26話 リマリア王国騎士団長として


 天井が崩れ、俺と騎士団長に落ちてくる。

 だが、騎士団長は剣の腕で瓦礫を切り裂き地上へ向かっていた。


 地上へのショートカットを作りやがったのか……!


「リヴィアは殺させない!」


 俺は騎士団長を追うようにその穴に向かって飛び、落ちてくる瓦礫を足場にしながら地上に向かう。


 避けられない瓦礫は掌波で破壊し、リヴィアを追おうとする騎士団長をしっかりと視界に捉えていた。


 あいつに翼は無い。

 空を飛ぶことが出来ないなら……!


 瓦礫から瓦礫に飛び移る瞬間、魔力を脚に集める。

 そして、次の跳躍をしようとしたその時、俺は足に溜めた魔力を掌波のように爆発させた。


 衝撃で瓦礫が崩れる中、穴を通って地上に出る。


「なっ!?」


 そして、その勢いのまま騎士団長に肉迫すると、進行方向とは真逆の地面へ蹴り落とした。


 騎士団長の体が崩落によって亀裂が入っていた路地を破壊し、土煙が巻き起こしている。


 ……俺とリヴィアが入った建物は……あれか。


 空中から地上の様子を確認すると、俺と騎士団長が出てきた穴とは別の場所に、入ってきた建物があった。


 やっぱり地下の方が圧倒的に広いみたいだな。 


 しかし、その建物も騎士団長が空けた穴が広がると、連鎖的に崩壊し、穴に落ちるように崩れていった。


「静かに、は無理だな……これじゃあ」


 ここまでの音と被害を出してしまえば、すぐに人は寄ってくるだろう。


 いや、もうすでに何人か集まってきている。

 地面と建物の崩落に巻き込まれた人は……いないと思いたいが、リヴィアはどうだ?


 魔力感知を使い、リヴィアを探る。

 人が増えているせいでリヴィアの魔力が感じとりづらいが…………よし、かなり離れた場所にいるな。


 この崩落に巻き込まれていない事に一安心。

 さて、それじゃあ……んっ?


 ふと、リヴィアの隣に別の魔力を感じた。

 ニアの魔力でもない、これは……。


「っ!? 気にしている余裕はないか!」


 魔力感知を解除し、すぐ目の前まで斬りかかっていた騎士団長に意識を切り替え、攻撃を避ける。


 少しお腹を斬られたが、薄皮1枚だ。

 この程度なら魔力を使う必要は無い。


 自己治癒の能力の範疇だ。

 血の一滴も流れず、傷はすぐに塞がる。


「お前っ、本当に面倒だな!」


 しかし、それを見た騎士団長は鬼の顔をさらに憤怒に染め、腕で地面の瓦礫を斬り裂いた。


 子供が見たら絶対に泣いてしまうような顔だ。


「なんなんだ! 人族か!? 天使か、妖精か!? それとも主要五種族じゃない別の種族なのか!?」


 最初は疑問に思う余裕がなかったが、変だな。

 アガラハのように、俺のことを知らないのか?


 こいつがリヴィアを殺そうとした人間なら、アガラハのように俺の素性を知っているはずだ。


 情報共有が上手くいってなかったのか?

 いや、それか、そもそもこいつは……。


「答えろ!」


 色々と考えていると、騎士団長が吠えた。

 よっぽど俺の事が気になるらしい。


 しかし……“その”選択肢が出て来ないか。


 いや、それも当然か。

 勇者と一緒にいる人間だからな、俺は。


 だが、その選択肢が浮かばないのなら教えようか。


「魔族だよ!」

「なっ――!?」


 短く答え、俺は会話中に溜めた魔力を指先に集めた。


 光を灯すその小さな魔力の塊を、俺は動揺する騎士団長に向けて解き放った。


「魔輝閃」


 直線に伸びた光が騎士団長を呑み込む。

 光の中から断末魔のような叫び声が聞こえるが、その声も魔力によってかき消された。


 王都を巻き込まないために少し上向きに放った魔輝閃は、夜の空に光の筋を作り出していた。


 しかし、流れ星が消えるように、紫色の光も消える。

 少し暗くなった俺の前方には、焼け焦げた騎士団長が地面に倒れ伏していた。


「ぐっ、アアッ……! なぜだ、なぜ力が出ない……! なぜ俺はこんなにも弱くなっている!?」


 生きてはいるようだな。

 だが、体はボロボロ、炭の匂いまでする。


 それに、地上に向かう時にも思ったが……。


「失敗だったんじゃないのか、お前のその体」

「な、なに?」

「リヴィアに奇襲を仕掛けた時の方が早く、重かった。さっきの攻撃も、明らかに遅かったからな」


 そう言うと、騎士団長は目を見開いていた。

 姿形は培養槽に入っていた他の異形の怪物と比べてかなり成功例に見えるが、力はそうじゃない。


 ニアの時に感じたような威圧感。

 それが今の騎士団長からは全く感じない。


 騎士団長は自分の体を呆然と見ながら「そんな……」と呟いている。


 すると、周囲から人の声が聞こえ始めた。


「化け物! また怪物が出たぞ!」

「俺達騎士に任せて下がれ! くそっ、騎士団長はどこに……!」


 本格的に集まりだした周囲の人間。

 そして、おそらく明日地下空間に向かおうとしていた騎士も剣を持って集まって来ていた。


 その誰もが騎士団長を見ても騎士団長とは気づかず、新たな異形の怪物として恐れている。


 子供を抱え、必死の形相で逃げ出している親もいる。

 以前に見た騎士団長への反応とは全く違う。


「これは……そんな、俺は……!」


 そして、自分のことを怪物と呼び、自分を殺すべき敵として見ているリマリア王国の民に、騎士団長は圧されるように後退っていた。


「あッ……アあっ、アアアアッ!」


 腕を大きく振りかぶり、騎士団長が突っ込んでくる。


 この動き、最早弱くなったとかの話じゃない。

 錯乱したその動きは簡単にカウンターができるほど隙だらけだ。


 俺は少しの憐れみと共に、魔力を手に集める。

 これで最後、魔力もギリギリ足りたな。

 掌波で――っ、なんだ!? 上!?


「ラウディオ!」


 そ、空からリヴィア!?


 リヴィアは聖剣を両手で握り、建物の上から俺の方へ飛び降りるようにして聖剣を振り下ろした。


「グォオッ、ォォッ……!」


 勇者の時とは比べ物にならないほど雑な剣。

 だが、それでも鋭く振り下ろされた聖剣は騎士団長の体を深く斬り裂いた。


「何しているんだ! ニアは!?」

「ニアは大丈夫です、シリンに任せました」


 やっぱりあの時感じた気配はシリンさんだったのか。

 ステーノさんは大丈夫なのか?


「いや、それよりなんで来たんだ!」

「……? 絶対に来ると言ったではありませんか」

「それは、そうだけど……!」

「私だって戦えます、ラウディオだけに――わっ!?」


 聖剣を握りしめたリヴィアだが、ビクッと身をすくませ周囲を見渡した。


「勇者様!?」

「聖剣だ! 聖剣‼︎ ってことは勇者様だ!」

「女性だったのか!」

「綺麗な人……」

「勇者!!!! 勇者!!!!!!!!」


 聖剣を持つ人間が現れたのだ。

 周囲からは大太鼓を渾身の力で叩いたような音圧の歓声が一気に沸いていた。


「そりゃ、そうなるよな……」


 漫画やアニメのようなヒーロー、リマリア王国の人間にとってはそれが勇者だ。


 その勇者が自分達の危機に駆けつけてくれたこと。

 そして、今まで素性がまるでわからなかった勇者が顔を見せたこと。


 これだけ騒がれるのは当然だ。


 周囲には先程までの悲観的な様子はどこにもない。

 勇者でありリヴィアが現れただけで誰もが希望を抱き、自分達の危機は完全に去ったと思っている。


「まだ、まだだ……」

「っ!」


 周囲の歓声に驚いていたリヴィアだが、騎士団長が声を発すると、すぐに警戒を強くした。


 あれだけ深く斬られてまだ生きているのか……。

 人族が生きていられる傷じゃない。

 異形の怪物になったことで得た生命力か。


 しかし、限界は近いはずだ。

 一歩進むたびに体から血が吹き出ている。


「俺は、お前を、殺して……!」


 一向に弱らないリヴィアへの、勇者への執着を見せながら、騎士団長はさらに一歩進む。


「……ラウディオは後ろに、私が戦います」


 俺の魔力がほとんどない事に気づいているのか、リヴィアが俺を守るように俺の前に立った。


 だが、その瞬間騎士団長の足が止まった。

 鬼の顔の一部が割れるように崩れ、騎士団長の元々の目の部分だけが顕になる。


 その目は、驚愕に見開かれていた。


「勇者、お前は……」


 騎士団長の剣が、リヴィアへ向けられた。

 だが、その剣は炭のように崩れている。


「記憶を……取り戻した後も、魔族と戦うのか」

「……? はい、もちろんです」

「魔族を、殺すためにか……!」


 死にかけの騎士団長の圧力が強くなる。

 その威圧感によって、リヴィアの登場に沸いていた周囲が一気に静まり返った。


 騎士団長の圧力によって、強制的に黙らされたのだ。


 誰かが尻餅をついた音が聞こえてきた後、騎士団長の問いに対してリヴィアは首を横に振った。


「いいえ、私が戦うのは家族のためです。この手をを血で染めるためではありません」

「っ!」


 リヴィアの答えに、騎士団長は呆然としている。

 だが、すぐに堪えきれなくなったように笑い出した。


「ハ……ハハ……ハハハハハッ! こうなるか! 記憶を失った事で失敗が大成功に変わるとはな!」


 騎士団長の突然な笑いに、リヴィアや周囲の誰もが恐怖や懐疑と言った様々な感情が混ざった顔をしている。


 なぜ、笑うのかわかっていないのだろう。


 だが、戦いの中で騎士団長がリヴィアを殺そうとした理由を聞いていた俺は、その理由がわかった。


 ……騎士団長がリヴィアを殺そうとしたのは、リヴィアのせいで未来に起こる戦争を止めるためだ。


 しかし、今のリヴィアは魔族の俺を守ろうとした上に、戦う理由が魔族と戦うためではないと答えた。


 つまり、リヴィアが記憶を取り戻したとしても、騎士団長が危惧していたリヴィアの暴走による魔族との戦争は起こらない。


 魔族との戦争は起こらず、その上リマリア王国は勇者という戦力を失わない。


 リヴィアを殺さなかった事で、騎士団長の狙い以上の結果が得られている。


 だから騎士団長は大成功・・・と言ったのだ。


 騎士団長はひとしきり笑った後、壊れた鬼の顔の隙間から笑みを浮かべる。


「そりゃ、いい……な」


 そう言い、騎士団長は倒れる。

 残った片腕の剣も、少しだって動かない。


「倒した……」


 そう、誰かが呟いた。

 その瞬間、周囲は割れんばかりの翔さんと共に、勇者のリヴィアを讃え始めた。


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