33話 冒険者との出会い


「お酒と食べ物、お待ち!」

「……ありがとうございます」


 酒場の店員が持ってきた酒と料理が机に並べられる。


 だが、俺達は料理が並べられてからも、店員が去った後も料理には手を出さずにいた。


「「はぁ……」」


 そのまま十数秒、沈黙を破ったのは俺達のため息。

 同時にため息をついたからか、俺とリヴィアの視線が交わった。


「……とりあえず、食べるか」

「はい」


 「いただきます」と言ってから料理に手を伸ばす。

 ……素朴な味だ、味つけがされていないのか。


 時刻は夜、この時間でも空いている店に適当に入ったが、失敗だったかもしれない。


 いつもなら何かしら料理の感想を口にするリヴィアも、今は何も言っていない。

 つまむようにゆっくりと料理を口に運んでいる。


 ……いや、料理の味に不満があるわけじゃないか。


 リヴィアがこんな様子なのは、異界に入れ・・・・・なかった・・・・からだ・・・


 王都を発ち、俺とリヴィアは予定通りオーレット領のヌボルにたどり着いた。


 そして、様子見もかねて早速異界に挑もうとしたのだ。


 ヌボルからすぐに異界がある場所に向かい、異界に入ろうとしたその時、俺とリヴィアは入口前にいた騎士に止められてしまった。


 まさか俺が魔族だと気づかれたのかと思ったが、止められた騎士に求められたのは“異界に入るための資格”の提示だった。


 俺とリヴィアはそろって目が点になった。


 資格なんてものを知らないし、もちろん持ってもいない俺とリヴィアは異界に入れず、今に至る。


 ……まさか最初から躓くとは思わなかったな。

 しかも、異界に入ってすらいない段階だ。


 完全に情報収集不足だな。

 誰でも入れると思ってそんな事を調べていなかった。


「資格、か」

「……いっその事、騎士を倒して中に入りますか?」

「それは過激すぎだろ」


 急に何を言い出すかと思えば……。

 まあ、焦りが大きいんだろうな。


「とりあえずその騎士が言っていた資格だ」


 それさえあれば記憶の異界に入れる

 そして、その資格を手に入れる手段はその騎士からも話を聞いている。


 俺はこの酒場にいる他の客に視線を向けた。


 素朴な味の割にはお客が多い店内を見渡すと、酒場の中は鎧を着た者や帯剣した者が多い。


 エルフェンリル戦争では見た目が統一化されたリマリア王国の騎士装備を身に着けた者が多かったが、この酒場にいる者の装備は千差万別だ。


 つまり……、


「冒険者、ですね。なるしかないでしょう」

「そうだな、それが1番早い」


 異界に入れる資格にはいくつかあり、騎士や冒険者、どっかの学校の卒業資格もあると教えてもらった。


 だが、このヌボルで1番手早く、確実に手に入れられる資格は冒険者だろう。


「冒険者について、どれくらい知っている?」

「私はあまり……力が必要な仕事とは聞いています」


 ん? なんだ、リヴィアの顔が赤いな……。

 お酒を飲んだせいか?


 そういえば、リヴィアがお酒を飲むのを見るのは初めてだが、リヴィアはどっち・・・だろうな。


 まあ、とにかく今はいいか。


「俺もそれぐらいだな」


 こんな世界に転生したのだ。

 憧れもあった俺は冒険者について調べた事がある。


 だが、情報はそう簡単に集まらなかった。

 冒険者程度の事を調べられないほど俺の情報収集が下手だったわけではない。


 何故かと言うと、それ以前の問題だったからだ。


 そもそも俺が産まれた魔国には冒険者はいない。

 まず、冒険者というシステムは人族の国で生まれ、そこから爆発的に広がったらしい。


 過去、魔国にも冒険者のシステムを導入しようとした魔王様がいたらしいが、それは失敗に終わっている。


 俺が思うに、冒険者とは自分を守る力が欠けた人族だからこそ発展したシステムなのだろう。


 人族にも強者はいるが、全ての人族がそうではない。

 初級魔法すら覚えずに一生を終える者もいる。


 民に被害を与える魔物を減らすため。

 一般の人が入れないような森に生息する魔物の素材や薬草、険しい山の鉱物を手に入れるため。


 そういった者のために冒険者がいるのだ。


 だが、魔族は誰もが特異な力を持っている。

 俺の自己治癒のような、他にはない力を。


 そして、それだけではない。

 魔物と戦える爪と牙が、飛ぶための翼が、頑丈な鱗が、しなやかな体が、魔族にはあるのだ。


 ほとんどの魔族は自分の身は自分で守る事が出来る。

 過去の魔王様はそれを失念していたのだろう。


 もちろん、戦闘が得意では無い部族もある。

 だが、魔族においてその数は少ない。


 そのため、魔国において冒険者というシステムはそこまで流行らず、時と共に衰退していった。


「”冒険者ギルド”という建物があるはずです、とりあえずそこに向かいましょう」

「そうだな、よし……」

「おっと、2人は冒険者に興味があるのかな!?」


 話がまとまりかけたその時、俺達が座るテーブルに女の子が快活な声をかけてきた。


 ウェーブがかかったクリーム色のショートヘアに、ミカンのようなオレンジ色の瞳。

 座っている俺と視線が合うぐらい幼い外見だ。


 へそ出しもも出し、かなり身軽な格好だな。

 短剣が腰にあるのを見ると、この女の子も冒険者か。


 もう夜遅い時間だというのに、昼間のような元気だ。

 その勢いにあてられたのか、リヴィアが驚いて瞬きをしながら料理を口には運んでいる。


「あ、ここの料理はこれをかけて食べるんだよ、じゃないと味が薄いからね」

「そ、そうなんですね、どうりで……」


 胡椒をかけ、もう1度食べたリヴィアの眉が上がる。

 ……だから味を素朴に感じたのか。


「どう、おいしいでしょ」

「は、はい、とても」

「お酒と一緒に食べるとさらに美味しいよ!」

「そ、そうですか?」


 そう言われながら女の子が差し出してきたお酒をリヴィアは素直に飲み、一緒に料理を食べる。


 もうちょっと警戒しろよな、リヴィア……。

 ため息をつきながら、俺はその女の子を見る。


「で、きみは?」


 少し警戒しながら、名を聞いた。


 リヴィアの事もある、子供だからっていきなり話しかけてきた人を警戒しない理由はない。


 女の子は店員に自分の分のお酒と料理を注文した後、ふくらみのない胸を張って答えた。


「私はモシュ! 気づいていると思うけど冒険者で……みんなのお姉さんみたいなものかな!」

「お姉さん、ねぇ……」


 その外見でお姉さんは無理があると思うけどな。

 むしろ、今の言動でさらに幼く見えてきた。


 もしかして、冒険者ごっこをしている子供か?


 そう思っていると、そのモシュと名乗った女の子は隣のテーブルから椅子を持ってきて俺の隣に座った。


「冒険者について知りたいんでしょ? 教えてあげる」

「……何が目的なんだ?」

「アハハッ! 警戒しすぎ! ただの親切だよ!」


 親切、か……さて、どうする。

 たしかに、この……モシュだったか。


 モシュの言う通り警戒しすぎているのかもしれない。


 冒険者はこれぐらいが普通なのかもしれないからな。

 話を聞くだけなら別にいいか。


「いえ! 遠慮します!」

「り、リヴィア?」


 急に大きな声を出してリヴィアが立ち上がった。

 その拍子で椅子がガタンと揺れるが、リヴィアはそれを気にせずにモシュを指さした。


「近い!」

「えっ?」

「近いと言っているのです! 離れなさい!」


 顔を真っ赤にしたリヴィアがモシュを睨んでいる。


 目をかっぴらき、俺とモシュを睨んでいたリヴィアだが、急にジョッキを掲げて「おかわりお願いしまふ!」と注文した。


 あっ、もうジョッキの中が空になってる。

 それに顔は真っ赤だし……うん、酔っているな。


 リヴィアはお酒に弱いほ――おおっ⁉


 そう思っていると、リヴィアは俺の腕を掴んで強引にリヴィアが座っていた椅子に座らせられた。


 そして、リヴィアは俺の片膝の上に座る。

 近いし、なんで……。


「私達は私達で行動しますぅ! 助けはいりません!」


 俺の想いとは裏腹に、リヴィアはモシュの協力を完全に否定してしまった

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