第3章 冒険者と出会い
31話 家族からの旅立ち
「では、いってきます」
家族に向け、リヴィアが出発の言葉を口にした。
リヴィアが失った勇者の記憶を取り戻すため。
今日、俺とリヴィアは王都を発つ。
――力を求めたニアと戦ってから、10日が経過した。
息が詰まるような王都での生活は長く感じたが、それだけの時間、王都に滞在していたのは旅の準備を整えるためだ。
俺やリヴィアの服も、今後の旅での戦闘を想定した軽装の防具を身に着けた服装に変化している。
そして、旅の準備とは別に、この10日で主に行ったのはリヴィアの
勇者の記憶を失いながらも、その力は残っているリヴィアがどれだけ戦えるのかを確かめたのだ。
魔物がいるこの世界では戦う力が必要になる。
それが無ければ旅など夢のまた夢だからな。
今、リヴィアは自分の力量の認識と、実際の力量が大きくかけ離れているせいでうまく力が発揮できていない。
特に、身体能力だ。
全力で走ろうとすれば前に進みすぎて壁にぶつかつてしまったり、転んでしまうことが多かった。
魔法は何とか上手くいっているが、全力で使おうとするとコントロールがうまくできないこともある。
訓練の甲斐あってか、今のリヴィアは全力で走っても転ぶ事も……ないとは言えないが、たまにある程度ですんでいる。
そして、次にリヴィアの戦闘技術について。
この国の騎士としての指導を受け、勇者になったリヴィアは『聖王流』と呼ばれる戦闘技術を身につけていた。
記憶と同時にそういった技術も忘れてしまっていると思ったが、そうでもなかった。
人が来ない場所で俺やシリンさんと模擬戦をしたが、リヴィアは聖王流を無意識に使っていたのだ。
体に染みついた動きが自然と出てきたのだろう。
あとは、技術区の地下で見た聖剣の力だ。
魔法なのか、ニアの力のように魔法ではない力なのかもわからない力だが、これについてはどうにもならなかった。
ステーノさんもシリンさんも、聖剣の力についてはあまり知っていることはなさそうだった。
こればっかりはどうしようも無い。
記憶を取り戻すしかないだろう。
こうしてリヴィアの力について確認しつつ戦い方を覚えてもらい、シリンから及第点の評価をもらえたのがつい先日だったというわけだ。
旅の荷物を背負い、俺は旅立ちの言葉を交わすリヴィアとその家族から少し離れた位置にいた。
「体は大丈夫? 不安な事はない?」
頭を下げたリヴィアにステーノさんが車椅子で近づく。
その声音やステーノさんの表情には不安が表れ、リヴィアは困ったような顔になった。
「もう3度目ですよ、お母様」
「でもね……心配なものは心配なのよ」
まあ、その心配はされて当然だろう。
リヴィアの記憶を消えた事については間違いなく誰かの意思が絡んでいる。
それなのに記憶を取り戻すなら、命の危険があるのも間違いないからな。
そのため、リヴィアの記憶を取り戻す方法について、リヴィアには安全な
だが、その案はすぐにリヴィアから却下された。
『記憶を戻すのはいつでもいいわけではありません! リマリア王国に気づかれるまでのタイムリミットがあります! そんな事をして時間を無駄にするわけにはいきません!』
……と、食い気味にな。
まあ、本音はただ待つのが嫌だから、というだけだろうが、言っている事は間違っていないからな。
「本当に? 本当に大丈夫?」
「ステーノ様、リヴィア様なら大丈夫ですよ」
「シリン、お母様をお願いします」
「はい、もちろんです」
シリンさんの言葉に、リヴィアは安心した顔で頷いた。
「お母様、体に気を付けてくださいね」
「リヴィア……」
リヴィアのこれからの旅は安全なものではない。
不安がぬぐえないのは仕方ないか。
そう思っていると、リヴィアは首にかけたネックレスをステーノさんに見せた。
そのネックレスは、リヴィアがステーノさんから受け取った指輪がかけられている。
「お母様、私は常にこの指輪と共にあります、そう不安な顔をしないでください」
そう言われたステーノさんは、少しの沈黙の後、ふっきれたように不安な表情を消した。
「…………そう、リヴィアにあの人がついているのなら、見送る私がこんな不安な顔をしちゃ駄目ですよね」
指輪を見たステーさんノの顔に曇りがなくなる。
心配はしているのだろうが、不安はなくなったか。
ステーノさんは穏やかな笑みを浮かべると、リヴィアの頭を撫でた。
「頑張りなさい、貴方の無事を願っているわ」
「もう……」
リヴィアは頭を撫でられ頬を赤く染めながらも、身を引いてはいない。
本当に、本当に少しだけ嫌がるような素振りを見せるものの、それは気恥しさからくるものだろう。
参観日に親が来てくれた事を嬉しく思いながらも、友達がいる手前親に甘えるのが恥ずかしくなるような恥ずかしさ、それと同じだ。
結局のところ、子供がどれだけ成長したとしても親にとって子供は子供であり、子供にとって親は親なのだ。
親は子供がいくら成長しても心配なものは心配だし、子供は親からの愛情を何歳になっても嬉しくなってしまう。
少し羨ましくなって2人を見ていると、ニアがリヴィアの前に身を乗り出した。
「ニア?」
「ちょっとこっち来て! お姉さま!」
リヴィアはニアに連れていかれ、俺達から離れる。
すぐ近くだが、少し声が聞こえないぐらいの距離。
リヴィアとニアが離れていったのを見ていると、その俺をステーノさんが見ていた。
そのステーノさんは親の穏やかの顔ではなく、睨んでいるようにも見える瞳をしている。
「ラウディオさん、リヴィアをお願いします」
「はい、任せてください」
俺は断言する。
こればかりは、間髪おかずに答えた。
ステーノさんに不安を感じさせないように、そして、この話を聞いているシリンさんにも同じように。
「……ラウディオさんに伝えておく事があります。ニアの件についてです」
「あれから何か進展が?」
「進展……とは言えませんが。あの地下空間を調べましたが、何も見つからなかったそうです。まるで、あの日に研究を終えようとしたみたいに」
それはまた妙な……、いや、妙な話でもないか。
そういえばアガラハは研究について……そう、たしかこう言っていたんだ。
「『研究は一度完成した』と言っていましたからね」
「えっ、そうなのですか?」
「えっ!? あっ……」
言ってなかったか?
すこしかっこつけてリヴィアを守ると言ってすぐ、かっこつかなくなってしまった。
なんだか恥ずかしくなって唇を結ぶと、ステーノさんは仕方ないといった様子で笑った。
「そういう事なら“勇者を生み出す”という研究に関する物は残っていないでしょう。……この事は、また1から調べる必要がありますね」
「そこまで気にするってことは、やっぱりアガラハは生きているんですか」
「確認はできていません、しかしニアが圧縮したという死体も見つかっていないのです」
つまり、どちらかわからないという事か。
……だが、なんとなく確信はある。
アガラハは生きている。
対峙した時、あいつから感じた空気感。
あれで終わるようなやつではないはずだ。
「しかし、このことは任せてください。ラウディオさんにはリヴィアの記憶をお願いします」
「はい、わかっています」
リヴィアも言っていたが、タイムリミットがある。
今までの勇者の活躍から考えて、約1年。
それがリヴィアの記憶を取り戻し、
やっぱり、こうして改めて考えると短い。
…………仕方ない、必要な事だ。
リヴィアのために、打てる手はうっておこう。
「ステーノさん、俺も魔王の矛の1人です。適当な時期に、俺が打ち取られたと報告してください」
「……いいのですか?」
ステーノさんが驚いている。
公には死んだ事にしていいと言っているからな。
そりゃ驚くのも当然だろう。
「……まあ、今とそう変わりませんから」
「わかりました、有効に使わせていただきます」
「これで記憶を取り戻すタイムリミットは、1年と半年ぐらいには伸ばせ――」
「できた!」
言葉の途中で、ニアの大きな声が聞こえてきた。
俺、ステーノさん、シリンさんはニアのほうへ視線を向けると、ニアは水を操って噴水を作っていた。
水が空中を回るように円を描き、ニアによって花のような噴水をずっと咲かせている。
「あの子、人目の付くところで……!」
ステーノさんがニアの注意しようとしてか、体をゆっくりとニアのほうへ向けたが、ニアはそのタイミングで花火のように水を散らし、霧雨を降らした。
このたった10日間。
その時間で、ニアはこれほどまであの力を使いこなすに至っている。
「どう! お姉さま! この力で皆を守るからね!」
「ええ、頼みましたよ、ニア」
リヴィアの言葉に、ニアは満面の笑みを浮かべた。
そのまぶしいほどの笑顔を見て、ニアのほうへ向かおうとしていたステーノさんの体が止まった。
「……今日だけは、何も言わないでおきましょう」
「わかりました」
少し肌を濡らす程度の霧雨に触れていると、ニアが小走りで俺の前まで来た。
「ラウディオさん!」
「どうした?」
小さい体で俺を見上げるニア。
だが、次に俺に向けられたのは、ニアの小さな頭頂部だった。
「ラウディオさん! お姉さまをお願いします!」
ステーノさンとシリンさんに続き、ニアも、リヴィアのことを託してくれている。
こんな奴と言われていたのが昔みたいに感じるな。
「ああ、絶対に守るよ」
さっきと同じように、俺は自信たっぷりに答える。
すると、ニアはバッと顔をあげ、俺を見た。
「絶対だからね!」
「ああ」
「もう……私は守られているだけの気はありませんよ」
少し怒った顔で、リヴィアが俺の横に並ぶ。
そして、リヴィアは少し息を吸い込んだ後、ニア、ステーノさん、シリンさんの顔を見渡した。
そして、ゆっくりと口を開く。
「では……」
リヴィアの言葉が、止まる。
開いたままの口で、もう1度息を吸い込んだ。
そして、ためを作るように胸を張り、リヴィアはしっかりと目を見開いて告げた。
「それでは、行ってきます」
記憶を取り戻す旅。
その始まりとなる言葉を。
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