27話 ニアとの語らい
沈んでいた意識がゆっくりと浮上してくる。
瞑っているはずの眼に熱を感じ、俺は目を覚ました。
少しの気だるさと共に瞼を開く。
ベッドの隣にある窓を見ると、少しだけ空いていたカーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいた。
太陽がもう天辺を通り過ぎている。
そんな時間か……。
「……3日経ったのに、まだこれか」
3日経った魔力の回復具合。
そのあまりの劣化具合に、思わずため息がでた。
――技術区にニアを連れ戻しに行った日。
あの日から、今日で3日が経過している。
あの日、異形の怪物になった騎士団長を倒した俺とリヴィアは、そのまま帰宅――とはもちろんいかなかった。
今まで一切素性がわかっていなかった勇者が素性を晒し、さらには異形の怪物を倒したのだ。
当然、リヴィアは多くの人に群れられた。
リヴィアが勇者と気づかれる事は本意ではない。
勇者と気づかれる事はまだいい。
それだけならギリギリ許容範囲の内だ。
だが、記憶を失っている事にまで気づかれてしまえば、リヴィアの家族はリマリア王国からの援助を受けられなくなってしまう。
リヴィアの家族のためにも、出来るだけ早くその場を離れたかったが、それができない。
リヴィアの性格的に強引に人を押し除けて離れることもできず、どうしようかと思っていた時、なぜかその場に現れたリマリア王国の貴族が場を収めたのだ。
貴族は周囲の騒ぎを抑え、権力という力と言葉を使って強引にリヴィアから人を引き離してくれたのだ。
その貴族は騒ぎなった場合を見越し、ステーノさんがシリンさんに頼んで呼んでいた貴族だったらしい。
俺とリヴィアがニアを連れ戻しに向かった後に目を覚ましたらしいステーノさんは、体調が悪いのにすぐに騒ぎになる可能性を考え、判断したのだ。
そうして、貴族にその場の収拾と、俺は1つ頼み事をした後、俺とリヴィアはその場から離れる事ができた。
「でも……まずったよなぁ」
リヴィアが勇者だと気づかれてしまった。
顔も見られた以上、リヴィアの――勇者の素性が芸能人のように知られてしまうのは時間の問題だろう。
この世界にSNSはないが、勇者の事だからな。
その点は……ステーノさんと話さなければならない。
「3日かけて傷も落ち着いた、今日行くか」
騎士団長に斬られた傷も完全に治った。
今なら無理に体を動かしても傷が開くことはない。
あの戦いでは強引に傷を塞いだだけだったからな。
血は止まったが、中身の方はぐちゃぐちゃだった。
ただ、魔力の回復と同じく、自己治癒による傷の治りも以前と比べてかなり遅くなっている。
その原因も、あの戦いの中でわかった。
だが、わかった結果どうしようもない事というのもわかったため、この事についてはもう諦めている。
「まずは飯にするか」
起きた時間も時間だ。
それなりにお腹が減っている。
俺は宿屋の主人に食事を用意してもらうため、部屋を出ようとする――と、部屋の扉がノックされた。
「んっ? ああ……リヴィアか」
勇者として顔を見られてしまったため、リヴィアには家を出ないように言ってある。
だが、じっとしていられなくなったのだろう。
3日経って記憶を戻すための話をしにきたのか。
その話も含めてリヴィアの家の方がいいと思ったんだが……まあ、仕方ないか、リヴィアだからな。
念の為、リヴィア以外の、宿屋の主人という可能性も考え、俺は自分の角が髪に隠れている事を確認してから扉を開けた。
「……えっ」
思わず疑問が口から零れる。
部屋の前に立っていたのはリヴィアでも宿屋の人間でもなく、可能性として全く考えていなかったニアだった。
ど、どうして俺のいる部屋に……。
目の前のニアはどこか気まずそうにしたまま俺を見ようとはせず、うつむいている。
「えーと……」
この状況、どうすればいい。
ニアの頭頂部を見ながら、心の中でため息をついた。
ニアが無事なのは、知っていた。
リヴィアに、ニアになにかあれば教えてくれと言っておいたため、今日まで何も報せがなかったという事は、ニアは無事だったと戻したと判断したのだ。
だが、それはいいとしてなんでここにきた。
俺を毛嫌いしているはずだ、くるわけがないだろう。
「あー……何でございますの?」
だめだ、変な喋り方をしてしまった。
だが、なぜかニアは俺以上に動揺している。
俺の変な喋り方も気づいていない。
というかすごい緊張しているな。
「あの、その……」
口ごもるニアに対し、俺は気づかれないようにふっと息を吐くと、年長者としての態度をとる事にした。
「とりあえず、中に入るか?」
「う、うん」
俺はニアを部屋の中に案内し、椅子に座らせる。
足が床から浮いてしまっているが、ベッドに座らせるわけにはいかないからな。
おそらくは10歳かそこらの女児と、宿屋のベッドで……ああ恐ろしい、見られればなんて言われるか。
えーっと、とりあえずお茶でも出すか。
俺はティーカップにお茶を淹れ、ニアの前に置く。
膝に手を置いていたニアは自分の前に置かれたお茶をジッと見た後、少しだけ飲んだ。
「……ニアは好きじゃない」
「さいですか」
「……でも、お姉様は好きだって言ってた」
「さいですか」
「……あんたもニアを元に戻すのに協力したんだよね」
「さいですね」
俺の3度の返答にニアの顔がピクっと歪んだが、ニアは1度深い瞬きを挟んだ後、少しだけ頭を下げた。
「それは、ありがとう。あのまま暴れていたらニアはお姉様を殺しちゃっていたかもしれない」
「あ、ああ、たしかに危なかったかもな」
お礼を言われるとは思わなかったな。
意地でも感謝は言われないと思っていたが……。
まさか、そのために宿屋まで来たのか?
表情には出さずにそんな事を考えていると、ニアは今まで俺には向けなかった真剣な眼差しを向けてきた。
「ニアは、やっぱり間違っていたのかな?」
「んっ?」
「お姉様は、守りたいものがあるのなら、まずは力じゃなくて、その力の身に着け方を学びなさいって言ってた、それはあんたがお姉様に教えたんだよね?」
「そう……なの、かな?」
俺はそこまでの意味を持ってリヴィア言ったわけではない、リヴィアが俺の言ったことを拡大解釈したのだ。
しかし、別に間違っているというわけでもない。
そのため特に訂正はしなかった。
話の腰を折るのは少し違う気がするからな。
「でもね、お母様、シリンお母さん、お姉様にも……あんたにも迷惑をかけたけど、結果的にニアは力を手に入れる事ができたんだよ」
「なに?」
「ほら」
どういう事かと思っていると、ニアは自分のお茶が入ったティーカップに手をかざす。
すると、少ししてティーカップの中のお茶が重力を無視して宙に浮き始めたのだ。
親指の先程度の大きさのお茶がフヨフヨと宙を浮き、ニアが手を動かすのに合わせて空中を自由に移動する。
「消えていなかったのか……!」
「ニアの中に力の欠片みたいのが残ってたの」
そう言うとニアはお茶をティーカップの中に戻した。
今のだけでも疲れたのか大きく息を吐いている。
どうやらあの戦いのように自由自在に操れるというわけではないらしい。
『欠片』というのはそういうことなのだろう。
だが、それでもこの力はあの戦いの中で見た力だ。
あの時ほどの脅威は感じないものの、水を操っていた時と同じ事をニアは行っているのだ。
「これは水魔法とは違って、魔力で水そのものを操作しているの。たしかあんたも戦いの中でそんなことをしていたよね? なんだっけ……掌波と魔弾だっけ?」
戦いの中の記憶があるのか。
という事はあの時のニアは意識が消えていた訳ではなく、あの狂気の裏に隠れてしまっていたというわけか。
「そうだが……あれは魔法の劣化版、やろうと思えば誰でもできる技術だ、でも、それはそうじゃないだろ?」
「うん、多分できないと思う」
少なくとも、魔力を操る事に関しては他の人よりも自信がある俺もニアのような事はできない。
できるなら攻撃手段の1つとして取り入れている。
この力の希少性は聖剣の力とそう変わらないだろう。
人族が多種族のような力を手にする。
もしそれが全ての人族に可能なら、間違いなく人族が世界を支配できるだろう。
人族は人の数が多い代わりに、平均的に見て個々の力が弱いのが特徴なのだから。
「まあ、正気のままその力を持っていられるなら……運が良かったな、というべきか?」
「そう……だよね? あんな事をしちゃったけど、ニアは特別な力を手に入れることができた、……だから、ニアの行動は本当に間違っていたのかな?」
ああ、そういう事か。
ニアの言いたい事がわかった。
つまり、
「たしかに、結果だけを見ればそう悪くはないな」
「う、うん……」
予定外なのはリヴィアが勇者だと気づかれた事だけ。
だが、それも今のうちならどうとでも対応できる。
記憶を失った事まで気づかれたわけじゃないからな。
「じゃあ、あとは自分がどう思うかだ」
「ニアが?」
「結果的に力を手に入れられたから間違っていないと思うのか、そうじゃないのかは自分が決めることだ」
結果はたしかに重要だ。
『ニアが力を手に入れなさい』という問題文を解くだけなら、今回の事は間違いなく丸がつく。
だが、俺達は人間だ、そう単純じゃない。
自分が納得できなければ、それは成功じゃない。
いくらテストでいい点を取っても、それで目的を果たせなければ意味が無いのだ。
親に褒められなかったり……な。
ニアは俺の言葉に少し考え込んだが、その答えは意外とすぐに出たらしい。
俯きかけていた顔から迷いが消えていた。
「……納得できない。家族に迷惑をかけて、お姉様を傷つけてまでニアは力が欲しかったわけじゃない」
「なら、そういうことだ」
今回、ニアが何を犠牲にしてでも力を手に入れたいと思っていたのなら、間違いではなかった。
俺やリヴィアからすれば「間違っている」としても、ニア自身はそれでいいと思ってしまったらニアにとっては間違いではないのだ。
だが、ニアは家族をむやみに心配させる事も、なによりリヴィアを傷つける事は望んでいなかった。
それなら、今回はニアにとっても間違いだったのだ。
「そっか、これが”守る力を得るための力の身に着け方”なんだね」
ニアは、納得したように頷きながら、お茶を飲んだ。
やはり「苦ィ」と顔をしかめているものの、その顔からは何処か憑き物が取れたような表情になっている。
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