に犯罪者だ。


 ラウディオがここにいれば「ああ、ロリコンね」と納得したようにうなずいていただろう。


 しかし、モシュはそんな男の視線に気づいた様子もなく、蕩けさせた顔をあげて男を見た。


「んん~? 誰、きみぃ」

「そんなことはどうでもいいだろ? それよりもあんた今誰とも『パーティ』を組んでいないんだって?」

「そうそう、そうなのぉ、私今1人なのぉ」

「そこでどうだい、俺と――」

「組んだパーティのリーダーとパーティメンバーの1人が付き合っていたのよォ!」


 酒の勢いもあってか、モシュは男の話を聞く様子も見せずに体を揺らしながら語り出した。


 男は自分の話が遮られムッとした顔をするが、モシュが体を揺らす度に見える平らな柔肌に目を取られている。


「それはいいの、それはいいんだよォ、仲睦まじいなぁとはおもっていたからさぁ、でもでも、でもね! 異界を攻略している最中だっていうのにリーダーがその女の子を妊娠させちゃたのぉ! そのせいで異界攻略は終わり! 終わっちゃった!」


 モシュは役者のように大袈裟な身振りと共に声を張り上げ、その声の大きさにつられ周囲の人間がモシュの方を見た。


 そして騒いでいる少女がモシュだということに気づき、周囲の人間は親しみがこもった視線でモシュを、隣にいる男にはモシュに下卑た目を向けているため怒りのこもった視線を向ける。


 だが、男はその視線には気づかない。


 男は自分の前で衣服を乱し、頬を赤く――お酒のせいで――染めるモシュに手を伸ばす。


 モシュの気が自分にあると確信誤解したのだろう。

 肩に回していた男の手がモシュの腰に伸びる。


 すると、モシュとその男を見ていた周囲の者達は明らかに敵意を出し、座っている椅子から腰を浮かせた。


 だが、それよりも早く……。


「あまり女の子の体を気安く触るものじゃないよ? 下手したら対価を命でってことも……ね?」


 モシュは男の首元にスイーツナイフを突き立てた。

 今までの酔いは何だったのかと思えるほど速く、正確に。


 男は5秒以上モシュの言葉が理解できずに固まっていたが、自分の首元にナイフが突きつけられている事をようやく理解すると、どっと汗を流した。


「えっ、あ、あの……」

「手、どけてくれるかな?」


 男はモシュの腰に手を伸ばしたまま、動けずにいる。

 自分の首に伸びたスイーツナイフへの恐怖から体が固まってしまい、手を動かす事ができないのだ。


 しかし手をどけなければモシュのスイーツナイフは自分の首に刺さり、殺されてしまう。


 人の生き死が身近にある世界だが、理由もなく人を殺すこと自体は禁止とされている。


 だが、男はそれを忘れるほどの恐怖を感じているのだ。


「…………少し、飲みすぎちゃった」


 男が動かないのを見て、モシュはスイーツナイフを下げると椅子から立ち上がった。


 男の存在がなかったかのように立ち上がり、男が「ひっ」と声を上げて椅子から後ろに落ちても気にせず酒場の出口に向かって歩き出す。


「ああぁ……、頭がぐわんぐわんする~」

「モシュ! お酒はほどほどにしておきなさいよ!」

「ビンティも飲みすぎてパーティメンバーに迷惑かけないようにねぇ」

「あの件は助かったよ! ありがとね!」

「モシュ! 今度俺達と飲もうぜ!」

「うんうん、また今度ね~」


 モシュが酒場の出入り口に向かうだけで、周囲の人間から声がかかる。


 すでに周囲の人間も椅子から落ちた男の事など忘れているようだ。


 敵意をむき出しにしていた者達も、いつの間にか椅子に腰を落ち着かせてモシュに手を振っている。


 モシュは自分へかかる声に一つ一つに対し律儀に対応しながら、酒場の外へと出た。


 すでに空は橙色に染まり始めている。

 夜になるのもそう遅くはないだろう。


「さて、宿屋に帰って……どうしようかな!」


 お酒の余韻に浸りつつ、モシュは空を眺める。


 モシュは、悩んでいた。

 酒を飲んでいたのは、その悩みを解決するために色々と考えすぎた頭を癒すため。


 解決はしていない、問題は残ったまま。


 モシュが悩んでいる事。

 それはあの男との話の中でも出た「組んでいたパーティが解散した」事だ。


 モシュは異界を攻略するために臨時のパーティを組んでいたが、そのパーティのリーダーとメンバーの間に子供ができてしまった。


 結婚をしていた2人だから不思議な事ではないが、妊娠した以上、女性は異界の攻略をする事はできない。


 そして、夫の方もこれからのために色々とやる事がある。


 そのため、異界の攻略していたパーティは解散。

 モシュは異界に挑む事ができなくなってしまった。


「そして、私は新たなパーティメンバーを探すのだった……」


 現在、異界を攻略するための新しいパーティか、パーティメンバーをモシュは探している。


 モシュはヌボルにおいてかなり人望があり、1人になったモシュを誘ってくれる人は多い。


 だが、モシュはその誘いを断っていた。

 その理由は、モシュのこなす役割・・にある。


 モシュの役割は、簡単に言えば“偵察”。

 異界攻略において必須ともいえる役割だが、逆にパーティに2人以上は必要無い役割でもあった。


 異界を攻略中のパーティには、基本偵察役がいるため、新しくモシュを入れる必要性がない。

 そこに2人目として入るのは気が引ける。


 偵察役がいないパーティは熱烈な誘いを受けるが、言ってしまえば偵察役が元々いないパーティはその程度。


 異界を攻略できるような実力はない。

 異界を攻略できる可能性があるのは前者。


 しかし、そのパーティに入った場合、必要のない偵察役がいる事で他のメンバーに負担が掛かってしまう可能性がある。


 モシュにとって異界の攻略は何よ・・・・・・・・りも優先すべき事・・・・・・・・だが・・、自分のせいで他人の命を危険にさらすわけにはいかない。


 あちらを立てればこちらが立たず。

 そんな状況にあり、モシュはこの現状をどうしようかと悩んでいた


「はぁ……、やっぱり一からパーティメンバーを集めるしかないのかなぁ、時間がかかるかもしれないけど、けっきょくそっちの方が早い気もするし……ん?」


 ため息をつきながら寝泊まりをしている宿屋に向かっていたモシュは、なんとなく視線を横に向けた。


 モシュが目を向けたのは、この町の馬車の停留所。


 外からヌボルを訪れる馬車や、この町を出立する馬車が泊まる場所であり、今まさにこの町に訪れた馬車から人が下りたところだった。


 馬車に乗っていた者達が馬車の料金を支払い、馬車に乗っていた者達は町の中に散っていく中で、2人の男女が商隊の長に引き留められていた。


 モシュが視線を向けたのは、その引き留められた2人の男女だ。


「どうしたんだろ、あの2人……」


 モシュは小学生が昆虫の観察をするようにその2人をじっと見つめると、驚いたように目を見開いた。


「えっ、なんでリマリア王国・・・・・・・・・……?」


 驚きとともに疑問を口にしたモシュは、さらに目を細めてその男女を見つめる。


 そして、すこししてモシュはさらに目を見開いた。


「えっ、ええっ……! どういうこと!?」


 声をあげたモシュの視線の先にいるのは、2人の男女。


 1人は何気なく周囲を見渡すふりをして周囲を警戒している黒髪の男性。


 そしてもう1人は青髪が目立つ綺麗な女性。

 2人ともどこか急いだような様子で、少しして異界がある方向の町の出口へと向かっていく。


 それを見ていたモシュは面白そうに頷いた後、小声で「よし」と何かを決心した。


「うん、決まりだね!」

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